顧客体験を向上してほしいと願う消費者たち
デジタル化にともない、顧客体験の向上を重視する風潮は強まる一方だ。そんななか、セールスフォース・ドットコムでソリューションエンジニアを務める伊勢路氏は、顧客体験をこう定義した。
「優れた顧客体験は、きれいなコンテンツを見せることだけではありません。PC、モバイル、店舗、どのチャネルで買い物をしても自分の情報をいちいち説明する必要のない、シームレスな体験を顧客は求めています」
そのことは、「State of the Connected Customer 2019」の調査結果によっても裏付けられている。73%の消費者が「企業に自分たちのニーズを理解してほしいと考えている」と回答し、66%の消費者が「優れた顧客体験の対価としてより多くの金銭を支払っても良い」と回答したという。
一方で、顧客の期待に応えられている企業はまだまだ少ない。「企業が自分たちのニーズを理解している」「企業が自分たちの行動や振る舞いに合わせた動きをしてくれている」と感じる消費者はいずれも50%前後と多くはない。
スマホでお気に入り登録した商品が実店舗で把握されていなかったり、実店舗で試着までした商品がオンラインに反映されていなかったりするとき、顧客はストレスを感じてしまう。企業内で接客や顧客行動の共有が行われるためには、テクノロジーの力が必要だと伊勢路氏は語った。
「消費者は企業に対し、新しい技術を活用することや、従来の技術を新たな方法で活用することを期待しています」
AIと外部SNSとの連携が実現した顧客体験の好例
創業20周年を迎え、SaaS企業として名が知られているセールスフォース・ドットコム。デマンドウェアの買収を機に、2016年からはコマースの領域にも進出している。
Commerce Cloudは、セールスフォース・ドットコムが提供するコマース向けサービスの総称だ。世界中のサイトで稼働しており、その数は3,000を超える。BtoCとBtoBのいずれにも対応可能で、Einsteinと呼ばれる独自のAIが標準機能として搭載されている。
商品や検索キーワードのレコメンデーションはもちろん、顧客に応じて商品の並び順を変えるPredictive SortもAIによって可能となっている。
また、AIは顧客体験の向上だけでなく業務効率化にも役立っている。「商品Aをカゴに入れた顧客は商品Bもカゴに入れることが多い」などのデータがAIによって導かれ、アップセルやクロスセルを狙いやすくなるからだ。
レコメンデーションを効果的に活用するには、適切なチューニングが必須となる。Commerce Cloudの場合はページごとの戦略設定、月次のKPIトラッキングなど、セールスフォース・ドットコムが丁寧にサポートを行う。
アパレルブランドを複数展開するTSIホールディングスは、レコメンデーションをうまく使いこなせないという悩みを抱えていた。そこでCommerce Cloudを導入し、商品詳細ページのみならずトップページ、カテゴリページ、「検索結果なし」と表示されるページなど、あらゆるタッチポイントにレコメンデーションを設定した。継続的なトラッキングと改善を繰り返した結果、TOKYO STYLEというブランドにおいては単月でEinstein経由の売り上げがブランド売り上げ全体の14.9%を占めるまでになった。また、ROSE BUDという別のブランドではCommerce Cloud導入前の上半期に比べ、導入後の下半期はブランドの売上高が189.7%成長するなど、売り上げ全体の増加にも貢献している。
伊勢路氏はここで、ECプラットフォーム、AI、外部アプリをつなぎ込むことでプレミアムな顧客体験を提供する北米のパーティーグッズ専門店Party Cityの事例をデモ形式で紹介した。
Party Cityのメインターゲットは、小学生の子を持つ父母だ。この層は日頃から写真共有サービスのPinterestを利用する傾向にあるため、Party Cityはここを入り口に顧客体験を向上させられないかと考えた。
Party City内で「Pick Your Photo」と表示されたボタンを押すとダイアログが開き、Pinterestの画像が表示される。そのなかから選ばれた画像はEinsteinのビジュアルサーチ機能で分析にかけられ、画像内に写り込んだもののうちParty Cityで購入可能なものが掲載される。
従来はユーザーがInstagramからダウンロードした画像をGoogle検索にかけ、運が良ければParty Cityのサイトにたどり着くというフローが主流だったが、拡張性の高いCommerce Cloudを通して外部SNSをインテグレーションすることにより購入までをスムーズにつなげることができた好例だ。
特定の商品を選ぶとポップアップが表示され、Einsteinによる商品レコメンデーションも行われる。類似商品はもちろん関連商品も掲載されるので、それらをユーザーの手でひとつひとつカゴに入れてもらうのではなく、まとめて購入できる仕組みもParty Cityには備わっている。また、デコレーショングッズのほか、パーティーを開くにあたって必要な招待状やPOP類一式もテーマを選ぶと自動的に表示してくれるので、買い忘れも防げる。
デモではユーザーが200商品以上のパーティーグッズを一式購入していたが、短時間でこのボリュームの買い物を行える理由は、外部SNSとの連携と高度なレコメンデーションにあると伊勢路氏は強調した。
カスタマージャーニーを捉えるための6つのポイント
Pinterestの例のように、Instagramなどの外部メディアからECサイトに流入する動きは増加傾向にある。伊勢路氏は「ただECサイトを運営すれば良いという世界ではなくなってきている」と語った。
オムニチャネルの進化系ともいわれるユニファイドコマースは、まさに「ECの世界をいかに効率良く拡張していくか」という考えかただが、世界のトレンドはさらにその先のユニファイドエンゲージメントに向かっているという。
「これまではコマースの中の体験だけを良くするユニファイドコマースが主流でしたが、今後はコマースだけにとどまらず、新規顧客を獲得する『マーケティング』、購入後の顧客育成をスムーズに行う『サービス』を含むカスタマージャーニー全体を意識する必要があります」(伊勢路氏)
カスタマージャーニー全体を捉えようとすると、道のりは非常に長い。注力すべきポイントとして、セールスフォース・ドットコムは以下の6点を重視している。
- 商品のおすすめ
- カゴ落ち
- クーポンの発行
- 注文の確認
- アップセル
- 代理注文
これらのポイントをカバーするために、セールスフォース・ドットコムではCommerce CloudだけでなくMarketing CloudやService Cloudなどの製品を組み合わせて提案している。Marketing CloudとCommerce Cloudを組み合わせると、1~3のように顧客の背中を押す仕組みを作ることが可能となる。
アスリート向け商品を提供しているドームの場合、Marketing CloudとCommerce Cloudをうまく組み合わせることでリピート購入者数やCVRを前年の3倍にまで増やすことができた。成功の秘訣は、顧客セグメントを適切に行ったうえで、それぞれに応じた施策を打った点にあるという。コマースのみならず、ブランドの全体の売り上げ向上にも貢献した好例だ。
シューズメーカーのクロックスは、Marketing CloudとCommerce Cloudを組み合わせ、従来の一斉配信メールからデータに基づいたOne to Oneメール施策に切り替えたことで新規売り上げを20%も獲得することに成功した。
Service CloudとCommerce Cloudを組み合わせると4~6がカバーでき、購入履歴などの顧客情報をしっかり握ったうえで企業側がアフターフォローにあたることができる。
Customer Thinkが、顧客からの問い合わせに対応するエージェントらを対象に行った調査の結果によると、「個別化されたエクスペリエンスの提供に必要な顧客情報を全て入手できている」と回答した人はわずか27%だった。同時に、84%のエージェントが「顧客データが全てそろっていることが重要」と回答した。
スポーツブランドのadidasは、1,100ものエージェントを世界中に抱えている。Commerce CloudにService Cloudを組み合わせることで、彼らが迅速かつパーソナライズされたよりスマートなサービスを提供することが可能となった。
「企業には迅速で正確な対応が求められるようになってきています。顧客やシーンに応じて多様な機能を使いこなさなければならないのに、それらの機能がバラバラに存在していては企業の動きが鈍くなってしまいます。Commerce Cloudの場合は、セールスフォース・ドットコムが提供する他のサービスとシームレスに連携することができるので、スピードを落とすことなく顧客との接点を強化することができます」(伊勢路氏)
拡張性の高いプラットフォームと高性能なAIによって、顧客体験向上とビジネス成長の双方を達成することができるCommerce Cloud。伊勢路氏は「ユニファイドエンゲージメントへシフトする企業を多様なソリューションの組み合わせで手厚く支援したい」と語り、本セッションを締めた。