アメリカのトレンドは「パーソナライズ」
冒頭で山崎氏は、ECzine Day 2019 Springの2週間前にアメリカで開催された、世界最大級のリテールイベント「SHOPTALK 2019」について紹介した。取り上げられていたテーマは「パーソナライズ」で、図らずも今回のセミナーと共通していたと山崎氏は語る。
「ECでは、レコメンド然り、どんなマーケティングでも基本的にパーソナライズされているのが当たり前ですが、これからは実店舗にもデジタルが進出することによって、パーソナライズやカスタマイズが可能になるというテーマでした」
店頭でも、スマホを介せばダイナミックプライシングやクーポンの提示、レビュー表示やターゲティング広告などが展開できる。また製品自体のカスタマイズもパーソナライズの一部だ。たとえばアメリカで流行しているスニーカーのカスタマイズは、色や素材を店頭のタブレットなどで選び、後日商品が配送されるという。
「経験的に日本では、欧米でのトレンドの1年半から2年半後に波が来るケースが多い気がします。今日お話させていただく店頭でのデジタルマーケティングも、来年くらいから非常に盛んになってくるのではないでしょうか」
店舗とECは補完関係にある
そもそも店頭でデジタルマーケティングが盛んになるのは、スマホの普及によって、店頭でもECが使えるようになったからだ。ここで重要な点は、それが「消費者にとっては絶対的に便利なこと」であり、この流れは止められないということ。この状況を「マーケティングの出口として非常に強力な伸びしろがある」と捉えて対策することが重要なのだと山崎氏は強調する。
さらに山崎氏は、SHOPTALKで語られていたという「CTA=Call To Action」という言葉を紹介しながら、店頭でのデジタルマーケティングの“伸びしろ”について解説した。
「CTAと同じような用語に『制御モデル』があります。いちばんわかりやすい制御モデルは信号です。赤が点くと止まり、青が点くと進む。マーケティングは信号とは違いますが、本質は消費者の心を動かしてものを買ってもらうこと。店頭では、多くの人が購買の直前にいる可能性が高いです。そこでデジタルマーケティングによるCTAができれば、購買への強い後押しになるのです」
これまで、店頭での購買の後押しを担っていたのは店員の接客だった。ポップなどの店頭販促ツールは万人向けのもので、パーソナライズは店員の接客のみに委ねられていた。デジタルであれば、人によって、または在庫状況や日時によって、個別のポップを表示することも可能になる。
「店舗とECは本来、補完関係にあり、そこにパーソナライズなアプローチを生むことができるというのが最大のポイントなのです」
しかしながら、店頭とECの部門が分かれていることを理由に、両者の融合を促進できない企業もまだまだあるという。
「消費者にとってプラスになることを自社の都合で止めるのは非常に残念なことです。ただこれも、来年くらいからかなり変わっていくのではないかと思っています」
デジタルマーケティングは消費者の幸せにつながる
続いて山崎氏は、「消費者にとっての幸せとは何かを考えてみたい」と切り出した。
「デジタルマーケティングによって、パーソナライズができ、よりきめ細やかなマーケティングができるようになりました。それによって消費者の使えるお金が2倍3倍と増えるわけではありません。では何がいいのかというと、いちばん重要なのは、後悔する買い物をしないということなんですね」
納得のいく買い物ができることが、消費者にとってもっとも幸せな購買体験だと山崎氏は語る。それは従来のような、イメージ戦略でエモーショナルに消費者を動かそうとする、画一的なマーケティングでは実現が難しい。
「タバコやお酒、缶コーヒーなどであればイメージ戦略でもいいのですが、機能性が高いものを買ってもらうときは、『自分はいい買い物をした』『まさに自分が求めていた製品だ』と思ってハッピーになってもらうということが重要です。デジタルマーケティングではそれがやりやすくなるのです」
ECでも店頭でも、コマースには本来、「商品を探す」「お金を払う」「物を受け取る」の3つの機能しかないと山崎氏は説明する。このうちマーケティングが活躍できるのは、商品を探す=商品検索のシーンだけだ。
ECではすでに、商品検索におけるパーソナライズを実現できていたが、実物を見られないのが欠点だった。実物を見られる店頭で、ECのパーソナライズを展開すれば、今まで以上に納得のいく買い物ができるようになるということだ。
「これは大きな転換点です。デジタルとリアルの融合によって、より納得のいく買い物ができるようになる。ということは、企業側の勝手なロジックによるマーケティングは、今後急速に通用しなくなっていくということでもあります」
これまでマーケティングといえば集客がメインで、広告やSEOに予算の大半が使われていた。ところが近年は、CRO(コンバージョン率最適化)や、バーティカルファネルといった言葉に注目が集まっている。むやみにファネルの直径を広げて集客を増やすことよりも、ファネルの角度を垂直方向に太くしていき、集客後のコンバージョン率を上げていくほうが、費用対効果が高いと考えられるようになった。店頭におけるデジタルマーケティングの拡大も、CROと同様の戦略だと言えるだろう。
消費者が求める「透明性」とレビューの重要性
ここまでの話をまとめると、「店頭とECは本質的によい補完関係にあり、カスタマーに納得のいく買い物をしてもらいやすい下地が整ってきた」ということになる。これが今回のセミナーの趣旨のひとつだが、さらにもう1点、欠かせない視点があると山崎氏は言う。
「下地が整ったなかで、さらに大事なことはなにか。いろいろな言葉があるのですが、私たちは『透明性』という言いかたをしています」
すでに山崎氏が述べたとおり、消費者が納得のいく買い物がしやすい環境が整えば、企業やブランドが一方的に仕掛けるマーケティングは受け入れられにくくなる。消費者の信頼を得るには、透明性を大事にすることが重要だという。
「透明性というとわかりづらいですが、カスタマーが極力納得のいく買い物をするために必要な情報を、惜しまず提供するということです。『この商品はこういう機能があります』『こういう良い点もあれば、こういう悪い点もあります』『これがもしお客様のニーズに合っているようだったらお買い上げください』という姿勢でなければ、誠実ではないと思われるようになるでしょう」
透明性を確保するうえで欠かせないのがレビューだ。「SHOPTALK」のあるセッションでも、「ハッピーなカスタマーは、最強のマーケターである」という言葉が出たと山崎氏は振り返る。また同セッションでは、「企業とカスタマーのどちらを信用するか」という調査結果が紹介され、企業の情報ではなくカスタマーの情報を信用する人が約3倍も上回っていたという。さらに、レビューが10件になるとCVRが1.5倍に、50件では2倍になるというデータもある。
個人が情報発信する時代、企業がするべき努力はハッピーなカスタマーを作ること。そしてレビューを恐れず、積極的に活用していくことなのだ。
「当社はレビューエンジンの提供も行っていますが、悪いことを書かれたくないからと踏み切れない企業もまだまだ多いのが現状です。ですがそれでは、取り組んでいる企業に比べて後塵を拝していくことになるのではないでしょうか」
ただし個人から発信される情報量は膨大なため、分析していくノウハウも必要だ。有効なデータとそうでないデータを分類しながらデータを構造化していくことも、透明性を向上するために必要になると山崎氏は付け加えた。
もちろん、今回のテーマである店頭でのデジタルマーケティングでも、レビューは重要な要素となる。店頭でネットのレビューをチェックするのは、すでに当たり前の消費行動のひとつだ。そうした場面で、積極的に自社のEC利用を促進する施策を行っていくことが必要不可欠な課題となる。
スキャン&ゴーがソリューションに
山崎氏は、店頭での自社EC利用促進のソリューション例として、海外で増えているスキャン&ゴーの活用を挙げた。商品タグをスキャンしてもらうことで、店頭でもデジタルマーケティングが展開でき、購買を後押ししながら、他社への流出も防ぐことができる。
ZETAでは、このスキャン&ゴーを進化させたサービス「ZETA CLICK」のリリースを予定している。スキャンしてECに誘導するだけでなく、パーソナライズされた情報が提供できるのが大きな特徴だ。購買履歴や在庫の有無、会員・非会員などによって、ダイナミックプライシングやクーポン表示、レビューページへの誘導など、最適な提案を行う。現在最終調整を行っており、リリースが待たれる。
店頭のデジタルマーケティングによって可能になるパーソナライズ。それが結果として、企業・ブランドへの消費者の信頼につながる。店頭という「伸びしろ」を生かすデジタルマーケティングは、今後さらに拡大していきそうだ。