デジタルは売上アップの手段ではなく顧客接点のひとつ
百貨店から新興EC企業、D2Cブランドまで、さまざまな企業のブランディングパートナーとして伴走するフラクタ。企業・ブランドの新規立ち上げ、あるいはリニューアルにおける調査分析、戦略策定、顧客とのコミュニケーション設計、ウェブサイト制作、商品パッケージデザインに至るまでワンストップで支援を行い、企業・ブランド運営者がプランニングや運用を自走できるように後押しをしている。同社でブランドストラテジックプランナーを務める眞喜志氏は、「コロナ禍以降、D2C企業に対する支援事例が多くなっている」と説明する。
昨今、D2Cビジネスが伸長している背景には、テクノロジーの発展がある。中小企業でも安価にECサイトの構築や運用、商品販売が可能となったことに加え、生活者の誰もがスマートフォンを介してコミュニケーションを取れるようになった。こうした変化は、企業・ブランドと生活者がダイレクトに関係を築くことをも容易にしている。
D2Cビジネスを推進する上で重視すべきは、商品・サービスそのものの磨き込みのみならず、SNSなどを駆使した顧客との「双方向コミュニケーション」である。企業・ブランドのストーリーや姿勢を発信して共感を獲得するなど、情緒的なつながりをいかに強固なものにするかがポイントだ。
「コロナ禍という時代背景も相まって、生活者はEC利用を選択する場面が増えました。実際に、2021年は楽天グループの国内EC流通総額が百貨店売上を上回る形となり、ウェブ上で買い物をすることは特別ではなくなりました。
こうした流れの中で、デジタル活用は企業・ブランドにとってますます重要となっています。ただし、私たちは『デジタル化によって売上が上がる』と考えるのではなく、あくまで『顧客接点のひとつとしてデジタル空間がある』ととらえるべきです。ウェブ上のレビューやSNSのダイレクトメッセージなどを介して、私たちは顧客の声を容易に入手できるようになりました。そこで得たヒントをダイレクトに商品・サービスに反映した結果、より良い体験を顧客に提供できるようになる。そう考えると良いでしょう」(眞喜志氏)
眞喜志氏は、「ブランドビジネスにおいて、もうひとつ重要なポイントがある」と続け、顧客の生活や未来の社会に寄り添う『象徴的な体験』を設計することの必要性を語った。
「昨今の顧客は、自身のブランド選択によって生活や未来の社会がどう変わっていくかを無意識に考えながら購買行動をしています。そのため、オフライン・オンラインを分け隔てることなく、『ブランドらしさ』を感じられる一貫した体験作りは欠かせません。その積み重ねこそが、生活者に選ばれる大きなポイントとなります」(眞喜志氏)
企業・ブランドが「らしさ」と言えるものを作り上げるには、人的リソースの創出が必須となる。そこで眞喜志氏は、デジタルを駆使してバックヤードの業務効率化・高速化を図る必要性を訴えた。バックヤード業務の負担が軽減されれば、浮いたリソースを顧客とのコミュニケーションや商品開発に割くことができる。
「顧客満足度を高めるところにいかに注力できるかが、D2Cビジネスにおけるコア(核)です」(眞喜志氏)
さらに一歩深く踏み込んだ顧客交流を Web3時代に着手すべき取り組みとは
D2Cビジネス推進においては、SNSを介した顧客との双方向コミュニケーションが鍵となるが、これから訪れるWeb3時代には「さらに一歩深く踏み込んだ顧客との関係構築が必要」と眞喜志氏は続ける。昨今、メタバースやNFTの興隆とともに耳にする機会が増えた言葉だが、そもそも「Web3(Web3.0)」とはどのような時代・状況を示すのだろうか。眞喜志氏は次の図を基に、説明を進める。
「Web1.0」は、1990年代半ばから2000年代前半のインターネットが普及し、誰でもウェブサイトを閲覧できるようになったフェーズを指す。そして、各種SNSプラットフォームが発展した参加・交流の時代が「Web2.0」だ。ここからさらに一歩進んだ時代を指すのが、「Web3.0」である。
「Web3とは、プライバシーやセキュリティが重要視されると同時に、ブロックチェーン技術が発展すること、そして、それらを背景に従来は巨大プラットフォームに紐づいていた情報が分散し、個人に帰属する時代のことを言います」(眞喜志氏)
さらに眞喜志氏は、社会的な動きとしてESG投資拡大の流れについて言及する。
「気候変動や人権問題など、社会問題に配慮できていない企業は投資家目線で『リスクである』ととらえられる時代です。ビジネスとしても、『環境配慮』『生産工程がオープン』『生産者から搾取しない』など、情報の透明性が求められます。
加えて、ものが飽和する時代を迎えたため、若者も大量消費ではなく1つひとつの消費に深い意義を見出す傾向が強くなっています。どんなに流行っていても、自分の趣味嗜好や主義と合わないものは買わない。これは当社がEC・D2Cビジネスの支援をしている中でも強く感じていることです」(眞喜志氏)
こうした生活者の意識の変化を受け、「すでに大手企業は、続々と新たな取り組みに着手している」と眞喜志氏は言う。
「ナイキはバーチャルスニーカーなどのNFTを手掛けるスタートアップ企業を買収し、仮想スニーカー販売に参入しています。また、アディダスもアーティストコラボのNFT販売を始めました。クリニークは販売目的ではなく、SNS投稿してくれた会員を対象に抽選でNFTをプレゼントする取り組みを行っています。つまり、ものを売るだけではなく、データ販売の動きが見られるようになっているのです。
これからの時代は『ものを買う』行動を喚起するのではなく、企業・ブランドに対する支持・応援を生活者が表現できる『投票と投資』を生み出す思考が大切です。メタバース上の仮想商品であるNFTは、物理制限が存在しないメタバース内で無限にものを所有でき、それがオンライン上での自己表現につながります」(眞喜志氏)
仮想商品のみならず、Web3時代には「金融」の考えかたも重要になると語る眞喜志氏。同氏は、例としてスターバックス コーヒーが展開するプリペイドカード「スターバックス カード」を挙げた。
「スターバックス カードは、顧客が事前に金銭をチャージすることでスターバックスの商品購入をスムーズにします。これは単なるエンゲージメントの創出ではなく、企業・ブランドの金融財産として考えることが可能です。
一見すると、チャージはスターバックス コーヒーにとって『顧客からの借金』ですが、企業・ブランドが提供する体験やそれらに価値を見出し、支持する顧客が先に資金を投入したととらえることもできます。満足できる体験に投資を行い、得られた好感や満足感からリピート利用とさらなる投資を行う。このような好循環が生まれていくのです。
Web3時代には、スターバックス コーヒーのような大手でなくとも、このような取り組みを身の丈に合った形で運用できる世界が広がる。当社はそう考えています」(眞喜志氏)
企業・ブランドの「一貫性」と「継続的視野」が重要に
Web3に生活者から選ばれる企業・ブランドになるためには、「一貫性」と「継続的視野」を持つ必要があると眞喜志氏は強調する。大切なのは、生活者が企業・ブランドに対して「好き」と感じる、愛着を持てる要素を積み重ねることだと言う。
「前出したように、デジタルは生活者との重要な接点です。生活者は購買体験をする以前から、オンラインで情報収集をする中で企業・ブランドへの期待値を高めています。その後、実際に商品・サービスに触れ、『期待どおりだ』と感じることで、愛着が形成されるのです。
今は、企業・ブランドがウェブサイトやSNSで掲げる世界観と現実を、生活者が答え合わせできる時代です。一貫性のある良質な体験を提供できれば、企業・ブランドに対する生活者の満足度は高まります。さらに、期待値を超えた体験を提供できれば、感動につながって『お気に入り』となり、他者へのシェアや将来的にリピートし続ける強固な関係へとステップアップします」(眞喜志氏)
従来のマス的なビジネスモデルにおいては、店舗・人件費などの固定費がともなうことを前提として各社がスケールを目指していた。一方、D2Cビジネスは金額×売上数量の損益分岐点が低いからこそ、スモールスタートでファンを育むことが可能だ。成功した際の利益増加幅は大きくなるが、たとえ母数は少なくても熱狂的なファンが生まれることで特定層に支持され、リピート・他者への推奨という好循環を生み出すことで、持続的なビジネス展開が可能な時代を迎えていると言えるだろう。
「デジタル起点のビジネスを展開しているとコンバージョン、つまり購買行動にゴールの意識を置きがちですが、リピートにつながる継続的な接点を意識した取り組みこそが重要です。
たとえば商品を開封した瞬間に生まれる感動体験や、『また次も使ってみたい』という前向きな気持ちの創出──つまり、購入後に生活者にどのような体験をしてもらいたいのかという意識が欠かせません。これらを意識して情報発信などを行えば、顧客が企業・ブランドに持つ愛着の要素はより深まっていきます。
購入後の体験をいかにデジタルを介してほかの生活者へ伝えるか。デジタルを介することでより多くの生活者にわかりやすく情報を伝えることができれば、さらなる共感を獲得しやすくなります。自分もひとりの生活者であるいう意識を常に持ち、良質な顧客体験を追求する。良い体験が循環することで、カスタマーサクセスにつながっていきます」(眞喜志氏)
Web3時代に選ばれる企業・ブランドになる5つのポイント
眞喜志氏は、「真に求められる顧客体験の源泉は、企業・ブランドの思想にある」と続ける。数多くの企業・ブランドが世に溢れる中、今後は『なぜ今その取り組みをするのか(したいのか)』といった自社の思想がますます重視されるということだ。「なぜ」「誰に」「どのような価値を提供するのか」といった要素を整理し、企業・ブランドの「らしさ」を定義づけてチーム内、あるいは社内全体で共通認識を持つ。それが「企業・ブランドを象徴する商品やサービス、体験の提供、ひいては顧客の愛着醸成につながっていく」と眞喜志氏は解説する。
「もし現時点で顧客に満足のいく体験が提供できていない場合は次の5点を振り返り、見直してみましょう。その答えが商品やサービス、体験の改善や、新たなブランドUX策定の端緒になります」(眞喜志氏)
- Verbal(言葉による世界観):企業・ブランドのメッセージ、ストーリー、タグラインを洗練し、世界観を構築する
- Design&Creative Direction(クリエイティブ):キービジュアルやパッケージなどのビジュアルデザインなど、象徴的な世界観・理想像をユーザーに伝える視覚情報を磨く
- Implementation(実装):構築した世界観に基づいて、顧客とSNSなどを介してどのようにコミュニケーションを取るか。顧客への語りかけや顧客同士のコミュニケーション、 顧客中心のコンテンツを意識する
- Asset Delivery&Refinement(価値の再定義):企業・ブランドの情緒的・機能的価値を再発見する。企業・ブランドとして顧客に提供する価値が何か常にとらえる。UXを策定して終わりではなく、スピード感を持って日々見直す
- Marketing Communication Strategy(リアルタイム戦略):デジタル広告やメールなどを介して、適切なタイミングで顧客に情報を届けていくための戦略を設計する
最後に眞喜志氏は、「何よりも重要なポイント」として次のように語り、セッションを締めくくった。
「自らがひとりのユーザーとして、必ず体験・検証を行うことを忘れてはなりません。企業・ブランド側の立場から情報発信やアプローチの方法を考えるだけでなく、生活者視点で改めて見直すことが、顧客に提供する価値の整理につながります」(眞喜志氏)