クリエイティブ領域でのAI活用 ブランド視点で抱く危惧とは
藤井(ビービット) 「顧客のロイヤル化」に向けたAI活用について、考えられていることはありますか?
鈴木(ニューバランスジャパン) ロイヤル化はあくまで「結果」なので、ブランドとしてはそこに至るまでの過程を重視しなければと思っています。ニューバランスでは「オーセンティック」をブランドのテーマの一つとして掲げていますが、単に同じものをずっと作り続けていたら、そのうち飽きられてしまうでしょう。
たとえば、周年の際に復刻版のスニーカーを販売することがありますが、完全に同じものを作るのではなく、トレンドを取り入れてアップデートした商品を出すようにしています。すると、新旧どちらの顧客にも喜んでいただけるからです。ブランドのストーリーとクラフトマンシップ、どちらの魅力も日々の積み重ねがあって生まれたものです。今のところは「オーセンティック×モダン」のバランス感覚はデザイナーに委ねていますが、これをAIに任せるとどうなるのだろう、と興味はあります。
藤井(ビービット) つまり、クリエイティブ領域でのAI活用にも否定的ではないと。
鈴木(ニューバランスジャパン) もちろん頼りきるのは良くないですが、今のクリエイティブ業界は既にAIの恩恵を存分に享受していますよね。AIはいわば要素技術化していますから。
ただ、クリエイティブにおけるAI活用に限らない話ですが、ブランドが「本物」であることをアピールしても自衛にならない点は危惧しています。これまでの倫理や哲学では通用しない、海外のオンラインマーケットプレイスの台頭がわかりやすい例でしょう。データを使い、売れているものを大量に作って売る。そこに、オーセンティック、サステナビリティ、倫理といった価値観があるかは疑問です。
また、技術が一般化して消費者のリテラシーも高くなり、ものにせよコンテンツにせよ「俺が作ったもののほうがおもしろい」といった主張が出てくることもありますよね。これは模倣ではなく、二次創作の話ですが、実際に「本物よりこっちのほうが良いね」といわれてしまうと、ブランドの存在価値がなくなってしまいます。こうしたエコシステムに飲み込まれないようにするにはどうすべきか、といったことは考えないといけないと思います。
藤井(ビービット) クリエイティブに求められるハードルが上がっているようにも思えますよね。鈴木さんとしては、こうしたエコシステムと完全に決別すべきか、それとも共存する方法があると考えているのか、どちらなのでしょうか。
鈴木(ニューバランスジャパン) まだ答えは出ていませんが、「ブランドの戦略」として捉えればアンチデジタル、アンチAIな方向を選ぶ人が出てきてもおかしくはないでしょう。ただ、AIが存在するエコシステムと完全に決別するには覚悟が必要ですし、その中で競争に打ち勝つには固有の価値を見いださないといけません。いずれにせよ、生き残るのが大変な時代になりつつあると思います。