「機能が特別優れているわけではない」
それでもスマホアプリがUX向上に貢献するワケ
「omni=すべて」と「channel=経路」というふたつの単語から成り立つオムニチャネルという言葉が注目され始めたのは2013年ごろ。BtoC EC市場が11兆円を突破(経済産業省)し、実店舗とのシナジー効果を高めるために、販売チャネルの複合的な視点が求められ始めた時代だ。以降、6年にわたり、各企業はオムニチャネル化を実現すべく、さまざまな手段を講じてきた。その中で、オムニチャネルを実現するツールとして注目されているのがスマホアプリ。個別IDの発行や、実店舗とECとのポイント統合などが実現できるスマホアプリが、オムニチャネル推進の起爆剤となるケースも多く見受けられる。
「ECでも店舗でも、消費者のすぐそばにはスマホがありますよね。オムニチャネルを実現するためには、スマホをハブにするのが最適なんです。何かを買う時だけではなく、商品がどこで購入できるのかを調べたり、購入後にチャットで相談をするなど、アプリを用いることでお客さまに対して圧倒的な利便性を提供することができます」
お客さまの手の中に収まりながら、オムニチャネル化を後押しするスマホアプリ。しかし、田代さんによれば、スマホアプリというツールは、機能面で群を抜いて優れているわけではないという。
「実際にアプリが提供する機能は、ウェブブラウザなどで提供できるものとほとんど変わりません。しかし、スマホアプリの最大の魅力は、時間や空間の制約なく活用することができ、お客さまが自分の最適なタイミングでサービスを利用することができる。それによって、UXが向上することにあると考えています。たとえば、ある美容サロンでは、アプリで来店予約をすると、予約前日にはプッシュ通知が配信される。そのため、予約したことをうっかり忘れることがなくなりますし、店舗側としても、直前のキャンセル減少に効果的ですよね。また、来店の翌日にはアンケートへの回答を促す通知を配信することで、メールでアンケートを送信した場合と比べて、その回答率が10倍になるケースもありました。UXの向上は、圧倒的な数字の差を生み出すんです」
お客さまとのつながりから考える、オムニチャネル化のポイント
ランチェスターでは、2017年11月より、ブランドとファンがよりよい関係を構築するためのモバイルアプリプラットフォーム「EAP」をリリースしている。
「EAPが持ついちばんの特徴は、いろいろなサービスを統合できること。クーポンの配信やニュースコンテンツの提供が可能になったり、会員証の機能を持たせることができたり。もちろん、ECサイトと実店舗の垣根なく購買履歴や獲得ポイントは一元化されます。これによって、ユーザーは1人ひとりにパーソナライズされた体験を得ることができるんです。ただし僕たちは、EAPを『アプリ開発ツール』とは呼んでいません。EAPは、iOSやAndroidへの対応、管理画面やAPI、他社のポイントシステムとの連携も簡単にできます。そんな、プラットフォームとしての価値こそがEAPの最大の魅力であり、アプリであることはあくまでもUIのひとつに過ぎない。開発する上でいちばん難しいのも、アプリというフォーマットを作ることではなく、複数のテクノロジーを統合して最適化することなんです」
モバイルアプリプラットフォーム「EAP」は、シンプルで洗練されたUIをベースに、各ブランドのニーズに合わせて最適なデザインや機能の開発が可能。
エンジニア出身の田代さんが設立したランチェスターには、それぞれの分野でのスペシャリストとなるエンジニアたちが多数在籍している。そんな同社だからこそ、高い技術力を要する「トータルな最適化」を実現することができたのだ。
「UXの違いというのは、ユーザーの満足度にとても大きな影響を与えます。僕らがアプリの企画を行う際にもっとも大切にしていることは『どのような機能を持っているのか』ではなく、『どのようなコミュニケーションによってUXを構築したいのか』ということ。多くのアプリ開発には、このUXの視点が抜けていることがとても多いように感じています」
では、同社が手がけたアウトドアメーカー「パタゴニア」のアプリを見てみよう。パタゴニアでは、このアプリを「パタゴニアの製品を選ぶ/買う/長く使うお客さまのためのツール」と位置づけている。
「同社はオムニチャネルやスマホアプリを通じて『どのようにお客さまとつながりたいか』というコンセプトづくりが徹底的にオリジナルでした。彼らの場合スマホアプリは、お客さまとの絆を深め、同社のミッションである環境問題の解決を実現するために存在するもの。製品を通じてお客さまと長くつながりたいと考えているパタゴニアにとって、会員証機能や修繕などの相談といった機能は必須ですが、ポイント付与機能は必要ない。同様に、アプリで配信するコンテンツには、製品のセールス情報は一切含まれていません。同社が支援するさまざまなアクティビティの情報や、環境問題への取り組みを訴求するコンテンツのみを提供しているんです」
「仲の良い友だち」のように
テクノロジーが自分を理解してくれる世界へ
企業のオムニチャネル化を支援するランチェスターのどういった点が、ユーザー企業から支持されていると思うか。そんな疑問をぶつけると、田代さんは「少し面倒くさい会社だからかもしれないですね」と苦笑する。
「僕らは、本質的なマーケティング支援をしたいと考えています。クライアントから、『毎日アプリを使ってもらうためにゲームコンテンツを入れたい』という要望があったとしたら、『御社のサービスにゲームは関係ないですよね』とお伝えすることもあります。企業やブランドのマーケティング支援をする、という自分たちのスタイルから外れたことをしても仕方ないですからね。ランチェスターには、EAPというモバイルアプリプラットフォームがあり、オムニチャネルやアプリマーケティングの領域で他社を圧倒する知見があると自負しています。だからこそ、単純に『アプリを持ちましょう』という提案ではなく、企業が持っている価値を最大限に伝える提案ができている点に、魅力を感じていただいているのではないかと思います」
EC市場はなおも右肩上がりの発展を続け、オムニチャネルという発想はますます無視できない時代に突入している。ではそんな中、これからテクノロジーはどのようにマーケティングを支援することができるのだろうか。田代さんは「テクノロジーには、まだまだ改良の余地が多い」と断言する。
「店舗ですでに買った商品の広告が表示されたり、仕事で調べただけの商品がレコメンドされ続けるなど、ユーザーに対して、完全にパーソナライズされた体験を提供できているとはまだまだ言えません。テクノロジーが、仲のいい友達や、ビジネスパートナーのように自分を理解してくれて、適切にアドバイスをしてくれる存在として感じられるように育てていきたいですね。また、POSや基幹システムなどには、企業の中でまだまだ活用しきれていない情報が眠っているように思います。たとえばそんな企業内の情報に対して、リアルタイムでアクセス可能なシステムを構築することができれば、判断の質は向上するでしょう。それによって、ユーザーは本当に欲しい情報を受け取ることができ、コミュニケーションの最適化や精度の高いマッチングも実現できるはずです」
「仲のいい友達」のようにスマホアプリが自分を理解し、そのうえで何かを提案してくれる。そんなUXを実現していくため、ランチェスターの挑戦は続いていく。