海外事例から探るエージェントコマースの覇権争い
エージェントコマースについては、やはり海外のほうが進んでいます。2025年9月にOpenAIとShopifyが戦略的パートナーシップの締結を発表して以降、Shopifyマーチャントの商品をChatGPT内で直接購入できる取り組みが始まりました。日本ではまだ購入ガイドの提示にとどまり、チェックアウトはマーチャントが提供するサイトで行わなければなりませんが、これも近々ChatGPTから直接購入できるようになる予定です(参考資料)。
既にアメリカのChatGPT利用者は、チャットで探した商品情報に表示された「Buy」をタップして配送先を入力すると、保存されたカード情報やApple Pay・Google Payを用いて支払い完了まで同一画面内で完結できます。現在ChatGPT上で商品購入が可能になっているのはEtsy出店者の商品が主ですが、Shopifyマーチャントの商品も順次解禁されているため、選択肢はどんどん増えていくでしょう。
こうしたエコシステムの変革時に、「誰が主導権を握るのか」を気にする人もいるでしょう。ここで注目すべきは、AIエージェントが介在しても「マーチャント・オブ・レコード(マーチャントが法的な販売責任者)」であることは変わらないという点です。データやブランディングの主導権も、もちろん守られます。
その他の主要事例
- Microsoft:Bing ChatやWindows CopilotなどのAIアシスタント群にShopifyのCheckout Kitを活用。チャットから直接決済まで完了するUXを提供しています。
- Google:検索エンジンに組み込んだ生成AI(AI Overviews)の中で、会話の流れからそのまま購入まで完結させるエージェント型チェックアウトの機能検証を実施。検索と決済をシームレスにつなぐ新たな購買体験を模索している様子がうかがえます。
- Amazon:対話型ショッピングAI「Rufus」を自社ショッピングアプリに統合。画像検索機能(Amazon Lens)と組み合わせて機能拡充を進めています。
今すぐにでも始めよう エージェントコマース導入ステップを可視化
最後に、マーチャントが今すぐ始められること、今後に向けて準備しておくべきことをまとめておきます。
今すぐに始められること
世の中の変化のスピードは非常に速いです。「うちにはまだ早い」と思っていると、あっという間に取り残されてしまいかねません。まず、次の三つから準備を始めてみることをおすすめします。
- 商品データの構造化:JSON-LDによる商品スキーマの整備、在庫情報のリアルタイム更新、価格変動履歴の記録といったエージェント決済の前提条件を満たしていきましょう。
- 購買履歴の整理:「前回購入した商品」「お気に入りブランド」「避けたい成分」などといった購買の意思決定に必要な情報を、AIが理解できる形で保持するようにしましょう。
- 社内体制の整備:法務、CS、エンジニアリングの三者が連携する「AI決済タスクフォース」を立ち上げ、月次でガイドラインを更新する体制を作りましょう。
足元を固めたらさらに前進するため、次の三つに着手していきましょう。
対応プロトコル・決済基盤の整備
エージェントコマースを実現するには、大前提として自社ECのシステムがエージェント対応のプロトコルや決済基盤に接続できなければなりません。まずは、対応状況を確認しましょう。ShopifyなどのECプラットフォームを利用している場合は、管理画面やサポート情報を見て、Checkout Kitやカタログ連携といった最新機能が利用可能か確かめます。
ECシステムを自社開発している場合は、OpenAIのACP(Agentic Commerce Protocol)やGoogleが提供するAP2のドキュメントを参照し、将来的に対応が必要になりそうなAPIの仕様を把握しておくべきです。
また、前述した商品データ(商品フィード)の構造化や在庫APIの整備も非常に重要です。エージェントはリアルタイムで価格・在庫を把握して、ユーザーの要望に合わせたチェックアウトを実施します。そのため、最新データを提供するエンドポイントを用意し、標準化フォーマットに沿って情報を公開するようにしましょう。
UX設計・顧客対応のブラッシュアップ
ユーザーがエージェントを介して購入するようになっても、最終的な顧客体験の質は事業者の責任です。エージェントが誤った商品を注文するリスクを下げるためにも、AIが理解しやすい形に商品データや説明を整備しておかなければなりません。改めて「サイズ・カラーなどバリエーションの属性情報は明確か」「商品説明に誤解の余地はないか」「レビュー評価や売れ筋情報が掲載されているか」といった点検を行い、AIがおすすめだと判断する材料を揃えていきましょう。
また、エージェント経由の注文でも、従来レベルのアフターサポートは必要です。発送連絡、問い合わせ対応、返品対応などの体制や仕組みも、改めて見直してみてください。
AEOとASOの時代に合わせたマーケティング・戦略策定
冒頭でもお伝えしたように、エージェント決済時代のマーケティングキーワードは「AEO」と「ASO」です。AIに選んでもらうための最適化戦略には、特に力を入れていきましょう。「この商品なら安心してユーザーに薦められる」とAIが判断できる要素を磨き上げることが、特に重要です。具体的には、次のような取り組みが考えられます。
- 製品ページやメタデータを充実させ、AIにとって理解しやすいコンテンツを用意する
- 価格や在庫の更新を怠らずAIに誤った情報を与えない
- 返品ポリシーやレビューで高評価を維持する
重ねてになりますが、構造化データマークアップやGoogle Merchant Center、Shopify Catalogなどといったオープンな商品データベースへの登録も、従来のSEO対策同様に重要となります。今までやっていたことをより磨き込む場合も、新しいフローを構築する場合も、AEOとASOをキーワードに設計していくことは欠かせません。
検索順位争いではなく、人からもAIからも信頼されるブランド作りが鍵に
ここまで読んで、1年後私たちの買い物スタイルがどう変わっているか、少し未来図が見えた人もいるかもしれません。
朝、AIアシスタントに「今週の献立を考えて」と話しかけたら、家族の好みと冷蔵庫の在庫を考慮した5日分のレシピが提案され、「いいね」と答えたら不足している食材がいつも使っているネットスーパーのカートに自動的に追加される。欲しいものを伝えるだけで、最安値のECサイトから当日配送で商品が届く。会議中に必要になったものも「明日のプレゼン用に○○を買っておいて」とAIに伝えたら、過去の購入履歴から好みのデザインを察知し、予算に合致した最適な商品を選んでプレゼンに間に合う時間に届くよう手配してくれる━━こうした世界は、もはやSFではありません。AP2やCheckout Kitによって、すぐそこにある未来になりつつあります。
検索順位を競う時代は、もう終わりました。これからは「AIに選ばれ、信頼され、任される」ブランドだけが生き残る時代へ移り変わっていきます。刻一刻と迫るその日に向け、今この瞬間から準備を始めていきましょう。
次回は、この変革の中で新たに生まれる職種「AI Commerce Architect」の役割と必要なスキルセット、そしてこの職種の人が担う業務の全容について、実践的な面も含めつつ詳しく解説します。
