求められるのは魅力的な体験の創造 流通・小売業のDXが目指す先とは
本セッション最初のパートは、「流通・小売業を取り巻く環境とMicrosoftの取り組み」をテーマに日本マイクロソフトの藤井氏が登壇。昨今の流通・小売業を取り巻く環境変化について言及した。
ICTの進化や従来の商慣習を壊すほどの新しいデジタルリテイラーの登場により、激変する流通・小売業。追い打ちをかけるように押し寄せたコロナ禍により、顧客は買い物の方法を、事業者はものの売りかたや提供するサービスを変えることを余儀なくされている。
「事業者の皆様は、顧客からは高度な買い物体験を、従業員からは働きやすい環境を求められる一方で、サプライチェーンの透明性や迅速性・回復性をも問われている状況です。こうした誰も経験したことのない状況下で今後を予測し、生き残りをかけて成長する術を模索している方も多いのではないでしょうか」(藤井氏)
ここで注目されるのがDX推進だが、今求められているのは単純な店舗システムの刷新ではない。藤井氏は、本質的な目的を「時代も顧客も大きな変化が続く中で、事業者が魅力的な体験を創造し続けること」ととらえ、「さまざまな顧客接点へ取り組みを拡張する必要を感じている」と続ける。
とは言え、具体的にどのような行動を起こすべきなのだろうか。藤井氏は、「Microsoft Azure」をはじめとするクラウドテクノロジーをけん引する同社の立場から、多くの事業者が抱える課題を紹介した。
「より顧客に接近し、常にダイレクトな体験を提供する上でスマートフォンの活用が有効であることは言うまでもありません。しかし、初期投資してスクラッチ開発でアプリをリリースしたものの利用数が伸びなかった、もしくは機能追加やバックエンドのレガシーシステムとの連携に大きな追加費用や時間がかかるといった課題から、投資サイクルが回りにくい状況に陥る事業者が存在するのも事実です」(藤井氏)
同社はこうした課題を踏まえ、店舗システムの次世代化、充実化をサポートすべく、LINEとの協業を決定。すでに多くの生活者に欠かせない存在と言えるスマートフォンアプリやプラットフォームを提供するLINEの知見を活かし、「『消費者≒顧客』ではなく『生活者≒顧客』の視点から、行動変化に対応したさまざまなサービスや革新的な体験をスマートフォンを通じて生み出すことで、差別化を図る」と藤井氏は説明した。
LINEが考えるDXの定義 鍵を握るのは「ユニバーサルエクスペリエンス」
次にLINEの比企氏から、日本マイクロソフトとLINEの取り組みについて説明がなされた。同氏は「これからのDX」を考える上で重要なふたつの軸についてこう語る。
「『不特定多数の人と向き合うのか』、『個人と向き合うか』。このふたつの軸が重要となります。前者で考えるべきは『店舗を訪れた顧客の行動の可視化』、後者で考えるべきは『顧客との1to1の応対をアプリを活用してどのように実現するか』です」(比企氏)
LINEは、2022年3月時点で国内月間ユーザー数(MAU)が9,200万人、事業者・店舗によるLINE公式アカウント数は37万(※2022年3月時点のアクティブアカウント:認証済みアカウントのうち、月に1度以上機能を利用しているアカウント数)を超えている。比企氏は、「LINE API」の活用により広がる可能性について、こう続ける。
「LINE APIは、LINEのインターフェイスと事業者のバックエンドシステムを連携できる仕組みです。同APIを用いることで、LINEを使った顧客の活動を自社のデータベースに保存したり、自社のデータベースに蓄積された情報を基にLINE公式アカウントにプッシュ通知を送ったりといったアプローチが可能です。こうした施策展開ができる土壌を活かし、日本マイクロソフトとLINEで流通・小売業における新たな顧客体験を提供していきます」(比企氏)
続いて比企氏は、LINEが考えるDXの定義について話を進める。
「当社は『DX=CX(顧客体験)+EX(従業員体験)』であると考えています。CXを突き詰めると『UX(ユーザーエクスペリエンス)』にたどり着きますが、企画者は『ユニークエクスペリエンス』に陥りがちです。たとえば、会員証や切符などの権利を表すものは、本来の利便性を考えると統一したデザインであるべきですが、開発者やデザイナーはついデザイン性を重視してしまうがために、顧客が望むものや運用の視点から外れたものになるケースも多々存在します。
こうした事態を避けるために、LINEではUXを『ユニバーサルエクスペリエンス』ととらえています。顧客視点で考えれば、事業者やサービスの垣根を越えて同一のインターフェイスを活用できたほうが利便性は向上します」(比企氏)
たしかに、LINEを活用して行う施策はインターフェイスが統一され、デジタルにそこまで明るくない利用者でも比較的容易に操作・サービス利用が可能となる。すると課題になるのは差別化であるが、LINE APIを用いてパーソナライズした情報提供や新たな体験創出ができれば、こうした懸念も解決できるだろう。
なお、LINEは事例を集めたウェブサイト「LINE API Use Case」を開設。同サイトには、LINEを活用して会員証を提示したり、スマートフォンレジによる購買手続きを実現したりと、OMOのさまざまな事例がデモ形式で紹介されている。「TECHNICAL CASE」のコーナーでは、LINE API活用事例に用いられている技術のシステム構成図やシーケンス図を見ることも可能だ。
「DXは、文章のみで議論すると空中分解しやすいため注意が必要です。デモやLINEを使い、目で見て触って体験することでイメージしやすい状況を作り上げています」(比企氏)
ここで比企氏は、「DX=CX(LINE)+EX(従業員体験)」であると提示。「CXはLINEで生み出すことができる」と語った上で、「『+』の部分を日本マイクロソフトとLINEのクラウドで提供する」と語り、日本マイクロソフトの井上氏にバトンをつないだ。
店舗・ECの行動データをまとめて把握 Power Appsアプリが広げる接客の可能性
新たな顧客体験の創造、DX推進が必要となると、劇的な変化をイメージする人も多いだろう。しかし、これらの実現に向けて求められるのは、先進的なシステムを用いてデータを連携することだけではない。
事業者の目の前にはDXに着手する以前から顧客が存在する。そのため、売上アップや事業の持続性を保つ上では顧客からの支持を集め、継続してファンでいてもらえるような努力が欠かせない。データ活用が進む中で、これらをかなえる可能性がありながらも事業者が実現できていないことに「名寄せ」があると井上氏は説明する。
「『A』という顧客が店舗・ECで購入した記録が、すべて同一顧客のデータとして紐づいている状況を実現するのが名寄せです。顧客ごとに行動データをまとめて把握することで、さらに質の高いサービスを提供できるようになります」(井上氏)
井上氏は続いて、アパレル・ホテル・レストラン事業を営む架空の企業「Fabrikam Luxury HD」を例に作成したデモを紹介した。日本マイクロソフトのクラウドサービスとLINE APIを用いた同デモは、実際にLINE API Use Caseの「LINEで得た顧客の「ID」と「データ」を活かすOMO基盤としてのCustomer Data Platform」からも体験できる。
同社はLINEを使った会員管理システムを実装しているが、デモ上の顧客はアパレル事業の店舗・ECの会員情報を名寄せできていない設定だ。この状況から名寄せに必要な情報を自然な形で収集し、システム側で自動統合。導き出された結果を用いて、さらに顧客へ良質なサービスを提供することが最終目標となる。具体的なアプローチ方法は次のとおりだ。
1. 顧客がアパレル店舗に来店
顧客がスマートフォンを持った状態で店舗に訪れる。
2. 購入時に顧客がLINE上の会員証を提示
「LINE API」と「Azure App Service」を利用したLINEアプリにより、顧客のLINEのIDを識別したインタラクションを実現。「Power Apps」アプリを用いて店舗スタッフが二次元コードをスキャンすることで、顧客情報へアクセスできるようになる。
3. 顧客が店舗にディスプレイされている体験型イベントを知る
たとえば、新作のバッグやウォッチ、ネックレスを紹介する期間限定のフェアを定期的に開催。この情報に触れ、「新作をいち早くチェックしたい」「SNSで映える投稿をしたい」と考える顧客は参加者情報登録を行う。
4. 参加者情報登録
情報登録時に、メールアドレスと携帯電話番号を必須事項として設定。顧客が情報を入力し、送信することで名寄せの情報が揃う。
「たとえばメールアドレスは、店舗での会員登録時に文字列が長く書き間違える可能性があることから、必須事項としていないケースも存在します。しかし、EC上では発送通知やその後のCRMなどを行うために入力をマストとしていることがほとんどです。そのため、店舗でメールアドレス入力の機会を作り、名寄せの可能性を高めていきます。これは、Microsoftが提供するCDP『Microsoft Dynamics 365 Customer Insights』がメールアドレスなどで名寄せできる仕組みを持ち合わせているからこそ、実現可能です」(井上氏)
名寄せが完了すれば、目の前にいる顧客のEC上での行動を店舗スタッフが把握できる。Power Appsアプリを搭載したタブレットには店舗での購入履歴、ECでの購入履歴、レビューの内容、年間購入金額などが一覧で表示され、店舗スタッフはこれらの情報を踏まえた上で接客を実施。ヒアリングを重ねなくとも、顧客の趣味嗜好を踏まえたより良い接客サービスの提供が可能となる。
「名寄せにより、EC上での購入割合が高い顧客の存在を店舗スタッフが把握できるようになります。顧客の動きが見えれば、店舗に足を運んでいただくための施策検討にもつながるでしょう」(井上氏)
なお、同アプリでは自身の店舗や系列店で実施するキャンペーン・体験会などのリアルイベントを一覧化した画面も存在する。店舗スタッフが接客の中で話題として触れ、顧客が興味を示したものについてはLINEを用いてその場で案内を送信。定型メッセージに担当スタッフ名やオリジナルの文章を追記することでパーソナライズされた内容となり、特別感を演出することも可能だ。
「大好きなブランドの系列ホテルでの体験が魅力的であれば、継続的に訪れる、もしくは友人を誘うといった価値の広がりや顧客拡大につながります。中には、アパレル以外にレストランやホテル事業を営んでいることを知らない顧客もいるでしょう。こうした顧客にはサービスの幅広さを伝えることで、エンゲージメントをより高めることができます」(井上氏)
Power Appsアプリを用いた接客は店舗スタッフだけでなく、ストアマネージャー、エリアマネージャーにもメリットをもたらす。接客記録をデジタル上に残すことができれば、店舗の売上や店舗スタッフの実績、優秀な店舗スタッフの接客手法を把握したり、売上とイベント参加率の相関性を調べたりといったことも可能となる。
「エリアマネージャーは自身の担当店舗のデータを閲覧し、『A店の店舗スタッフが行っている接客手法をほかの店舗にも展開してみよう』などの判断を下すことができます」(井上氏)
最後に井上氏は、改めてLINE API Use Caseのウェブサイトを明示した上で、これらを支える仕組みを作り上げるエンドユーザー企業向けのコンテンツ群「リファレンス アーキテクチャ」を紹介。今後の展望を次のように語り、セッションを締めくくった。
「今後、LINE上で顧客体験向上を目指すシステムインテグレーションが増えた際にも、標準的なデータソースとして使っていただける仕組みを当社は準備しています。事業者の皆様のご期待に応えることができるよう、サービスインテグレーターの皆様にも積極的な技術支援を行ってまいります」(井上氏)