なぜお菓子メーカーが「歌舞伎フェイスパック」を作れたのか
一心堂本舗は、歌舞伎フェイスパックで一躍脚光を浴びたが、元々は「養生」をテーマに、江戸の知恵を活かしてお菓子を製造するメーカーだ。
代表の戸村さんは、流通業や通販企業で働いたのち、独立。もともと起業の志を持っていたところに、調剤薬局へのお菓子の販売というアイデアを思いついた。
「調剤薬局は今のところ、病院から出された処方箋を調合するだけで商売が成り立っているのですが、今後は国の医療費抑制の方針に基づいた法律の改定などでそうもいかなくなる。すると薬以外のモノも販売していくことになるでしょうが、小さな調剤薬局が、大手ドラッグストアと同じものを販売してもうまくいかないはず。そこで、調剤薬局のメインのお客様である、年配の方に親和性の高い、健康的でおいしいお菓子があったらいいんじゃないかと思いつきました。運良く、調剤薬局に商品を卸している会社さんとつながりがあったんですね。
実は、僕自身、もともと江戸時代に生まれた健康づくりの知恵、『養生』の考えかたに注目していました。現代でいうところの『予防医学』ですよね。甘酒は健康ドリンクだったとか、赤穂の塩は実は、徳川綱吉が歯磨き粉として使って、実際に効果があったので広まったとか、そういう、日本人だったら胸が熱くなるような要素を取り入れた商品づくりがしたかったんです」
2012年5月には調剤薬局への卸売をスタート。軌道に乗り始めたところで、歌舞伎座がリニューアルし、「出店しないか」と誘いが舞い込んだ。シニアをターゲットに、江戸の知恵を取り入れた、健康的でおいしいお菓子が、歌舞伎座の顧客に受けないわけがない。評価を受けて、さらに歌舞伎座にマッチした商品開発を試みる。
「恥ずかしながら、出店を機にはじめて歌舞伎を鑑賞したのですが、歌舞伎そのものにハマってしまいまして、何かおもしろい、歌舞伎の商品を作りたくなったんですね。いろいろ調べていくうちに、東京ミッドタウンが主催するデザインコンペ『Tokyo Midtown Award』で、学生部門の準グランプリを授賞した、小島梢さんの隈取型のフェイスパック『JAPANESE FACE』を見つけました。
すごくおもしろいのに、なぜ商品化されていないんだろうと問い合わせたところ、東京ミッドタウンや授賞した小島さん自身も努力されたんですが、依頼したすべてのフェイスパック受託メーカーに断られてしまったとか。美容液に隈取のインクが染みたら問題になる、型抜きができない、コストが合わないといった理由でした。それなら、技術的な課題は当社で解決するので、商品化させてくださいと言ったんです」
とはいえ、戸村さんも同様の理由で断られる日々が続いた。そこで、製造行程を分解することにした。万一染み出したとしても問題のないインクを製造している会社をあたり、それが解決したら、1枚ずつ目と口の部分を型抜きしてくれる会社を探し、といった具合だ。それを一心堂本舗がつなぐという考えかたである。たいへんな情熱だが、売れる見込みはあったのだろうか。
「売れると思いましたし、何度も何度も断られるのが悔しくて、なかば自棄になっていました(笑)。絶対に商品化してやろうと」(戸村さん)
しかし、次に戸村さんを待ち受けていたのは、小売店からの同様の反応だった。「前例がない」という理由で、想定していた販売先で売れなくなってしまう。
絶望とともに抱えた、在庫4,500個。自社ECサイトで売るしか、選択肢はなくなったのである。