サプライチェーンの再構築は上流から
1996年に入社後、吉邑氏は一貫してサプライチェーン領域に携わってきた。約30年にわたって現場を見てきた吉邑氏は、セッション冒頭で、サプライチェーン全体の整流化を「モノや情報の停滞をなくすこと」だと解説。その実現には、「需要予測の精度向上が必須」と主張した。
需要予測の重要性を説明するにあたって、吉邑氏が取り上げたのが物流2024年問題だ。仮に2024年問題でドライバー不足が加速すれば、2030年には荷物の約35%が運べなくなるともいわれている。2019年には働き方改革関連法が発表されていたものの、国内の企業の準備はあまり進んでこなかった。
「物流が破綻すれば、『原料・資材が工場に届かない』『お客様に商品をお届けできない』という状況になりかねません。物流2024年問題への対応は、サプライチェーンにおける喫緊の課題です」
こうした状況を回避するために、なぜ需要予測を重視するのか。吉邑氏は、その理由を「サステナブル」というキーワードに触れながら説明した。
「かつては、売上至上主義による大量生産・大量消費モデルが一般的でした。現在は企業単体の利益追求ではなく、社会を含めたステークホルダーとの連携、そして持続可能性が求められます。ムリ・ムダ・ムラの少ないモデルへ、サプライチェーンを再構築していかなければなりません。その起点となるのが、サプライチェーンの川上に位置する需要予測です。もしも需要予測が外れた場合、商品の欠品もしくは在庫過剰が発生します。そうなると、製造部門・購買部門・物流部門は調整に追われることになります。しかし、物流2024年問題の影響で、各部門による急な対応が困難になるのです」
「サッポロ サクラビール」に学ぶ需要予測の難しさ
しかし、需要予測の正確性を上げるのはそう簡単ではない。吉邑氏は、外的要因である「世の中の不確実性」、内的要因である「データの壁・組織の壁」が需要予測を困難にしていると指摘した。これにより、「意思決定の難化/遅延」「在庫過剰、欠品、廃棄ロスの発生」「在庫偏在等による物流コスト増」といった課題が発生しているという。
また、社内に目を向けても、様々な制約が存在する。「経験に頼る根拠の乏しい予測」「過去の特定の類似商品を参考にした予測」など、今までの体制を変えるのは容易ではない。
吉邑氏は、「需要予測の難しさをイメージしてほしい」と、サッポロビールにおける事例を提示した。2021年、2022年に数量限定で発売された「サッポロ サクラビール」の出荷量を、週単位でグラフにしたものだ。累計出荷量の9割以上が、発売前のものとなっている。吉邑氏は「このような商品は珍しくない」と話す。
「1年、2年と継続的にお客様に購入していただける新商品は数えるほどしかありません。売上動向を見ながら製造調整や在庫の適正化をするのは難しく、そんな余裕もない商品が非常に多いのです」
こうした経緯から、サッポロビールは担当者の経験に頼る需要予測から、AIの力を借りることに決めた。