歴史情緒豊かな観光地として、多くの人に親しまれている鎌倉。その中心的存在とも言える鶴岡八幡宮にほど近い場所に、銘菓「クルミッ子」で知られる菓子店、株式会社鎌倉紅谷の本店がある。1954年の創業以来、「常においしさを追求し続ける」丁寧な菓子作りで地域に根ざした商売を続けてきた同社。近年は、ファンが近隣から全国規模へと拡大しつつあると言う。そのきっかけは、SNSを通じた顧客との交流だ。取り組みを推進した代表取締役の有井宏太郎さんに、ブランドとして追求する顧客始点の考えと、これからの実店舗・ECのありかたについて聞いた。
運用は無料ではない 腹を括ったSNS運用
鎌倉紅谷のSNS運用の歴史はおよそ10年前にまでさかのぼる。Facebookページの開設から着手し、軌道に乗せるまでの道筋は有井さんが自ら切り開いたと言っても過言ではない。
「ウェブが得意な知人や、副社長からの勧めでまずはFacebookの運用を始めてみました。はじめは周囲もまだSNSにあまり馴染みがない頃だったので、少し孤独感もあり寂しかったです」
「無料で登録できるから」と即座に運用を開始したが、当初からブランディングは常に意識してきたと言う。実店舗の商品販売情報の告知など実務的な内容から投稿を始めながらも、鎌倉紅谷で働くスタッフの雰囲気やブランドのキャラクターを伝える発信へと徐々に内容をチューニング。いずれも投稿は主に有井さんが行ってきた。
SNSが人々の生活に浸透する時流を鑑みて、同社は2015年にTwitter、2016年にInstagramのアカウントを開設。有井さんは、当時をこのように振り返る。
「Instagramに参入したきっかけは、ハッシュタグ検索でした。当社の代表的商品である『#クルミッ子』と入力して検索したところ、約3,000枚もの画像が出てきたのです。お客様から寄せられた多数の投稿に嬉しさを感じるとともに、その存在を自分がそれまで知らなかったことにショックを受けました。すでにお客様が自発的に発信してくださっているのであれば、商品を製造している張本人がかかわらない手はないだろうと、すぐに公式アカウントを作りました」
SNS展開で顧客との距離を縮め始めると同時に、社内リソースの配分にも変化が生じたと有井さんは続ける。 「かつては地元の新聞社などに定期的に広告を出稿していたのですが、SNS運用を開始したことでブランドとして訴求したい内容を改めて考えました。そして、『SNSで顧客と向き合い、ブランドを成長させていこう』と舵を切ったのです。しかし一方で、SNSに注力すればするほど、写真撮影やデザインなども含め、社内のリソースを必要とします。始めるのは無料でも、運用は無料ではできない。だからこそ真剣に取り組む必要があると感じました」
地道に運用してきたSNSのフォロワー数は、2021年1月時点でInstagramが4.1万人、Twitterが2.7万人まで拡大。規模拡大につれ、Instagram運用は社員へ権限委譲しているが、どのSNSにおいても届いたリプライには可能な限り返信を行う。Twitterアカウントにおいては、今でも有井さんが担当している。
「開設当初に行っていたことを、規模が大きくなったからやめてしまうというのは道理が通りません。最初に始めたことこそ、企業の信念だと考えています。ですから、どんなに厳しいお声に対しても可能な限りお返事をしています」
同社は2020年にInstagramのライブ配信にもチャレンジするなど、顧客とのコミュニケーションの幅を着実に広げている。有井さんは、長年築き上げてきた財産についてこのように語った。
「SNS上でのやり取りで積み上げてきたものについて、お客様が価値を感じてくださっている、芽が出てきていると手応えを感じています。ファンになってくださった方々からの応援の言葉は何よりもありがたいですし、本当に大切にしていかなくてはならないと痛感しています」