コロナ禍で大きく変化した人の動き 生き残りをかけたDX推進とは
コロナ禍のもとで迎えた初の正月三が日。人出は大きく減少し、昨年120万人を超えた箱根駅伝の観客の総数は、18万人ほどという報もありました。多くの場所でStayHomeが求められ「おうち時間」が増加する中、恐らくインターネット上でもっとも多くの人々の目に触れる場所に、「DX」の文字が躍っていました。そう、「Yahoo! JAPAN」のトップです。
2020年10月に東京証券取引所がシステム障害により株式売買を終日停止した際にも、新聞記者が「DX」という言葉を一般名詞として用いていたことに強く関心を惹きましたが、これと同様、「DX」という言葉が一般名詞化していることが明らかな好例と言えるでしょう。
リテールイノベーションの実現には、OMOの世界を十分に理解し、適切な戦略を実施することとともに、DXに対する取り組みも適切に行う必要があります。DXという言葉が一般名詞化することにより、実施するべき本質が今後ぶれてしまう可能性も高まってきてはいますが、まずはDXという言葉が浸透することによって生まれる「対策がある」という安心感が経済活動に与えるポジティブな影響をまずは評価すべきと私は考えています。少なくとも「何もできない」という状況ではなく、「DXを推進すれば生き残ることができる可能性が高まる」という希望は生まれているのですから。
まず、DXの推進を実現していく上で生じやすい誤解として「デジタル化=デジタルトランスフォーメーション」というものがあります。従来はアナログであった一部の業務をデジタルに置き換えただけで、デジタルトランスフォーメーションが実施された、というものです。たとえば、アパレルブランドのサイズ測定でこれまで人間がメジャーを用いて測っていたものをデジタルメジャーに切り替え、測定された情報がすぐにデジタルで表示され、入力の手間を削減させた。これだけでは「DXを実現した」とは言えません。これは単なる省力化です。
こうして得たデータを用いて、ECの商品登録にまで自動で反映させる、あるいは測定誤差を含めてマッピングテーブルが自動で作成され、顧客に提案できる……といったように、データの活かしかたまで考えることがDXの本質と言えます。デジタルの世界で活用できるツールやデバイス、テクノロジーを駆使し、データを用いることで見えてくるさまざまな内容に対応できる素地を整えることである、とも言えるかもしれません。
今まで感覚を頼りに行われていたビジネスを、デジタルという視点や仕組みを通じて最適化する。それこそがDXに求められていることであると考えています。