「お皿洗いをしながら見る」でも良い クラシコムがYouTube運営で大事にする指標とは
田中氏らが目指すのは、レギュラーコンテンツそれぞれにファンを付けながらも「クラシコムのYouTubeチャンネルには、必ず気にいるものがある」という環境を作り上げることだ。この実現に向け、大事にしている指標を田中氏は教えてくれた。
「わたしたちは、動画公開初日と1週間の再生回数以上に、総再生時間と視聴維持率が大事だと考えています。この数字を伸ばし続けるため、『いつ、どのようなシチュエーションでこの動画は見られるか』『最後まで見たいと思ってもらえる動画はどんなものか』と常に自問自答しています」
クラシコムは、なぜこうした“定着”を示す数字に目を向けるのか。そこには、現代の消費者の生活スタイルを把握した上での考えがあった。
「今はコンテンツが飽和していて、可処分時間の取り合いが激しい時代です。それにも関わらず、『北欧、暮らしの道具店』公式YouTubeチャンネルに足を運び、約10分の動画を見ていただくのは非常にありがたいことですし、集中して見てもらうのは非常にハードルが高いこと、かつ高望みではないかと思っています。
そこで、より多くの方に動画を楽しんでもらうには押し付け感を排除し、気楽に楽しめる余白が必要ではないかと考えました。動画チームではよく『お皿洗いなど、家事をしながら見られる動画か』『アテンションが多すぎず、生活の中で自然体のまま一緒に過ごせる動画か』といった議論をしています」
コマース連動に必要なのは“あえて忘れる努力”?
なお、コンテンツの多様化とチャネルをまたいだ相乗効果創出を目指すため、クラシコムでは「北欧、暮らしの道具店」で購入できるアイテムを紹介した「お買い物MOVIE」の公開も進めている。ここでも、前出の「自然体かどうか」が一つのものさしになっているという。
「売り手目線で考えると『導線を抜け漏れなく設定しよう』『キャプションでしっかりと商品説明をしよう』と、どうしても肩に力が入りすぎてしまいます。しかし、やることが増えると売り手側も“作業モード”に入ってしまい、視聴者目線でどう見えるか、感じるかの議論を忘れがちです。
『お買い物MOVIE』はまだ試行錯誤の段階ですが、新たな見せ方にチャレンジする際も『こう見せれば視聴者も宣伝と捉えず、楽しんで見てくれるのでは』と想像するようにしています。企画を作ったり、上がった動画を見たりする際は、一旦商品開発担当からのインプットもあえて全部忘れます(笑)。社内の『こう売りたい、見せたい』といったオーダーに応えるのも大切ですが、当事者目線になりすぎるとどうしても客観性を失ってしまうので、程良い加減を目指そうと意識づけています」
同チャンネルが現在の立ち位置を確立できた勝因について、田中氏は「コロナ禍でチャンネル登録者数が激増した当時、YouTube上に“ちょうど良い動画”がなかったことも理由ではないか」と控えめに分析する。しかし、流行りに迎合せず、ブランドの意思を存分に表現した動画コンテンツを先回りして用意できていたことが、クラシコムの強さともいえよう。
「わたしは、クラシコムに入社して『まずは小さく試して、やっていく』という考え方を学びました。このスタンスを今後も忘れずに、YouTubeでは変化球かもしれませんが、不変の価値をもつ動画を作り続けたいと考えています。映画でも流行り廃りがなく、ふとした瞬間に何度でも見返したくなる作品がありますよね。それと同じように、見るたびに新鮮さや新たな気づきを与えられるのが理想です」
「あくまで『北欧、暮らしの道具店』あってこそのYouTubeチャンネル」と強調しながらも、「暮らしや生き方の“正解”ではなく、様々な考えや解釈を肯定するような提案をしたい」と語ってくれた田中氏。その多様性を尊重するスタンスが、多くの支持につながっていることがうかがえる取材となった。