競争激化する市場で中小EC事業者が戦っていくための指針
まず川連さんは、中小のEC事業者を取り巻く環境について言及。2018年に20兆円を超えると予想されるEC市場だが、ECコンサルタントが集まる協会であるJECCICAには、「なかなか伸びない」等の声が多数寄せられ、閉塞感も漂っていると言う。
その背景には、ここ20年間のEC業界における変化にあると言う。さまざまなテクノロジーが次々に登場してきたが、とくにスマートフォンの登場による「モバイル化」と、ソーシャルメディアの登場による「コミュニケーションの高速化」、そして越境ECによって、消費者の購買行動が大きく変わっている。その対応に遅れを取る中小のEC事業者も少なくないからだ。
そうした状況下で、中小のEC事業者に今後の指針を示すべく、PayPalと共同で調査を実施。その結果、従来型の囲い込み戦略にほころびが見え、スマホ時代の新しい売上公式が見えてきたと言う。『中小EC企業向け2016年EC戦略白書』に掲載されている分析結果を踏まえ、順に見ていこう。
1.ECサイトの利用動向
一般ユーザーに、直近1年以内に商品を購入したことがあるサイトを尋ねると、楽天市場・Amazon・Yahoo!ショッピングの合計である「モール」の利用率が87%となった。大手ECサイトは45.2%、中小ECサイトは7.3%となっている。
モール・大手ECサイト利用動機は、「商品数が多いから」「既に会員登録しているから」「使い慣れているから」「有名だから」「普段使っている決済方法が使えるから」など。「多くの人が普段使いしている様子が読み解ける」と川連さん。
中小のECサイトの利用頻度は、平均4.4回(年間)という結果に。1回のみの購入にとどまるユーザーが、25%を占めている。川連さんは、「普段使いでない中小ECサイトは、モール・大手とは異なる戦略を立てるべき」と言う。
戦略を立てるには、中小のECサイトで商品を購入しない理由を知ることが重要だ。すぐに対策できるものとしては「新規で会員登録するのが面倒だから」「セキュリティが不安だから」「メルマガを送られるのが嫌だから」「普段使っている決済方法が使えないから」が挙がった。
「会員登録」については、一般ユーザーの96%がなんらかの抵抗を感じており、会員登録時に正確な情報を入力していない場合もあることが明らかになった。
「EC業界では、ポイントやクーポンをインセンティブにメルマガ会員を獲得し、メルマガの大量配信を繰り返して購入してもらうストーリーを『囲い込み戦略』として行ってきました。それは重要な施策ではありますが、調査結果により、すべて解決するわけではないこと、つまりほころびが見えてきたと言っていいでしょう」(川連さん)
2.「囲い込み戦略」のほころびから見えてくる新戦略
会員登録になんらかの抵抗を感じる一般ユーザーが96%だと述べたが、事業者側は「会員登録を嫌がっていない」と49%が回答するなど認識に違いがある。ポイントやメルマガに関するニーズも同様だ。
会員登録に抵抗を感じる理由のひとつとして、個人情報流出問題がある。調査結果を見ても、一般ユーザーが中小のECサイトに対して抱く不安として、「個人情報流出(75.3%)」「カードの不正利用(71.8%)」が1位、2位となっている。対策を講じることはもちろん重要だが、定着してしまったイメージを払拭するのは、1サイトの努力だけではなかなか難しいのが現状だ。
会員登録に抵抗を感じることにより、せっかく集客し、カートまで進んだにもかかわらず、コンバージョンしない、つまり「カゴ落ち」に陥っていることが調査結果からも読み取れる。
カゴ落ち率は、グローバルで見ても上がっており、その理由は「スマートフォンにある」と川連さんは言う。個人情報の入力が多い会員登録は、スマートフォンではさらに手間を感じるはずだ。
では、海外企業はどのように対応しているのだろうか。たとえば、デジタルへの取り組みが日本よりも数年先に進んでいるというアメリカでは、EC売上げトップ100では26社、トップ25では2社しか、強制的な会員登録を必須にしていない。ちなみに日本は、トップ100では70社、トップ25社では21社が必須にしている。
「会員登録しないと購入できない『強制式』ではなく、『消費者に選択の自由を与える』必要があるのではないでしょうか。決済画面では、『会員登録』と『ゲスト購入』のふたつが並んでいて、1回めはゲスト購入でもいいという発想です。まずはそのお店のことをよく知ってもらい、『店長さん、いい人だな』といった体験をしていただく。それから会員登録をしていただいて、メルマガや販促を打つほうが、効果も出やすいのではないでしょうか」(川連さん)
3.モバイルシフトがEC戦略にもたらす影響
とはいえ実際のところ、中小ECサイトにおいて、スマートフォンでの購入は行われているのだろうか。調査結果によれば、直近1年以内の購入でスマートフォンを利用したのは24.2%。20代女性の場合は65.2%となっているが、まだまだ少数派ではある。
だが、経済産業省の「平成26年通信利用動向調査」によれば、パソコンの保有率は減少、スマートフォン、タブレットが上昇している。また、「たとえばインドでは、パソコンを持たない、スマホファーストではなくスマホオンリーになっている」(川連さん)との状況もあり、今後、スマートフォンからのECでの購入は増えていくと考えられる。
強制的な会員登録がカゴ落ち率を高め、最終的には中小ECサイトの利用を減退させているのは、これまで見てきたとおり。だが、会員登録しないにせよ、購入するのに最低限必要な情報は、サイトに入力してもらわなくてはならない。スマートフォンのカゴ落ちを防ぐには、そのステップのユーザビリティを上げる必要がある。そこで注目なのが、2015年5月にリリースされたAmazonログイン&ペイメントや、全世界で1億7900万人が利用するペイパルのID決済だ。
「調査結果では、42%がID決済を利用した経験があるということで、もしかしたらID決済について勘違いされている方もいるかもしれないのですが、それにしても関心の高さが伺えます。ID決済は、簡単に、安全に、あっと言う間に購入でき、会員登録する・しないの選択もユーザーが行える。スマートフォンにおける最高のカゴ落ち対策ではないでしょうか。注目せざるを得ないかなと思います。もちろん、スマホサイトのフロントの最適化も重要です。ASPカートやパッケージのデフォルト設定のままにしておかないのはもちろん、実機で試さない制作会社さんもいるので、ぜひ徹底してください」(川連さん)
決済のグローバルスタンダード「PayPal」の中小事業者支援
続いて、川連さんと『中小EC企業向け2016年EC戦略白書』を共同制作したPayPalから、SMBセグメント統括兼戦略統括部長 白石貴志さんが登壇。
ユーザーが利用する際は、メールアドレスとパスワードを入力するだけのシンプルな仕組みで、決済のグローバル・スタンダードとして浸透。アクティブアカウントが1.8億、年間取扱高は30兆円に上っていることを紹介した。日本では、デジタルコンテンツや物販のECサイトはもちろん、クラウドソーシングやインバウンド観光関連で旅行会社にも導入されている。
白書でクローズアップした「カゴ落ち」について、PayPalではテクノロジーを活用したサービスで事業者を支援する。
「ひとつめは、API型決済システム『エクスプレスチェックアウト』。カート付近にある『PayPalで支払う』ボタンをクリックすると、アカウントに紐付いた配送先等の情報が自動で表示される仕組みです。入力の手間を省くことで、カゴ落ち対策になります。
もうひとつは『ワンタッチ』。同一ユーザーがあるデバイス(例:モバイル)でログインすると、別のデバイス(例:PC)で決済する際は、ログインの手間が省ける仕組みです。日本では現状、一部に限定しての公開となっていますが、1、2ヶ月ほどで本格展開していく予定です」
このように最新テクノロジーを活用したプロダクトもPayPalの魅力のひとつだが、セキュリティや導入、そしてキャッシュフローなどインフラ的な視点からも、今回、白書の対象としている中小のEC事業者にとっては注目の存在なのだ。
「まず、セキュリティについて。PayPalを利用すれば、そもそもショップさんがカード情報を持つ必要がないので安全です。加えて、18年の歴史で培った不正検知のアルゴリズムや、2,000人の監視部隊が24時間監視することによって、堅固なセキュリティ環境を維持。万一不正取引が発生した場合も、保護ポリシーの対象であればPayPalが無償で補償しています。
また、導入時には加盟店審査といったフローはなく、本人確認手続きのみ、初期費用もいただかず、広い間口を実現しています。さらに、キャッシュフローについては、月末締め○日後支払いといったサイトではなく、PayPalアカウントへの着金は即、銀行口座へも3~5営業日以内となっています。PayPal自身もスタートアップ企業ですから、中小規模の事業者さんを、こうした新たなプロダクトと仕組みで盛り立てていきたいと考えています」
中小EC企業向け2016年EC戦略白書
JECCICAとPayPalが共同で制作。2015年10月、一般ユーザー2万人、ECサイト1,000店舗を対象にインターネット調査を実施した。詳細・ダウンロードはこちら。
[目次]
●第1章 ECサイトの利用動向
●第2章 「囲い込み戦略」のほころびから見えてくる新戦略
●第3章 モバイルシフトがEC戦略にもたらす影響