シンガポール在住時に見えた日本の魅力と弱点 今後の戦略は?
徳田(世界へボカン) 今後は接客ロボットの導入も検討されているそうですね。
浮ケ谷(日本百貨店) はい。導入に向けて絶賛準備中です。ロボットに搭載されたタブレットで希望する商品カテゴリーを選んでもらうと、該当する商品のコーナーまでロボットが誘導してくれます。その場で同一カテゴリーのおすすめ商品動画が流れるようにして、接客までできるようにしたいと考えています。
徳田(世界へボカン) 浮ケ谷さんは、デジタル投資に積極的ですよね。決裁権限あってこそではありますが、店舗へのデジタル導入は「本当に使われるのか」といった議論も起こりがちで、企業によってはなかなか進まない部分だとも思います。どういった考えをおもちなのかぜひ聞きたいです。
浮ケ谷(日本百貨店) デジタル化は目的ではなく、あくまで「課題解決のための手段」だと考えています。重要なのは、完璧を求めるよりも小さく始め、実行しながら修正していくことです。
知見や予算の不足を理由に動けなくなったり、計画に時間をかけすぎたりすると、結局想定外のことが起きて軌道修正が必要になります。だからこそ、小さく始めて走りながら改善する姿勢が大切だと思います。業界的にDXの遅れが指摘されていますが、日本百貨店が先陣を切ってチャレンジし、他の企業が続きやすい環境を作れればと考えています。
徳田(世界へボカン) 本気度が伝わります。海外やインバウンド市場を見据えたとき、日本企業にとっての課題や可能性はどのような点にあると考えてますか?
浮ケ谷(日本百貨店) 私は以前、シンガポールでテレビ通販を中心にECや直営店などの BtoCチャネルと、量販店や百貨店へのBtoB卸を組み合わせたオムニチャネル型の流通事業を経営していました。日本の商品は現地でも関心が高かったのですが、売り込みに来るメーカーは、こだわりは強いのに顧客視点が弱いことが多かったんです。逆にいえば、「伝え方次第でまだまだ広げられる余地がある」という手応えも感じていました。
円安やビザの緩和で、日本は「一生に一度行く国」から「何度も来たい国」へ変わりつつあります。その結果、東京・京都・大阪といった定番ルートだけでなく、地方を訪れる外国人も増えてきました。これは地域の生産者や職人さんにとって大きなチャンスですし、私たちも都心で地域の食や工芸の魅力をしっかり発信し、ゲートウェイとしての役割を果たしていきたいと考えています。
徳田(世界へボカン) 今後はどんなことをやっていきたいですか?
浮ケ谷(日本百貨店) インバウンド向けの店頭施策では、需要に合わせた取扱商品の拡充や、サイネージを活用した分かりやすい情報提供、さらには海外メディアでの露出強化など、まだまだ取り組める余地があります。今後は、それぞれの分野での工夫を一層深めていく考えです。
また、最新型のサイネージを通じてデータが一定量蓄積できれば、越境ECにも挑戦していきたいと考えています。食品は輸入規制や送料負担の課題が大きいため、まずは雑貨や工芸品からスタートするのが現実的だと見ています。
現在は日本のサブカルチャーやポップカルチャーと連動した商品開発にも力を入れており、海外でも人気の高い日本のIPと組み合わせることで、さらなる相乗効果が期待できそうです。さらに将来的には、リアル店舗に近い体験をオンライン上でも提供できないかと考えており、バーチャル店舗の開発にも挑戦してみたいと思っています。
徳田(世界へボカン) 既存資産もあり、切れるカードはたくさんある状況なので、どれからやっていくかですね。
浮ケ谷(日本百貨店) アイデアはいくらでも出てくるんですが、やはり実行が一番難しい部分です。だからこそ実行できる体制を作って、一つずつ形にしていきたいと思っています。

対談を終えて(世界へボカン 徳田氏より)
インバウンドのお客さまが増えると「越境ECの可能性」を感じる経営者の方は少なくありません。ですが私は、「今お店に足を運んでくださる外国人のお客さまに魅力を伝えられなければ、海外のお客さまに伝えることは難しい」 とお伝えしています。
浮ケ谷社長はこの言葉にすぐに共感くださり、「確かにそうですね。やってみましょうか!」と店頭DXやインバウンド対応に舵を切られました。その柔軟さとスピード感こそが、今回紹介した取り組みの大きなポイントです。
日本百貨店さんの取り組みは、「いきなり越境EC」ではなく、まず店舗で顧客理解とDXに取り組むという点に、大きな示唆があります。デジタルサイネージや動画を通じたスモールDXは、インバウンド対応にとどまらず、将来の越境EC戦略を描く土台にもなっていきます。
日本の魅力は、まだまだ世界に伝えきれていません。まずは身近な現場から改善と挑戦を積み重ねることが、ものづくりや地域の魅力を広げる第一歩になるはずです。本連載を通じて、そうした「挑戦のリアル」をお届けできればと思います。