脱サラして焙煎珈琲ショップの店長に!今の時代、ECは必須
浅草から隅田川沿いを1駅歩くと、下町情緒と若者向けのおしゃれなセレクトショップが共存する街、蔵前にたどりつく。焙煎珈琲豆を販売する小さなお店「縁の木」は、2013年5月、駅から徒歩1分のところにオープンした。店長は、白羽玲子さん。以前は出版社で広告営業の職につき、バリバリのキャリアウーマンとして働いていたが、1年前に脱サラして起業したと言う。
「2人目の子どもに障害があることがわかり、将来はその子と一緒にできる、ものづくりの仕事がしたいと思ったのがきっかけです。そして将来的には、うちの子だけではなく、知的障害を持つ方たちも働ける場として、この場を成立させたいと考えました。
今のところ、BtoC向けに珈琲豆を焙煎して販売する商売を営んでいますが、私が以前、広告営業でBtoBの仕事をしていたこともあり、ゆくゆくは企業さんの手土産や、オフィスコーヒー、ノベルティなど、ご注文いただいて納期が決まっているものを順番通りに焼いていく、というビジネスを主にしていきたいんです」
起業時から、実店舗とともにECサイトも開設した。当時はどちらかというと、実店舗がメインで、ECはあくまで補助的な役割を想定していたという。
「実店舗は、未経験職種だったこともあり、お客様と直接触れ合って生の声を聞く、実地の研修の場という意味もあります。加えて、店の奥の小上がりで、障害を持つ方たちの就労訓練を受け入れているのですが、その方たちが、お客様が豆を選び、それを焙煎し、必要なら挽いて、パッケージするという一連の流れをつかむのにも役立っています。
一方でECは、実は当初は、それほど重きを置いていませんでした。『BtoBはハイタッチ営業』なんて言われますが、結局のところ、実際に人が動いて、ニーズを聞いて受注しないと意味がない仕事です。ですから、これまでのお客様は実店舗に足を運んでくださるか、メールでご連絡いただいたら請求書をお送りする、というやりかたを考えていたんです。だから、ECはそんなに使われないだろうというのが、出だしでした。
でも実際に始めて見ると、まずお店が12時から17時までの営業なので、その時間に買いに来られない方が『通販はないのか』とおっしゃる。ほかにも、『地方の人にも紹介したいのだけど、通販はないのか』といったお話をいただくようになる。しばらくやってみると、通販しか利用されないお客様が一定数出てくるようになりました。
この経験から、『通販で身を立てようとしなくても、ECサイトはなきゃダメなんだな』ということを学び、当初よりもECに重きをおいて運営しているというのが現状です。加えて、BtoBをやるからには、ホームページはきちんと整備されていないといけません。WordPressで作ったサイトを、私自身が毎日少しずつ手を入れ、商品の情報を厚くするなどして、改修を続けています」
いまや「お店をやりたい」と思ったら、実店舗もECも同時に考える必要があるらしい。そうなると、とくにITリテラシーがそれほど高くない人にとってハードルが高いのが、ECサイトを作り、運営するという点だが……。白羽さんはどう取り組んだのか。次ページから詳しく聞いていこう。
知識ゼロでお店はできない!将来も見据えWordPressで構築
白羽さんの前職は広告営業で、自分でウェブサイトを作った経験はない。さて、どうやって今のECサイトを作り上げたのだろうか。
「実は、自分でかなりのところまでできるだろうと思っていて、途中で知識皆無だと気づきました。WordPressにしろ、ほかのサービスにしろ、『知識ゼロでできます』と謳ってらっしゃるじゃないですか。でも、実際にやってみるとできないし、勉強しようと本を買ってみても、あまりにも知識が足りず、熟読する時間もかけられずという事情もあり、理解できなかったんです。
それならプロに相談しようと思ったのですが、知り合いもいなければ、お金もそんなにない。もうホームページはあきらめようかと思っていたところで、昔の友人で、今は文房具のデザインをしている人に再会しまして、事情を話したところ、今お世話になっている、フリーのウェブデザイナーを紹介してもらえました。
そのデザイナーが、固定ページをいくつかと、写真とテキストを登録するだけの商品マスターを作り、Welcartとつなげるところまでやってくれました。そのお仕事ぶりを見て、自分ではとてもできなかったと思います。やっぱり、餅は餅屋ですね。今も頼りにしていて、稼働後も安心して運用しています」
ECサイト構築が自分でできなければ、大手のネットショッピングモールに出店するという選択肢もあったはずだが、あくまで自社ECサイトにこだわったのはなぜだろう。
「ショッピングモールで珈琲豆を販売して、成功されている方はたくさんいらっしゃいます。その方たちは、ネット上での非対面の接客で勝負されているわけですが、それは私が将来的にやりたい、『障害のある方たちとものづくりをする』というビジネスとは違うので、もともとそこに乗り出そうとは考えなかったんです。将来的には、ショッピングモールもやると思いますが、商材を絞って限定的にやるんじゃないかな。そこでメインのビジネスをしようとは思っていません。
加えて、先ほどもお話ししたとおり、BtoBビジネスをしようと思ったら、企業さんにご覧いただくための自社のサイトが必要になります。そこにWordPressを選んだのは、ゆくゆく拡張していくのに、既存のデータを一部流用したり、外部活用したりといったことがやりやすいと、複数人からアドバイスをもらったことです。会社はすぐに大きくできるわけではありませんが、大きくなったときに拡張できないのは困りますから。
実店舗にしろECにしろ、お店を開くというのは重労働だったので、それほど多く検討できなかった中で、複数人から『WordPressがいいよ』というアドバイスをもらったのは大きかったですね」
こうした紆余曲折があってECサイトができたわけだが、それはあくまでスタート地点に立ったに過ぎない。集客し、販売し、運営していくのがネット通販の本業である。とくに集客について、SSLの導入も含めて聞いてみよう。
SEOと「信頼」のためSSL導入 あっけないほど簡単にできた
依頼したウェブデザイナーがSEOに詳しく、当初は芸能人のブログに勝てなかったキーワード「縁の木」でも、同社のサイトが1位に表示されるまでになった。そんなある日、Facebookで目にしたのが、『サイトがモバイルフレンドリーであるか否かで、検索順位が変わりそうだ』というトピックスである。
「デザイナーに相談したところ、WordPressは自動でスマホ対応するから大丈夫だと。ただし、『SSLサーバ証明書』の導入も影響するらしいから、ゆくゆくは考えたほうがいいかもしれないとアドバイスをもらいました。SSLについて意識したのは、それがはじめてです。
当初はECに重きを置いていなかったことと、決済会社のページに遷移してカード決済するサービスを導入し、個人情報とカード情報を紐付けてはいなかったことから、SSLは導入コストに見合わないと考えていました。でも、検索順位に影響し、さらにBtoBビジネスをやっていくには企業さんから信頼を得ることも重要だと思い、これを機に導入しようと決めました」
決断してからは、早い。デザイナーに利用しているサーバーを確認し、そのオプションプランで提供されている「ドメイン認証SSL」を購入、デザイナーに実装を依頼した。その間、3日である。
「デザイナーさんから聞いた話では、『あっけないほど簡単にできた』そうです。もしかしたら、私でもできたんじゃなないかって(笑)。一部、見せかたを変えたり、ソースを書き換えてくれたそうなので、プロじゃなければできない作業があったはずですが、とにかく検索順位が変わるのがこわいからと、突貫工事で導入しようと思ったら、ECサイトの店長でもなんとかなるのかもしれませんね」
縁の木のSSL導入はまず、ショッピングカートのページから始めた。様子を見ながら全ページを「https」にしてSEOを実施、そして将来的に会社が大きくなれば、BtoBビジネスであることも鑑みて、さらにセキュリティレベルの高い、EV証明書の導入を検討してもいいかもしれない。
スマホ対応、SSLサーバ証明書の導入と、ネット通販を行っていくうえで土台が整ったといえるが、これから「縁の木」が目指す商売とは。
「これまでどおり、知人をメインのクライアントとしてビジネスをしていきます。新しい方にも知っていただけるよう、広告出稿をして目立つといったことは考えていません。
主軸となる商品は、最近はじめた『定期便』のサービス。季節にあわせて豆をご提案し、定期的にお送りする頒布会の仕組みを導入しました。オフィスと個人向け、どちらもあります。これはBtoBに近いモデルなので、できるだけ注文をとっていきたいと考えています。
ECサイトを運営していく上で、今回のモバイルフレンドリーやSSLのような大きな変化はまた訪れるでしょうが、これまで培った人との縁や、信頼できるプロの意見を大事にし、対応していきたいと思います」