ソニーの「ウォークマン」も1人の「欲しい」からはじまった
蓄積したデータから、顧客の“全体的な傾向”を捉えようとする人も多いのではないだろうか。もちろん、トレンドを掴む上では必要な作業といえる。一方で、その調査から「何歳で、どの性別で、どのような生活をしている人が、なぜ自社を選んでいるのか」まで読み取ることは難しいだろう。マーケティング施策や商品開発が思うように進まない、売上につながらない原因は“ここ”にあるかもしれない。
P&G、ロート製薬、ロクシタンでマーケティング領域に携わってきた西口一希氏は、著書『ビジネスの結果が変わるN1分析 実在する1人の顧客の徹底理解から新しい価値を創造する』(日本実業出版社/西口一希 著)で次のように語っている。
考えてみれば、これまで私たちの生活を支えてきた有名なプロダクトは、はじめは「誰か特定の1人」を喜ばせるため、あるいは便利になってもらうためのニッチからスタートしています。
1980年代に大ヒットしたソニーの「ウォークマン」も、創業者の井深大氏が海外出張の際に小型のステレオ録音機を持ち歩くのは大変だから、小型の音楽再生機が欲しいというニーズを開発陣に訴えたことから開発がはじまっています。(P.49)
不完全だと思っていた商品 顧客が教えてくれた魅力とは
本書の特徴は、ケーススタディのボリュームが多い点にある。アサヒビール、アックスヤマザキ、シロク、パナソニック コネクトと、取り扱う商材が異なる4つの事例を紹介している。
アサヒビールは、「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」が2021年4月の発売直後から大きな話題を呼んだ。実は本商品、開発段階では泡の出方が安定せず、改善が続けられていたという。ところが、試しに顧客に飲んでもらうとむしろ不完全さを楽しむ人が多かったのだ。同社の代表取締役社長 松山一雄氏は、顧客からの反響をこう振り返る。
発売当日、SNSやネットを見ると、画像付きでさまざまな感想が上がっていました。中でも驚いたのは、発売翌日の朝一番に当社のお客様相談室に届いたメールです。
「めちゃくちゃ吹きこぼれて事故るけど超楽しい! クレームどころか攻略したくなる!! この商品開発したチームに本当にお礼を言いたいです!」
あまりにうれしかったので、社員みんなで共有しました。(P91-92)
こうしたN1分析のメリットは、商品開発だけのものではない。自社ECサイトの使い勝手やコンテンツ作り、SNSでのコミュニケーションなど、EC事業者・担当者にも役立つはずだ。