プロンプトをいくら書いても差別化はできない 大事なのは施策実行の経験値
藤井(ビービット) 鈴木さんのお話を聞いて、米国のメディア各社のAI活用方針を思い出しました。「The New York Times」は広告配信の最適化に取り組みながらも、記事制作においては人間の記者を中心に据える方針を明示しています。一方で「The Verge」を有するVox Mediaや「The Atlantic」はOpenAIと戦略的提携を結び、ChatGPT内にオリジナル記事へのリンクが表示されるようになっています。
それぞれ異なるエコシステムやロジックの中で動いていますし、現時点でどちらが正解かはまだわかりません。しかし、いずれにせよ自社の信念に立ち返った上で決断していることは推測できます。
鈴木(ニューバランスジャパン) 結局は「ブランドとして何を大事にするか」に尽きると思います。正しさよりも、自社が何を目指しているのかを明らかにして哲学をもつ。そうしないと技術に振り回され、ブランドを失ってしまいかねません。誰もが使えるようになったテクノロジーは、それだけパワフルなものだといえます。21世紀の人間の責任は大きいですよ。ここからどう使うかで世界は良くも悪くもなりますから。
藤井(ビービット) 広告の世界でのAI活用が、コンバージョンの獲得に走りすぎている現実を見ると納得です。人間は振り回されないようにしなければなりませんね。
鈴木(ニューバランスジャパン) 個人的には、アルゴリズムに飲み込まれないためにブランド力をつける考えも必要だと思っています。かつてAmazonが台頭し始めた頃に「ブランドキラー」といわれていたことを思い出してみてください。「カテゴリーと値段が選ぶ主軸になってしまうと、ブランドは必要なくなってしまうのではないか」と当時は危惧されていました。しかし、実際は固有の価値などのメッセージ訴求をし続けているブランドは残っています。
藤井(ビービット) ニューバランスも「オーセンティック」という単語を挙げられていますが、譲れないものを既に確立できていますし、やはり「しっかりとした哲学があるか」が大事なのかなと思いました。その上で顧客理解や体験作りのために、AIを中心とするテクノロジーとどう掛け算していくか。この視点が重要だと改めて感じています。
鈴木(ニューバランスジャパン) AI活用で大切なのは、吟味したり、選択したりすることです。「AIは“真実”は出さない。でも刺激を与えてくれる」──これを念頭に付き合うのが、良い距離感なのではないでしょうか。
冒頭で「マーケターもプロンプトを書けるようになろう」という風潮に違和感を覚えているといいましたが、AIはまだ発展途上でインプットの形式もまだまだ進化するはずです。そのうち、人間が手を動かして指示を出さなくとも一定水準のアウトプットを出してくれるところまで到達するでしょう。
そうなった際に、ブランドの哲学に基づいて適切な問いや戦略を立て、施策をどれだけ実行できるかが差別化要素になります。前回の記事で石川さんが施策の話をしていましたが、実行するのが一番難しいんですよ。そこはまだ人間にしかできないことだと思っています。
藤井(ビービット) 思考の枠組みとアルゴリズムがなければAIは駆動できませんからね。哲学に基づいて論理的に問いを立て、それをAIにぶつける。これができるようになるには、そもそも自分でこの思考のプロセスを踏めるようにならないといけません。プロンプトの書き方よりも先にそういった力を身につける必要がある、というのが鈴木さんの伝えたいことなのだと感じました。
鈴木(ニューバランスジャパン) そうですね。
藤井(ビービット) AIが「正解」とする戦略をみんなが取り始めたら、そこに成果は望めません。そうなると、やはり人間の思考力が大事になってきますよね。本日は示唆に富んだお話をいただき、ありがとうございました。