「時間」と「場所」という制約をどう克服するか
店頭での手厚い接客を売りにする百貨店。こうした「リアルの体験」を重視する事業者は、コロナ禍に大きなダメージを受けた。岡崎氏は、当時をこう振り返る。
「私たちは文字通り、手も足も出ませんでした。営業時間という『時間の制約』、店舗という『場所の制約』。この2点を克服しなければ、百貨店の未来はないと経営陣一同、危機感を持ったのです。
そして、タッチポイントのオンライン化を進めると同時に、大丸松坂屋百貨店流のオンラインビジネス構築が本格始動しました」
岡崎氏は2004年に大丸に入社。店頭業務や財務を経験した後に、J.フロント リテイリングに出向。経営企画、M&Aを担当した上で一度は大手IT企業に転職している。大丸松坂屋百貨店には2020年に再入社した、異色の経歴の持ち主だ。
現在はDX推進部の専任部長として、新規事業開発や既存事業のDXをミッションとする岡崎氏。「百貨店を再定義する」と掲げた2021~2023年度の中期経営計画にのっとり、3年間で7つのプロジェクトから事業をローンチした。
初年度の2021年には、「サブスクビジネスへの参入」「ファッション分野での新たな取り組み」をミッションに、デザイナーズブランドとのつながりをもつ百貨店の強みを活かしたファッションレンタルサービス「Another ADdress」をスタート。2022年には、「単品ECのメディアコマース化」「コスメ分野のさらなる拡大」を目指し、情報メディアとオンラインストアを一体化させた「DEPACO」の展開を始めている。
そして、中期経営計画最終年度の2023年5月に「サブスクビジネスの進化」「食分野においても時間・場所の制約克服の具現化」を掲げ、開始したのが冷凍グルメの定期便「ラクリッチ」だ。
「デパ地下文化を持つ百貨店の力を、市場規模10兆円以上と言われる中食市場で発揮すれば、消費者に新たな体験価値を提供できると考えました。食においても目標とする『時間と場所の制約克服』を実現するため、具体的なアクションを起こし始めたのです」
「“選ぶ”不満」を持つ消費者に目を向けた
食に関しては「社会的な背景もDX化を後押ししている」と分析する岡崎氏。ライフスタイルが多様化し、家事に対してもタイムパフォーマンスが重要視されるようになった一方で、「食事の時間を大切にしたい」「簡単においしいものが食べたい」といった食への純粋な欲求レベルは、ネットスーパーや食品宅配の普及も相まって高まり続けている。サステナビリティへの関心も、大きな変化と言えよう。
さらに岡崎氏は、消費者が抱く「“選ぶ”不満」について言及した。eコマースの普及により、時間や場所の制約なく「選べるもの」は増えたが、同時に情報も世にあふれ、「選ぶのが面倒」といった声も増えているという。
「新規事業のリサーチを行った際に、『“選ぶ”不満』についての意見を多く耳にしました。『選ばないで未知のおいしさへの冒険や、出会いと発見を得たい』といった声を踏まえて生まれたのが、ラクリッチです」