小売市場規模5兆円超のシンガポールでなぜNRF-APACが開催されたのか
National Retail Federation(全米小売業協会、以下NRF)が主催し、世界最大級の小売系カンファレンスといわれている「NRF Retail’s Big Show」。毎年1月に米国で行われるのが常だが、2024年6月、ついに「アジア版」といえるNRF-APACが、シンガポールのマリーナベイ・サンズ コンベンションセンターにて初開催された。
今回の報告会では、日本オムニチャネル協会 理事の逸見光次郎氏がモデレーターを務め、ゲストとして一般社団法人リテールAI研究会 理事/今村商事株式会社 シニア バイス プレジデント 兼 営業本部 統括本部長の林拓人氏、株式会社IBAカンパニー 代表取締役/DCM株式会社 社外取締役の射場瞬氏、株式会社ピアリビング 執行役員 販売管理部長 青木朱音氏が登壇。イベントだけでなく、シンガポールの店舗視察などを行った際の感想なども含めつつ、話が進められた。
NRFが事前に発表していた、今回の想定来場者数は5,000人。開催後の公式発表によると、7,000人超が参加し、逸見氏いわく「予想以上に盛り上がった」とのこと。カンファレンス会場ではイオン、ファーストリテイリング、パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)などの日本勢が登壇したほか、日本オムニチャネル協会やリテールAI研究会でも展示ブースやルームを設けてミニセミナーを実施。最終日には、シンガポールの店舗視察ツアーを行ったという。
「最終日の店舗視察ツアーでは、9時半から14時までの4時間半で『DON DON DONKI SINGAPORE』や『313@somerset』をはじめとする各ショッピングモールを計8ヵ所ほど回りました」(逸見氏)
視察の様子を紹介する前に、シンガポールという国についての理解を深めよう。シンガポールは観光都市として街が整備され、2023年の外国人訪問者数は1,360万人を記録。国土面積が東京23区と同程度だと踏まえると、観光産業で経済が活性化している様子がうかがえる。
「ちなみに、シンガポールの小売市場規模は5~6兆円程度で、150兆円超の日本と比べると非常に小さな市場です。タイ(15兆円)、ベトナム(20兆円)、マレーシア(12兆円)、フィリピン(19兆円)、インドネシア(40兆円)と合わせても、現状日本の市場規模には及びません。
しかし、これらの国は年平均成長率4%以上を記録しており、これから伸びる可能性に満ちています。日本は伸びが鈍化するどころか、縮小傾向にある点を踏まえると、成長市場であるアジアの周辺諸国をどう捉えて対策するかは、非常に重要なポイントだといえます」(逸見氏)
逸見氏はさらに、ローランド・ベルガーの調査結果を基に、日本からアジアの小売業・卸売業への対外直接投資残高の低さに触れた。
「製造業への投資額と比べると、27%と偏りが目立ちます。各国の市場が小さい分、国ごとの法規制など対応項目は増えますが、ただものを作るだけでなく、『売る窓口』をきちんと設けておくのも必要でしょう」(逸見氏)
歴史的背景を知れば納得なシンガポールのタフさ
シンガポールに限らず、海外市場を理解するには立地や歴史的背景に目を向けるのも必要だ。国土の小ささから食料自給率が非常に低く、約9割を海外からの輸入に頼っているシンガポールは、19世紀初頭から20世紀にかけてイギリスによる植民地支配、日本による占領、マレーシアからの分離独立と激動の歴史をたどっている。
「後背地としてのマレーシアを失った後、シンガポールは1970年代に激しいインフレと失業問題に直面します。これを手厚いインフラ整備や外資企業の誘致、雇用の創出などで立て直したのが当時の首相 リー・クアンユー氏です」(逸見氏)
こうした苦境から立ち直った経験をもつ国は、やはり強い。現在、ハイテク分野のスタートアップは推定3,800社、政府系や日系も含めたベンチャーキャピタルは150社存在し、新たなビジネスがさかんに生まれる土地としても注目を集めている。
「2023年秋にシンガポール視察を行った際に、現地の人に『どんな教育をしたら、こんなにデジタル人材が育つのですか?』と質問をしてみました。すると『やりたい人が頑張った結果だ』といわれたのです。
環境を与えれば、誰かがチャンスをつかもうと努力する。このモチベーションは苦しい経済環境から立ち直った経験をもつ国であるがゆえのものだと感じました」(逸見氏)