「Bed(宿)&Experience(体験)」をコンセプトに外国人が喜ぶ街作りを
――那須さんは元大手通信会社で事業開発責任者でもあったようですね。 なぜその那須さんが新宿・荒木町で旅館を?
那須 私がいた会社は、役職定年が非常に早いんですよ。担当部長は53歳で定年ですし。その後は、子会社に行ってという流れになります。その道を行くよりも、何か新しいチャレンジをしようと思っていました。ただ、53歳でいきなり辞めて、そこから新しいことを始めるのも厳しいだろうと考え、もう少し早い段階で辞めようと。助走期間が必要だと思ったんです。そこで、46歳の2016年になろうとする年に退職しました。インバウンド事業には興味もありましたし、時代的にもいいかなと思い、とりあえずはじめはいろいろフリーでやっていました。
その後、もともと知り合いだった「ただいまジャパン株式会社」の親会社でもある株式会社コムブレインズの代表に誘われてジョインしました。 コムブレインズは地域活性事業を手掛ける企業です。実際に地域に出向いてみると、いくつもの旅館が閉まり、商店街はシャッター街になっている。このままでは、日本の地域が廃れてしまうのではないかという不安を感じました。
一方で外国人客を地域に連れて行くと、日本の原風景のような景色や民宿のおばあちゃんの手料理をめちゃくちゃ喜んでくれるんです。日本人がその価値を忘れかけているものに対して、外国の方はとてもいい印象を持ってくれるのだと実感しました。
加えて旅行をすると、旅館やホテルの中で食事を済ませて、ほとんど外に出ないってこともありますよね? もし、1食でも外で食事をするなどして地域を回遊していただいたけたら、宿泊施設だけでなく地域の活性化にもつながるのではと考えました。
それならば、外国人客が集まる地域で旅館をやり、旅館の外にも回遊する仕組みを作ったら、地域の方も、外国人客も喜んでくれると思ったんです。要するに、地域の方と外国人客のマッチングができればお互い楽しんでもらえると考えました。
――それで外国人にも人気の、新宿区・荒木町に「Tadaima Japan新宿旅館」を建てたわけですね。
那須 そうなんです。でも実は、物件探しには非常に苦労しました。当初は人形町に決まりかけていたんですけど、それも頓挫したり。そんなこんなで半年以上は物件探しをして、結局30件以上は見ましたかね。たまたまここを見つけられたのは、本当に運命の出会いです(笑)。荒木町の街そのものの魅力はもちろんですが、新宿も近いという立地から、外国人客も多く見込めると思いました。建物自体も差別化を計り、すべて和風のお部屋になっています。荒木町に300以上ある個性的な飲食店を、リーフレットを作るなどして宿泊客に案内しています。
――街の飲食店の方は、外国人を集客することをすぐに受け入れてくれましたか?
那須 飲食店の方たちを説得するのは正直、たいへんでした。今、新宿のゴールデン街が外国人客に人気なのですが、表立って「外国人を受け入れています」とは言っていないんですよね。言葉も話せないし、トラブルも起きるかもしれない。荒木町に関しては、常連客も多いですし、商売に困っていない店舗も多々ありますし。チャージがかかることがわかると、帰る外国人客もいますから。飲食店でのやりとりひとつとっても、文化が違うんですよね。
私たちの取り組みとしては、A4サイズでお店のチラシを作らせていただいて、ファイルにまとめて旅館に置いてあります。ベジタリアン、ビーガンに対応してくれるお店もあるんですよ。指差しメニューやお店の前に「英語メニューあります」というシートも作って貼らせていただいたりしています。こういうものがあると、飲食店さんと外国人客の不安が両方とも払拭できますので。
外国人客には、実際に訪れたお店のレコメンドカードを書いてもらってファイルに加えます。その内容を飲食店さんにもフィードバックしていますが、参考にしていただいているところもあるようです。ある店舗さんとは、一緒に共同メニューを制作したりもしました。
これを聞いて「たいへんだ」と感じる方もいるかと思いますが、街と一緒に外国人客を集客をしていきたいのであれば、これくらいはやらないとダメでしょうね。私たちのコンセプトはあくまで、「Bed(宿)&Experience(体験)」。街に泊まって、その街を体験してもらうということなんです。