新規事業もデジタル人材も、今あるものを分析すると見えてくる
ここからは、アビームコンサルティング 本間充氏のモデレートにより、逸見氏、主催者であるSAPジャパン 富田氏、そしてオンラインからの参加者とともにディスカッションを行った。
富田 逸見さんのご講演で、とくに印象に残ったのは次の2点です。ひとつは「オムニチャネルやDXは手段でしかなく、目的ではない」ということ。しかし、手段として活用できるようにするのも難易度が低くはないため、目的を見失いがちです。私たちもさまざまな企業様のご支援をさせていただいていますが、BtoCビジネスの企業様は、オムニチャネルやOMOにはすでに取り組んでおられ、どう研ぎ澄ませていくかの段階に入っています。一方で、グローバルと比較するとECへの取り組みが遅れがちだったBtoB企業様の中には、コマースに取り組むこと自体が目的になってしまっているところもある。SAPでは成功企業様の事例やノウハウを持っておりますので、それを活かしたご支援させていただきたいと考えています。
もうひとつは、人材育成の課題です。DX人材はもちろん、アナリティクスができる人材、マーケターやCMOが不足しているというご指摘はおっしゃるとおりで、これからのディスカッションでも盛り上がるポイントではないかと思いました。
本間 BtoB企業のコマースへの取り組みが遅れたというお話がありましたが、たしかに日本のメーカー企業からは、今このタイミングでコマースをやりさえすればうまくいくんじゃないかという期待を感じますよね。しかしながら流通には流通の、メーカーにはメーカーの課題があり、易々と成功できるわけではありません。
DX人材の育成については、グローバル企業であっても、自分たちがこれまで専門外だった分野については、社内で育成するか、社外と交換するかはトライアルを続けている段階で、正解は見つかってはいないと多います。
逸見 「良い人いませんか?」とご相談いただくのですが、「良い人」の定義が明確でないと感じます。そして、なんでもできるスーパーマンは滅多にいません。社外からプロフェッショナルを招くのも良いのですが、その人が社内に馴染むまでどれほどの時間がかかるでしょう。長年勤務してきた社内のメンバーを、社外との交換等修行に出すことも含めて育成したほうが結果的に早いし、うまくいくと思います。人材がその企業にフィットするかどうかが一番難しい。スキルだけに着目すると、目的と手段が逆になってしまいかねません。
本間 ただでさえデジタルやコマースにおいてはそのような課題があった中、2020年は未知の経験の連続でした。人類がはじめて積極的にEコマースを選んだ年だったと思います。そうした状況下で、うまく売上を上げることができた企業とそうでない企業がある。違いはどこだとお考えですか?
逸見 家電業界はうまくいっていると言えますが、Amazonの脅威からデジタルへの先行投資を行っていたこと、実店舗中心のビジネスモデルだった頃から店頭では在庫を持たず、別の倉庫から発送する仕組みにしていたためECでもすぐに応用できたり、他店舗との在庫連携ができていた等の理由で好調を維持しています。アプリで在庫を検索できるといった元々は社内用のデジタルの仕組みを、来店するお客様のためにも使えるようにしたことで、企業側の効率向上だけでなくお客様の安心感や滞在時間を増やすことにつながり、成功しているホームセンターもあります。コロナ以前からこのような取り組みをしてきたかどうかで、少しずつ差がついてきていると思います。
本間 お客様に求められていることは表層上のECというチャネルだけれど、実際にはお客様にきちんと商品をお届けするバックオフィスの仕組みが求められているということですね。ところで、日本で最近「OMO(Online Merges with Offline)」という言葉が流行っているのはなぜだと思いますか? 結局のところ、実店舗とECは対立していましたよね。
逸見 うまく融合できていないからでしょう。お客様はOMO、オムニチャネル化していて、どのチャネルでもシームレスにコミュニケーションしてほしいと思っているけれど、企業側はまだ縦割を強くして競争させられているから敵対し、融合できない。縦割組織は市場が拡大し続ける場合には有効ですが、今はもうそのような時代ではないのですけれどもね。
ここで本間氏は、参加者からのそれぞれの課題を聞き出す。製造業や小売企業において、DXやオムニチャネルを推進する立場にある参加者から、次のようなテーマにかかわる課題が挙げられた。
- ECシステムリニューアルのメリット・デメリット
- DX、デジタル人材の社内での発掘と育成
- デジタルやデータを活用した新規事業の創出
- メーカーのBtoC-ECの挑戦
オムニチャネルへの取り組みやEC事業拡大のためにシステムリニューアルを行うケースは少なくないが、UI/UXの変更による既存ユーザーのネガティブな反応や、リニューアル時に一時的にシステムトラブルが発生することもある。
本間 システムリニューアルは、本来はお客様のために行われるべきなのに、実は企業側の都合でということが多いですよね。しかしリニューアルをしてしまったなら、過去は振り返らないという考えかたがあると思います。そもそもリニューアルは、将来のお客様のために行うものですよね。当初は過去の履歴があるから使い勝手が悪いといったネガティブな反応が発生したり、将来のお客様と出会うまでに時間がかかり、思っていた成長曲線が描けず辛抱する時間がかかったりする。そうしたネガティブな時間に耐えるべく、将来のお客様像を格好良く描いておくのはひとつのテクニックです。
逸見 期限を決めて、リニューアル時に描いた改善の方向へひたすら突っ走ってみて結果につながるか分析してみると良いと思います。芳しくない結果が出た場合は、EC単体の問題なのか、自社のブランドに対するロイヤリティが下がっているのかを分析してみると良いでしょう。
続いて、逸見氏の講演でも取り上げられたデジタル人材の発掘・育成について。
本間 カメラのキタムラがOMO戦略に取り組み始める時に、社長が各店舗を回ったという話を逸見さんから聞いてよく覚えています。それは、OMO戦略を自ら現場に説明するのはもちろん、改革意識が高い人材を探していたんじゃないですか?
逸見 そのとおりです。デジタル人材というとスキルセットで探しがちですが、社内には業界や自社の商品・サービスが好きで、改善・改革が必要だと思っている人たちがいるものです。社長がOMO戦略を話すと、それまではデジタルに縁がなかったものの、本質を理解してすぐに動き、成果につなげた店舗がいくつもありました。そういった店舗の店長に本部に異動してもらい、OMO戦略にかかわる部分を担ってもらおうという意図もあったのです。
本間 本日の参加者の皆様の中には、すでに自分が責任者に抜擢され、デジタルを活用した新規事業を作る立場にある方もいらっしゃいます。デジタルが先か事業が先かの議論になりがちですが、正解はありますか?
逸見 本来であれば事業が先であるべきですが、事業会社にいて、お題が先に降ってくることはなかなかないですよね。「デジタル化しろ」「ネットビジネスを作れ」といった指示が降りてくることがほとんどです。ここでもある程度期限を決めて、まずはひたすらデータ分析してみる、市場調査をしてみる、競合を調べる。そのようにして情報を集めたうえで、今の自分たちのリソースで何ができるかを考える。将来のことは、経営陣も答えを知らないわけですから、そのやりかたしかないのではと思っています。付け加えるなら、ひとりで頑張るのはたいへんですから、改革を一緒に考えてくれるような人たちを巻き込めるようなデータの使いかた、見せかたができると良いと思います。
本間 僕の知人の同じような立場にあるアメリカ人は、コロナ禍をうまく利用しています。具体的には、「コロナ後の世界を考えよう」というメッセージを発している。コロナ後の世界は誰も知らないから、何が正解かわからない。だから自分たちの考える新しい方向へ進んでいこうというわけです。本来は、会社の課題が露呈してそのためにビジネスのリノベーションをかけないといけないということかもしれない。しかし、それをそのまま伝えてしまうと、社内で痛みが生まれる可能性がある。ところが、コロナをきっかけにしたDXであるというメッセージにすれば、痛みが生まれにくい。そういうある種の“嘘”は必要ではないかなと思います。
メーカーがtoCのコマースに取り組むことは、DXのための手段のひとつと言える。
本間 メーカーがECをやるようになると、その接点での顧客データが取得できるようになりますよね。toCの販売チャネルをメーカーが持つことができなかった時代には、取得できなかったデータです。
逸見 メーカーECのデータを小売に共有する取り組みも良いと思います。限定されたデータではありますが、メーカーから直接購入しているコアな層でもあるため、小売にとっては参考になるところは大いにあります。お互いにデータを共有して製品開発に活かすなど、ともにデータを活用し一緒に考える姿勢を作っていけるはずです。
ECの利用が浸透した2020年。今後、時代変化はさらに早くなりそうだと本間氏は言う。環境に対応することが先か、それとも企業としての“北極星”を定めることが先か。
逸見 私はまず、今支えてくださっている自分たちのお客様を分析することをおすすめします。既存顧客のメンテナンスができている企業はそう多くありません。きちんとデータを分析し、どのようなビジネスを継続したら既存顧客に定期的にご利用いただけるかを考える。すると、デジタルの使い道も北極星も自ずと見えてきます。
本間 今日ディスカッションした課題は、コロナ禍やDXブームで突然出てきたわけではなく、過去とつながっていることですよね。日本は、外圧によって改革を押し進めた歴史があります。コロナ禍が明治維新に相当する変化であると捉えるならば、これまで社内で封印していた課題を掘り起こすチャンスであり、その解決のために伴う変革が正しいものであれば、手伝ってくれる人たちも出てくると思います。コロナ禍以前に戻るのを待つのではなく、変革の好機としてうまく活用し、ぜひDXを進めていただければと思います。
あらゆるコマースとカスタマーデータ戦略を加速せよ
最後にSAPジャパン 富田氏が登壇し、同社のソリューションの説明を行った。SAPが掲げる「SAP Customer Experience Strategy」は、あらゆるコマースとカスタマーデータ戦略の加速である。
従来とは異なり、すべてのチャネルでコマースというデジタル接点を設けることが企業として必須となってきている。そして、同じひとりの顧客であっても「購入前」「購入時」「購入後」では状況が異なるため、同じ企業やブランドからであっても提供するエクスペリエンスは異なるべきである。これらのデータはひとつのCDPで管理するべきだが、世の中にあるマーケティング要素のみのCDPには限界がきている。
こうした状況下で、2020年11月、「SAP Customer Experience」には買収したEmarsysの製品が加わった。
「Emarsysは、さまざまなシチュエーションに応じマーケターが試行錯誤して作るプロセスが、すべてテンプレート化され、AIでさらに研ぎ澄ますことができます。たとえば、解約を防止しながらアップセルを行うといった施策が、Emarsysを用いることで社内に熟練したマーケターがいなくとも実行可能です。逸見さんのご講演、その後のディスカッションで課題になっていた、成熟したマーケターやDXチームがなくとも、パーソナライズ化したオムニチャネルエンゲージメントを実現していけます。グローバル企業の成功事例をご紹介することで、皆様のお手伝いができればと考えています」
このように述べ、Executive Round Tableを締めくくった。