企業として顧客接点を増やし、LTVを伸ばすことに注力せよ
オムニチャネルコンサルタント 逸見光次郎氏が登壇し、「コロナ禍で進化するリテールコマース~顧客起点のDXを実践し、継続的な利益を生み出すために~」をテーマに講演を行った。
まずは、世の中の変化とリテールの状況を把握しよう。インターネットはここ20年ほどで急速に進化。仕事においても日常生活においても、デジタル機器とネット、データは欠かせないものになっている。
ネットとともにEコマースも進化。初期はあくまで宣伝が目的であり、販売はついでだったところ、中期にはインターネットショッピングモールが登場、自社でシステムを持たなくとも商品マスタを整備すれば販売できるようになった。そして現在、ネットで集客し、店舗受け取り等で実店舗の売上も伸ばそうという流れになっている。
「これからは、店舗もネットも活用して、会社を伸ばそうというオムニチャネル化の流れに進んでいきます。ECやネットはオムニチャネル化により企業のインフラになりつつあります。ひとつの事業から、ITとともに会社の基盤そのものに進化しています」
ここで逸見氏は、経済産業省による「電子商取引に関する市場調査 2020」のBtoC-ECにおける平均EC率のグラフを提示。EC市場は19兆円規模、物販に限定すると10.5兆円、EC化率は6.76%と増加の一途をたどっているが、視点を変えれば小売販売の1割にも満たず、9割以上がリアル市場であることを指摘。さらに、EC化率を計算する際の母数となる物販市場の成長が横ばいであり、EC化率がどれだけ上がったとしても、市場自体が小さくなっていっては意味がない。EC化率だけでなく、小売市場全体を伸ばしていくことが重要だと述べた。
分野ごとのEC化率を見ると、2019年時点で食品は2%後半、化粧品は6%と平均より低いが、家電や書籍は30%以上になるなど大きく差がついている。分野ごとのEC化率は「顧客の買い物の仕方の変化を示している」ため注目すべきだとした。
まだまだデータは少ないが、コロナ禍の状況を見ていこう。店舗販売が困難な状況下にあることなどから、消費者のEC利用、企業側もEC販売売上が増加していることは報道されている。商業業態統計によれば、家電、ホームセンター、スーパードラッグストアは好調、化粧品・コンビニは苦戦、百貨店やアパレル・雑貨は非常に厳しい状況だ。
「好調な家電やホームセンターは、以前からAmazonの脅威にさらされ、デジタルへの投資をしてきました。それが今になって功を奏しています。アパレルは厳しいというデータを示しましたが、企業によってはデジタルを活用した取り組みで、コロナ禍でも売上を伸ばしているところもあります」
デジタルを活用した取り組みとしては、買い物代行やフードデリバリーのようなサービスを導入する企業が増えるほか、カーブサイドピックアップや店舗ピックアップなど、デジタルで購入して店舗で受け取る海外で先行していた仕組みが日本でも浸透しつつあること、そして店舗スタッフによる接客重視のライブコマースが広まっていることなどに触れた。
このような状況下で、逸見氏にはDXの相談が殺到。企業規模で分けると、次のようなものだった。
- 何から始めたら良いのか?(中小企業)
- すでに取り組んでいるが、どこに注力すれば良いのか?(大手企業)
「企業規模問わず共通するのは、ネットか実店舗かといった部門ごとの取り組みではなく、企業として顧客接点を増やし、社内指標としてLTVを伸ばしていくことに注力すべきだということ。そのために、企業体力(営業利益率、経常利益率、キャッシュ残高、人材)に見あった投資を行っていくことです」
リテールにおけるDXの基本思考がオムニチャネル
続いて逸見氏は「DXの本質とは何か?」を問いかけ、自らの定義を披露した。
「業務にデジタル機器を導入したり、アナログ作業をデジタル処理に変えたりして効率化する『デジタイゼーション』、デジタル技術を活用してビジネスモデルを変革し、新たな収益モデルへと変える『デジタライゼーション』、そしてこのふたつを取り入れながら企業が変革していく『デジタルトランスフォーメーション』。これがすなわちDXです」
経済産業省によるDXの定義は「業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」であるが、逸見氏は「さらっと書かれているが、経営、業務、ITの3つの変革がDXの要であることを意味しており、実現するのは非常に難しい」と評する。
逸見氏は、「リテールにおけるDXの基本思考がオムニチャネル」だとし、ここで改めてオムニチャネルを定義する。
「ひとつの企業が、店舗、通販、Eコマース、コールセンターなどを持つクロスチャネルになっている時点で、オムニチャネルができているという人もいます。しかしながら、それだけではオムニチャネルとは言えません。来店した店舗にない商品を他チャンネルから取り寄せができたり、レコメンドに他チャンネルの利用履歴が反映されたり、お客様が自ら購入商品をSNSにアップしてくださるなど、デジタルを用いた双方向のやりとりがあってこそのオムニチャネルです。単なるチャネル拡大でなく、顧客利便性&リピートにつながるよう情報のやりとりが双方向になることがオムニチャネルであり、このようにビジネスの考えかたが変化することがDXなのです」
オムニチャネルにおいて、逸見氏が重要な指標だとするのが「LTV(Life Time Value、顧客生涯価値)」と「関与売上」だ。
「デジタルにより顧客の購買行動が見える化され、顧客を新規と既存に分解して分析できるようになりました。それぞれに対してどのような施策を打ち、反応が返ってきたかを分析し、会社のKPIに合わせて報告していくことが重要です。あくまで私の経験則ですが、新規と既存ではLTVが3〜9倍異なりますし、ネットもリアルも利用するオムニチャネルな既存顧客になると、10倍〜15倍という数字を見ることもあります」
予算についても、商品単位から顧客単位に変えて組んでいくべきだと逸見さんは言う。
「既存顧客に購入してもらうためにどう販促費を立て、利益を出していくのか。市場を開拓するために、LTVが高い既存顧客と似た傾向の新規の顧客にどうアプローチしていくのか。顧客のリピート状況と財務諸表を紐づけて考えていくべきです。具体的には、すべてを顧客に紐付けたうえで購買分析と行動分析を行っていきましょう」
もうひとつの評価軸である「関与売上」については、カメラのキタムラ時代に評価軸で設けた「EC関与売上」を紹介。売上と利益だけを評価軸にしていると、チャネルをまたぐ相互支援業務の評価を行うことができない。組織間の協力関係を生み出すには、売上以外の共通評価軸が必要だと説明した。
オムニチャネル、DXを推進していく上でデジタル人材の育成は不可欠だが、人材育成とはすなわち、組織に全体最適思考を定着させることだと言う。
「企業の成長段階に応じて縦割組織にして専門性を高める時期も必要です。それを極めたところで横通しという順序で良いと思います。そして全員が財務諸表をもとに経営陣と話ができるようになれば良いですね。新入社員から経営層まで、継続的な教育プログラムを組むことが重要です」
最後に逸見氏は、「会社はなんのためにあるのか?」を問いかけ、次のように述べて講演を締めくくった。
「会社は社会のためにあり、人々の暮らしを支えるために商品・サービスを提供し続けるもの。人=消費者あっての会社であり、社会とかかわってこそ会社は存在できます。社会とのかかわりこそが広い意味でのマーケティングです。デジタルにより、企業理念や提供している商品・サービスが正しいのか、マーケティング戦略が正しいのかが見える化できるようになりました。それにより、改善活動が行え、企業も変革し続けることができます。
悩ましい現状とあるべき姿を比較したときに、個別最適な施策を行うのではなく、全体最適思考でアクションすれば、ギャップを失くす方向に近づいていけます。オムニチャネルやDXは手段であって目的ではありません。お客様を理解し、消費者の立場に立って最適なお買い物体験を提供し続けること。改めて社内を見直し、本当の課題を見つけていただきたいと思います」
新規事業もデジタル人材も、今あるものを分析すると見えてくる
ここからは、アビームコンサルティング 本間充氏のモデレートにより、逸見氏、主催者であるSAPジャパン 富田氏、そしてオンラインからの参加者とともにディスカッションを行った。
富田 逸見さんのご講演で、とくに印象に残ったのは次の2点です。ひとつは「オムニチャネルやDXは手段でしかなく、目的ではない」ということ。しかし、手段として活用できるようにするのも難易度が低くはないため、目的を見失いがちです。私たちもさまざまな企業様のご支援をさせていただいていますが、BtoCビジネスの企業様は、オムニチャネルやOMOにはすでに取り組んでおられ、どう研ぎ澄ませていくかの段階に入っています。一方で、グローバルと比較するとECへの取り組みが遅れがちだったBtoB企業様の中には、コマースに取り組むこと自体が目的になってしまっているところもある。SAPでは成功企業様の事例やノウハウを持っておりますので、それを活かしたご支援させていただきたいと考えています。
もうひとつは、人材育成の課題です。DX人材はもちろん、アナリティクスができる人材、マーケターやCMOが不足しているというご指摘はおっしゃるとおりで、これからのディスカッションでも盛り上がるポイントではないかと思いました。
本間 BtoB企業のコマースへの取り組みが遅れたというお話がありましたが、たしかに日本のメーカー企業からは、今このタイミングでコマースをやりさえすればうまくいくんじゃないかという期待を感じますよね。しかしながら流通には流通の、メーカーにはメーカーの課題があり、易々と成功できるわけではありません。
DX人材の育成については、グローバル企業であっても、自分たちがこれまで専門外だった分野については、社内で育成するか、社外と交換するかはトライアルを続けている段階で、正解は見つかってはいないと多います。
逸見 「良い人いませんか?」とご相談いただくのですが、「良い人」の定義が明確でないと感じます。そして、なんでもできるスーパーマンは滅多にいません。社外からプロフェッショナルを招くのも良いのですが、その人が社内に馴染むまでどれほどの時間がかかるでしょう。長年勤務してきた社内のメンバーを、社外との交換等修行に出すことも含めて育成したほうが結果的に早いし、うまくいくと思います。人材がその企業にフィットするかどうかが一番難しい。スキルだけに着目すると、目的と手段が逆になってしまいかねません。
本間 ただでさえデジタルやコマースにおいてはそのような課題があった中、2020年は未知の経験の連続でした。人類がはじめて積極的にEコマースを選んだ年だったと思います。そうした状況下で、うまく売上を上げることができた企業とそうでない企業がある。違いはどこだとお考えですか?
逸見 家電業界はうまくいっていると言えますが、Amazonの脅威からデジタルへの先行投資を行っていたこと、実店舗中心のビジネスモデルだった頃から店頭では在庫を持たず、別の倉庫から発送する仕組みにしていたためECでもすぐに応用できたり、他店舗との在庫連携ができていた等の理由で好調を維持しています。アプリで在庫を検索できるといった元々は社内用のデジタルの仕組みを、来店するお客様のためにも使えるようにしたことで、企業側の効率向上だけでなくお客様の安心感や滞在時間を増やすことにつながり、成功しているホームセンターもあります。コロナ以前からこのような取り組みをしてきたかどうかで、少しずつ差がついてきていると思います。
本間 お客様に求められていることは表層上のECというチャネルだけれど、実際にはお客様にきちんと商品をお届けするバックオフィスの仕組みが求められているということですね。ところで、日本で最近「OMO(Online Merges with Offline)」という言葉が流行っているのはなぜだと思いますか? 結局のところ、実店舗とECは対立していましたよね。
逸見 うまく融合できていないからでしょう。お客様はOMO、オムニチャネル化していて、どのチャネルでもシームレスにコミュニケーションしてほしいと思っているけれど、企業側はまだ縦割を強くして競争させられているから敵対し、融合できない。縦割組織は市場が拡大し続ける場合には有効ですが、今はもうそのような時代ではないのですけれどもね。
ここで本間氏は、参加者からのそれぞれの課題を聞き出す。製造業や小売企業において、DXやオムニチャネルを推進する立場にある参加者から、次のようなテーマにかかわる課題が挙げられた。
- ECシステムリニューアルのメリット・デメリット
- DX、デジタル人材の社内での発掘と育成
- デジタルやデータを活用した新規事業の創出
- メーカーのBtoC-ECの挑戦
オムニチャネルへの取り組みやEC事業拡大のためにシステムリニューアルを行うケースは少なくないが、UI/UXの変更による既存ユーザーのネガティブな反応や、リニューアル時に一時的にシステムトラブルが発生することもある。
本間 システムリニューアルは、本来はお客様のために行われるべきなのに、実は企業側の都合でということが多いですよね。しかしリニューアルをしてしまったなら、過去は振り返らないという考えかたがあると思います。そもそもリニューアルは、将来のお客様のために行うものですよね。当初は過去の履歴があるから使い勝手が悪いといったネガティブな反応が発生したり、将来のお客様と出会うまでに時間がかかり、思っていた成長曲線が描けず辛抱する時間がかかったりする。そうしたネガティブな時間に耐えるべく、将来のお客様像を格好良く描いておくのはひとつのテクニックです。
逸見 期限を決めて、リニューアル時に描いた改善の方向へひたすら突っ走ってみて結果につながるか分析してみると良いと思います。芳しくない結果が出た場合は、EC単体の問題なのか、自社のブランドに対するロイヤリティが下がっているのかを分析してみると良いでしょう。
続いて、逸見氏の講演でも取り上げられたデジタル人材の発掘・育成について。
本間 カメラのキタムラがOMO戦略に取り組み始める時に、社長が各店舗を回ったという話を逸見さんから聞いてよく覚えています。それは、OMO戦略を自ら現場に説明するのはもちろん、改革意識が高い人材を探していたんじゃないですか?
逸見 そのとおりです。デジタル人材というとスキルセットで探しがちですが、社内には業界や自社の商品・サービスが好きで、改善・改革が必要だと思っている人たちがいるものです。社長がOMO戦略を話すと、それまではデジタルに縁がなかったものの、本質を理解してすぐに動き、成果につなげた店舗がいくつもありました。そういった店舗の店長に本部に異動してもらい、OMO戦略にかかわる部分を担ってもらおうという意図もあったのです。
本間 本日の参加者の皆様の中には、すでに自分が責任者に抜擢され、デジタルを活用した新規事業を作る立場にある方もいらっしゃいます。デジタルが先か事業が先かの議論になりがちですが、正解はありますか?
逸見 本来であれば事業が先であるべきですが、事業会社にいて、お題が先に降ってくることはなかなかないですよね。「デジタル化しろ」「ネットビジネスを作れ」といった指示が降りてくることがほとんどです。ここでもある程度期限を決めて、まずはひたすらデータ分析してみる、市場調査をしてみる、競合を調べる。そのようにして情報を集めたうえで、今の自分たちのリソースで何ができるかを考える。将来のことは、経営陣も答えを知らないわけですから、そのやりかたしかないのではと思っています。付け加えるなら、ひとりで頑張るのはたいへんですから、改革を一緒に考えてくれるような人たちを巻き込めるようなデータの使いかた、見せかたができると良いと思います。
本間 僕の知人の同じような立場にあるアメリカ人は、コロナ禍をうまく利用しています。具体的には、「コロナ後の世界を考えよう」というメッセージを発している。コロナ後の世界は誰も知らないから、何が正解かわからない。だから自分たちの考える新しい方向へ進んでいこうというわけです。本来は、会社の課題が露呈してそのためにビジネスのリノベーションをかけないといけないということかもしれない。しかし、それをそのまま伝えてしまうと、社内で痛みが生まれる可能性がある。ところが、コロナをきっかけにしたDXであるというメッセージにすれば、痛みが生まれにくい。そういうある種の“嘘”は必要ではないかなと思います。
メーカーがtoCのコマースに取り組むことは、DXのための手段のひとつと言える。
本間 メーカーがECをやるようになると、その接点での顧客データが取得できるようになりますよね。toCの販売チャネルをメーカーが持つことができなかった時代には、取得できなかったデータです。
逸見 メーカーECのデータを小売に共有する取り組みも良いと思います。限定されたデータではありますが、メーカーから直接購入しているコアな層でもあるため、小売にとっては参考になるところは大いにあります。お互いにデータを共有して製品開発に活かすなど、ともにデータを活用し一緒に考える姿勢を作っていけるはずです。
ECの利用が浸透した2020年。今後、時代変化はさらに早くなりそうだと本間氏は言う。環境に対応することが先か、それとも企業としての“北極星”を定めることが先か。
逸見 私はまず、今支えてくださっている自分たちのお客様を分析することをおすすめします。既存顧客のメンテナンスができている企業はそう多くありません。きちんとデータを分析し、どのようなビジネスを継続したら既存顧客に定期的にご利用いただけるかを考える。すると、デジタルの使い道も北極星も自ずと見えてきます。
本間 今日ディスカッションした課題は、コロナ禍やDXブームで突然出てきたわけではなく、過去とつながっていることですよね。日本は、外圧によって改革を押し進めた歴史があります。コロナ禍が明治維新に相当する変化であると捉えるならば、これまで社内で封印していた課題を掘り起こすチャンスであり、その解決のために伴う変革が正しいものであれば、手伝ってくれる人たちも出てくると思います。コロナ禍以前に戻るのを待つのではなく、変革の好機としてうまく活用し、ぜひDXを進めていただければと思います。
あらゆるコマースとカスタマーデータ戦略を加速せよ
最後にSAPジャパン 富田氏が登壇し、同社のソリューションの説明を行った。SAPが掲げる「SAP Customer Experience Strategy」は、あらゆるコマースとカスタマーデータ戦略の加速である。
従来とは異なり、すべてのチャネルでコマースというデジタル接点を設けることが企業として必須となってきている。そして、同じひとりの顧客であっても「購入前」「購入時」「購入後」では状況が異なるため、同じ企業やブランドからであっても提供するエクスペリエンスは異なるべきである。これらのデータはひとつのCDPで管理するべきだが、世の中にあるマーケティング要素のみのCDPには限界がきている。
こうした状況下で、2020年11月、「SAP Customer Experience」には買収したEmarsysの製品が加わった。
「Emarsysは、さまざまなシチュエーションに応じマーケターが試行錯誤して作るプロセスが、すべてテンプレート化され、AIでさらに研ぎ澄ますことができます。たとえば、解約を防止しながらアップセルを行うといった施策が、Emarsysを用いることで社内に熟練したマーケターがいなくとも実行可能です。逸見さんのご講演、その後のディスカッションで課題になっていた、成熟したマーケターやDXチームがなくとも、パーソナライズ化したオムニチャネルエンゲージメントを実現していけます。グローバル企業の成功事例をご紹介することで、皆様のお手伝いができればと考えています」
このように述べ、Executive Round Tableを締めくくった。