企業と顧客の関係構築を支えるモバイルアプリプラットフォーム「MGRe」
ランチェスターは2007年に設立され、今年で14期目を迎える。当初はウェブ開発、システムインテグレーションを中心に展開していたが、iPhoneの国内販売と同時期にモバイルアプリ領域に進出。無印良品のアプリ「MUJI passport」の開発を契機に、実店舗アプリの開発を多数手がけるようになった。同社のミッションは「企業と顧客のより良い関係を支える」であり、これを実現するためのサービスが、モバイルアプリプラットフォーム「MGRe(メグリ)」だ。
篠田氏は2014年に同社に入社し、ウェブサイト・アプリ分析および企画を担当。MGReにおいては、営業担当として新規案件の提案業務に注力した後、現在は開発チームでプランニングを担当している。
MGReは、実店舗がアプリ展開を行うためのノウハウを詰め込んだプラットフォームで、同社はアプリ開発から運用、分析までをワンストップで支援する。リリースから3年弱で約20社の導入実績があり、パタゴニアやオンワードなど、その半数以上がアパレル企業となっている。
「オムニチャネルやOMOという言葉で語られるアプリ活用に関しては、非常に強いソリューションです。とくに外部システムとの連携や、ECサイトへの自動ログインなどへの対応力が大きな強みです」(篠田氏)
巣ごもり生活中の顧客接点創出に寄与 自粛明けのMAU数は増加傾向に
篠田氏は「アフターコロナに向けて、アプリ活用でどのような体験作りにつなげることができるかを考えたい」と語り、コロナ禍でMGReユーザーの行動にどのような変化があったのか、2020年3月と4月の顧客データを提示しながら説明を行った。
2020年4月に発令された緊急事態宣言を機に、実店舗の営業休止が相次いだこともあり、実店舗で使用する会員証ページへのアクセスは、最大54%減を記録。MAU(月間利用者)数も平均で20%減少している。一方で、ECへのアクセス数や頻度、閲覧ページ数は増えており、MGReを活用する事業者の中ではアクセス数が最大で55%増となったところもあったと言う。
「巣ごもり生活の中で、『ファン』と言われる顧客の方々がアプリを介して情報を得たり買い物したりといった行動を起こしていたと読み取ることができます。アプリできちんと顧客接点を生み出している企業は、MAU数の減少分をリカバーできていたと言えるでしょう」(篠田氏)
MAU数の推移を見ると、緊急事態宣言後の4月は前月と比べおよそ20%減少したが、同宣言が解除された後の6月以降はコロナ禍に入る以前よりも増加。自粛期間中にロイヤリティーの高い顧客と深いコミュニケーションができたことで、結果としてその後のMAU数が上がっていると考えられる。
コロナ禍のアプリ活用 アパレル・小売・コスメ企業の事例を紹介
では、アプリ活用を行う企業は、コロナ禍において具体的にどのような施策を講じ、顧客とコミュニケーションを行っていたのだろうか。篠田氏は、MGReユーザー企業各社のアプリ活用事例を紹介した。
百貨店を中心に実店舗展開を行うオンワードホールディングスは、多くの実店舗がクローズした緊急事態宣言下において、コーディネートの発信に注力。その結果、アプリのPV数は大幅に増え、元々アプリからECがしっかり作り込まれていたこともあり、ECの売上アップにも成功したと考えられると言う。
「『STAFF START』や『visumo』など、既存のサービスをアプリ内でどのように展開できるかは、考えどころです。コーディネートを表示しても、ECの購入までスムーズにつながらなくては売上に貢献することはできません。うまく動線を作り込むことが鍵となります」(篠田氏)
次に篠田氏は、東急ハンズの事例を紹介。同社は実店舗に強みがある小売店だが、コロナ禍でEC売上増およびアプリ経由の売上増を実現できていたようだ。これは、ライブコマースの実施やニュースコンテンツへの注力によるPV増、プッシュ配信の利用などといった、さまざまな施策を講じた結果だと言う。年に一度行われるイベント「ハンズメッセ」も、今年はオンライン限定で開催した。
「同社は、アフターコロナに向けてさまざまなチャレンジをした結果、きっかけを掴むことができています」(篠田氏)
3例めには、コスメブランド「THREE」を展開するACROの事例が紹介された。同社は、コロナ禍においてコレクション、ランキングコンテンツを中心にPVが大幅増となったほか、会員限定のオンラインワークショップやイベントに注力した結果、EC売上、アプリ経由の売上向上につながったと考えられるとのこと。
オンライン移行する顧客 新たなニーズに応えるためのデジタル活用を考える
続いて篠田氏は、コロナ禍での顧客接点の変化と新たな取り組みについて考察し、「新型コロナウイルス感染症の流行を契機に、顧客接点のオンラインへの強制移行が始まった」と語った。従来、顧客はオンラインとオフラインを行き来しながら認知・検討・購入・共有といった行動を取っていたが、コロナ禍においてはこれまで実店舗が大きな役割を担っていた認知・検討の段階もオンラインに偏る状況が生まれている。加えて、顧客からは「来店を最小限にしたい」「来店せずに買い物を済ませたい」といった、新たなニーズも生まれていると指摘する。
こうしたニーズを踏まえて、多くの企業が行う取り組みのひとつが、動画コマース・ライブコマースだ。
「ライブコマースは中国で非常に流行していますが、日本国内では参入したものの撤退する企業も相次いでいました。それがコロナ禍で再度注目を浴びています」(篠田氏)
顧客とリアルタイムでやり取りができるライブ配信は、ロイヤリティーの高い顧客との絆を深める上、動画をアーカイブ化し再利用することで、売上をロングテール化できるといった利点も存在する。篠田氏は「ライブにこだわらず、動画で商品を丁寧に紹介するコンテンツを制作することは、今後非常に重要になる」と述べた上で、「開催告知や集客動線作りとしてアプリを活用すれば、より高い効果が期待できる」と付け加えた。
また、コロナ禍で進むもうひとつの取り組みが、オンライン接客だ。阪急阪神百貨店では、LINEやZoomを活用したオンライン接客サービスにいち早く取り組んだ。ビックカメラでは、店頭に訪れた顧客に対し、販売員がモニターを通して遠隔接客するといった取り組みを行っている。「オンラインで担保される安全性の価値が高まる中で、エンドユーザーの価値観も変容し、オンライン接客は新たなサービスとして受け入れられている」と篠田氏は語った。
顧客接点創出と関係構築 アプリが描くアフターコロナの世界とは
こうした顧客接点の変化を踏まえ、篠田氏はアフターコロナで目指すべき全体像を次のようにまとめた。
新規顧客獲得が難しい局面が続く中、企業はこれまで以上に既存顧客のリピート率、LTVの向上を意識する必要がある。篠田氏は「顧客との接点をアプリに集約し、アプリ内で関係性を深めていくことが重要な戦略となる」と述べた。
また、これまで実店舗が役割を担っていた認知・検討段階の顧客接点についても、早急なオンライン化が必要と言える。今後は、オンライン上でも実店舗スタッフレベルの商品説明が必要となり、「コーディネート情報や動画コンテンツに加え、クチコミも重要な情報として機能する」と篠田氏は予測する。
「顧客のクチコミで量や質を担保するのは時間を要しますが、実店舗スタッフによるおすすめ情報やレビュー投稿は比較的すぐに対応できるはずです。今後より力を入れるべきコンテンツであると言えます」(篠田氏)
従来はオフラインならではの体験であった試着にも変化が生まれている。自宅配送サービスなども増える中、篠田氏が注目するのは、アダストリアが取り組む試着予約サービスだと言う。ブランド横断で商品を選び、スムーズに試着ができるという利便性を顧客に提供しており、これをアプリを通して展開できれば、非常に有用なデータ取得を実現できると考えられる。
「顧客の好みを理解できれば、レコメンドなどにも役立てることが可能です。オフラインの体験もデジタル化できるところには手を加える必要があります」(篠田氏)
そして、篠田氏は今後のオンラインでの体験に欠かせない要素として、「セレンディピティ(偶然の出会いや予想外の新しい発見)」と「アフターフォロー」を挙げた。前者の例として挙げられたのが、TikTokだ。TikTokは、ユーザーの好みに合わせたレコメンドを中心にしながらも、稀に意外性のあるレコメンドを挟み込むことでユーザーの興味の幅を広げるアルゴリズムとなっている。
「スマートフォンは画面の情報量が限られているため、偶然の出会いを創出しづらい媒体と言えます。そのため、ただコンテンツを並べるのではなく、いかに刺さるコンテンツを生み出していけるかが、今後のポイントとなります」(篠田氏)
アフターフォローに関しては、MGReユーザーであるパタゴニアを例に解説。同ブランドでは、アプリを主にアフターサービスのために活用し、チャットによる相談や返品交換、リサイクル、リペアをアプリから受け付けるほか、製品のメンテナンス方法などの情報も発信していると言う。篠田氏は、「コンスタントに有益な情報を提供することで、LTV向上、リピーター創出にも効果的です」と語った。
最後に篠田氏は、アフターコロナにおけるアプリが実現すべき世界として、次の3点を紹介した。
これらは、オムニチャネルやDXを進める上でのポイントと重なる部分もあるが、コロナ禍で重要度が高まり、より流れが加速すると篠田氏は分析。アプリ活用は、チャネル統合や解像度の高い顧客把握を行う上で最適な手段であると続けた。
「行動ログを正確に把握得するためにも、アプリ経由でのログ取得は必須です。IDをきちんと把握する仕組みさえ整えることができれば、必ずしもアプリ独自の機能を作り込む必要はないと考えています」(篠田氏)
ウェブサイトやSNSなど幅広いチャネルで顧客と接点を持ちながらも、新規顧客と既存顧客をしっかりと把握するには、顧客理解の解像度を高める必要がある。そのためにも、顧客のステータス把握は重要だ。また、情報が届きやすい点もアプリで顧客とコミュニケーションするメリットと言える。篠田氏は最後にこのように語り、セッションを締めくくった。
「アプリは現状、情報を見てもらうための最適な手段であると当社は考えています。外部システムや窓口との連携をスムーズにし、顧客体験を向上させるためにも、顧客IDをベースにした世界観の構築は非常に重要です。外部のCRMやMAとの連携を考慮した作り込みを行い、アプリをハブとした双方向のコミュニケーションを実現していきましょう」(篠田氏)