決済に○分かかると約50%が離脱 2度と利用されないケースも
──買い物において“決済”は欠かせません。それにもかかわらず、なぜ日本では改善の優先度が下がっているのでしょうか。
元重 決済が経営を左右する要素だと認識されていないのです。ストライプは、Amazon.com、Shopifyをはじめとする大手EC企業、大手アパレルブランド、D2Cブランドなど、様々な企業の決済基盤を支援しています。もちろん、各業界で特有の課題はありますが、多くの企業で共通しているのは“決済がブラックボックス化している”点です。
具体的には決済関連の情報が情報システム部、マーケティング部、EC事業部などと複数の部門に分散しているケースが多く見られます。すると、EC事業の視点で正しく費用対効果をはかることはできません。また、決済が顧客体験や売上にどの程度の影響を及ぼしているのか、決済成功率をはじめ定量的な数字をわざわざ確認しにいく担当者は少ないのではないでしょうか。
しかし、本来は決済もマーケティング施策やサイト改善と同様にPDCAを回して継続的にアップデートする必要があります。

──決済体験に関する改善の優先度が下がったままだと、どのようなリスクがあるのですか。
元重 まず大きなリスクは、不正利用です。1回1回の被害金額は小さくても、それらが累積して気づかぬうちに数億円の損失となっている企業は少なくありません。仮に不正対策の必要性を認識しても、情報が分散していると各担当者が「自部門の責任ではない」と思い、実行が遅れてしまいます。
加えて、マーケティング活動全般にも大きく影響します。広告などにどれだけコストをかけても、最終的に購入されなければ投資額を回収できません。結果的にPL(損益計算書)が悪化するのです。
この状況から脱するには、決済を因数分解する思考が求められます。何が原因で購入直前に顧客が離脱してしまうのか。決済フォームがわかりづらいのではないか。購入時にクレジットカードが意図せずブロックされているのかもしれない。改善できるポイントが多いことに気づけるでしょう。そのためにも、EC事業部も決済に責任をもつのが重要です。
──裏を返せば、決済体験を改善することで売上が大きく上がる可能性がある、ということですね。
元重 はい。具体的な例を出して説明します。
当社の調査によると、購入完了までに2分以上かかると、顧客の49%が離脱するとわかっています。さらに、40%の人が「購入がブロックされた企業から再度購入する気にならない」と回答しています。
決済に時間がかかったり、何らかのトラブルによって決済ができなかったりすると、顧客はそのECサイトに半永久的に戻ってこない実情が見えてきています。つまり、皆さんが知らない間に優良顧客を逃しているといえるでしょう。こうした点をしっかりカバーできれば、自然に売上が上がると考えられます。

不正が疑われた人の75%が実は優良顧客? 家電など2つの事例で学ぶ
──実際に決済の改善に成功した事例を教えてください。
元重 「BAKUNE」などリカバリーウェアを展開するウェルネスブランド「TENTIAL」が良い例です。TENTIALは2019年の販売開始以降、D2Cブランドとして大きな成長を遂げました。そして、同ブランドを運営する株式会社TENTIALは2025年2月、東京証券取引所グロース市場への新規上場を果たしています。
そんな同ブランドは以前、不正利用の被害に悩まされていました。その解決のために「Stripe Radar」を活用しています。ダッシュボードで決済購入率などのデータを分析し、不正利用を的確にブロック。導入から半年で、約2億円もの不正利用を削減しました。仮に改善しないままだった場合、同額の損失が出ていたことになります。

──約2億円の損失とは、非常に大きな数字ですね。不正利用をどのようにブロックしたのでしょうか。
元重 企業によって、被害の特徴は様々です。どのような行動をしているユーザーが不正利用なのか、ダッシュボードで見極める必要があります。その上で、ブロックする条件を細かくカスタマイズするのがポイントです。たとえば「突然大量購入している」「1度の購入単価が異常に高い」「違うカード番号で何度も決済を試みている」といった行動は、不正利用が疑われます。
不正利用をブロックする際に注意したいのは、優良顧客まで排除しないようにすることです。当社のデータでは、不正利用の疑いによって購入がブロックされた人のうち、実は75%が正当な顧客だったと明らかになっています。大まかな条件だと、本当は購入意欲が高い顧客まで決済ができなくなってしまいます。実際の不正利用の特徴を分析した上で、ルールを決めなければなりません。
最近では「特定の国のクレジットカードだと不正利用の可能性が高い」というケースもあります。世界規模でEC購入が当たり前となっている現在は、企業側が意図しなくても、他国からECサイトを閲覧されているかもしれません。海外から不正利用の対象として狙われることもあり得ます。さらに、そのトレンドも常に移り変わっています。

──特に注意が必要な商品カテゴリーはありますか。
元重 家電のような高額商品は、不正利用のターゲットになりやすいです。これも良い事例があります。韓国の家電メーカー・LGエレクトロニクスの日本法人、LGエレクトロニクス・ジャパン株式会社です。
同社は、日本向けに自社ECサイトを立ち上げた際、当社の決済プラットフォームを導入しました。有償サポートを通じて、当社の専任担当者が一緒にダッシュボードを確認。不正利用対策ツール「Stripe Radar for Teams」の設定など、自社ECサイトに必要な対策・チューニングを実施しました。また、クレジットカードでの決済時に本人確認を行う3Dセキュアにおいても、必要なときに認証がしっかり実施されるよう、細かなルールを設定しています。その結果、有償サポートの利用期間中には、チャージバックの発生はゼロに。決済成功率も、90%近くにまで改善しました。
当社は、このような支援によって、世界100万社以上の決済データを蓄積しています。同じ商品カテゴリーで、どのようなユーザーが不正をはたらいているのか、パターンをつかみノウハウとして貯めてきました。そのデータベースにもとづいて、クレジットカード利用者のリスクを判定したり、各社のルール設定を支援したりすることが可能です。
決済フォームの変更だけで購入率7.9%増 取り入れやすい施策を紹介
──ここまでの事例を聞くと、やはり決済は“守りの戦略”という印象をもちますが、売上成長を加速する“攻めの戦略”としても活用できるとお聞きしました。
元重 そのとおりです。たとえば、当社が提供するダッシュボードでは、若年層が契約しやすいクレジットカードブランド、銀行発行のものなどと、顧客が利用しているクレジットカードのブランドを閲覧できます。このデータによって、顧客がどの程度の世帯収入なのか判断可能です。有償サポートだと、クレジットカードの発行会社ごとの分析までも確認できます。
仮に富裕層向けのクレジットカードを利用している人であれば、ラグジュアリーな商品を積極的にレコメンドするといった施策が考えられます。また、利用されているカードブランドから顧客に若年層が少ないと予想できる場合は、SNSでのアプローチを増やすきっかけになるでしょう。

元重 ほかにも、興味深いマーケティング施策があります。決済フォームの形式は、どのECサイトでも大きな違いはありませんよね。それが海外では、広告や商品のレコメンドのように、決済フォームを顧客ごとに出し分ける企業も多いです。そのほうが、購入率が上がるからです。
具体的には、顧客が過去の購入時に利用した端末の画面サイズに最適化するといった施策が考えられます。また、クレジットカードや電子決済、各国で人気の決済手段など、顧客が求める支払方法に合わせて、最適な入力項目をあらかじめ表示することも可能です。このように決済フォームを出し分けるだけで、購入率が7.9%向上した事例も報告されています。

──こうした決済体験の重要性について、日本でも理解が進んでほしいです。
元重 そのために、当社ではワークショップを積極的に行っています。「経営に関わる重要な要素である」と伝えていきたいです。
特に、日本では人手不足、それによるバックオフィス業務の負担増加といった課題が存在します。これらは、成長途中の企業、大手企業のどちらにも当てはまるものです。当社は、そんな課題を解決し生産性を上げるサポートをしたいと考えています。
実際、新規事業において当社の決済プラットフォームを導入している企業では、開発部門の業務効率が大きく改善されるとわかりました。チームが処理できる作業量で見ると、平均で59%も生産性が向上しています。これにより、本来1年かかるプロジェクトを、数ヵ月でローンチできたケースもあります。競争が激しい中、ターゲットとする市場にどれだけ早く事業展開できるかは、重要な点ではないでしょうか。今後は、こうした事業戦略もサポートできればと考えています。