“トキメキ”を鍵に顧客との関係を変化
アダストリアは「グローバルワーク」「ニコアンド」など17のファッションブランドを擁し、衣料品・雑貨の企画・製造・販売を行う。売り上げの中心は全国に約1,200店を展開する実店舗だが、Web事業も右肩上がりで成長している。そのWeb事業の中核となるのが、2014年11月にスタートしたECサイト[.st](ドットエスティ)だ。すでに会員数は440万人を超え、重要な存在となっている。
同社では、コミュニケーション「量」で重要な役割を果たすWebプラットフォーム上に「質」を担保すべく、「Salesforce Marketing Cloud」(以下、Marketing Cloud)を活用して顧客と1対1のコミュニケーションを実現するための取り組みを進めている。今回、その背景や具体的な施策について、同社CRM推進部の高橋氏および、久保田氏に話を聞いた。
高橋氏は、マーケティングにあたってブランドと顧客の関係の捉え方を根本か ら変えたかったと語る。「これまでのブランドビジネスは、テイストやターゲットを細かくセグメント化していくプロセスの中で、企業自ら顧客層を狭めてしまっているのではないか? と考えていました。ですが、一消費者視点に立った時、Aのブランドも好きだけどBも好き、あるいは、シーンによってブランドを使い分けていても不思議ではない。この仮説のもと取り組みを始めました」(高橋氏)
そこで同氏らが重視したものが“トキメキ”だ。「お客様が選ぶアイテムは、その時々に最も心を躍らせたモノだと考えます。ですから、顧客を中心に捉えたコミュニケーションでは、お客様がときめいた瞬間をキャッチできるか否かが大きい。そのための方法を考えることにしました」(高橋氏)
スタイリングの提案を自動配信、購入後のトキメキも捕える
同社は2015年の8月にMarketing Cloudの導入を決定すると、セールスフォース・ドットコムの支援を受け、カスタマージャーニー設計や戦略設計を行うプログラム「SPARK(スパーク)」を実施。顧客がブランドや商品に対して感じるトキメキポイントを洗い出し、それに基づいてカスタマージャーニーの再設計を行った。
特筆すべきは、トキメキポイントの洗い出しに多くの時間をかけた点だ。「抜け・漏れがないかチームメンバー全員で何度も話し合いました。ときには他の部門や、社外のパートナー様からも声を募りました」(高橋氏)
この作業には実に3か月をかけたという。その後、さらに1か月をかけてシナリオに落としていった。そこからデータソースの選定やデータ連携を行い、2016年に入りクリエイティブ製作をスタート。3月にローンチを迎えた。
現在、大きく4つのシナリオを走らせている。ほとんどがECでのコミュニケーションシナリオだ。たとえば、同社のキラーコンテンツともいえるスタイリング写真を活用したものがある。
「当社では全国の店舗スタッフが日々Webサイトにスタイリング写真を掲載しています。1年で約4万枚にも及ぶバリエーションです。これらのコンテンツとMarketing Cloudの機能を利用して、商品Aを購入したお客様にはこのスタイリングを、という風に自動的にメールで着こなしを提案する仕組みを構築しました。実際に運用していて、スタイリング紹介は非常に良い反応が見られます」(久保田氏)
アイテムを見てトキメキを感じ、購入時に心を躍らせ、スタイリング写真を見て購入アイテムの着こなしにワクワクする。購入前から購入後までの顧客体験をフォローしているわけだ。
アダストリアの「トキメキ・ジャーニー」を支えるテクノロジーをチェック!
カスタマージャーニーを再構築し、顧客との新しいコミュニケーションを開始したアダストリア。同社の戦略やシナリオ、コンテンツの例は本記事で紹介されましたが、具体的にはMarketing Cloudをどのように活用しているのでしょうか?
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会員登録件数は10%増、CVRは2倍に
店舗とのシナジーも見えつつある。会員顧客のIDはECサイトと実店舗で統一しているため、どちらで購入した顧客に対しても同一のシナリオを活用できる。たとえば実店舗を経由した会員登録の場合、店舗では仮登録の段階だ。この時点で収集したメールアドレスから、本登録につなげるアプローチにおいて効果を生んでいるという。
「これまでも本登録を促進するメールは送っていましたが、Marketing Cloudを利用することで、コミュニケーションの方法を変えることができました」(久保田氏)
本登録のメリットだけでなく、こんな洋服もありますよ、と紹介するなど顧客に合わせて切り口を変えたアプローチが可能となった。このようなステップアプローチにより、実店舗での仮登録からWebでの本登録につながる件数が10%ほど改善したという。
「これまで送っていたメールと比べ、確実にご覧いただけている実感があります」と高橋氏。数値でも、CTRは2倍以上に、CVRも2倍程度の成長が見られた。
運用面でもメリットを感じられている。「別々のツールで施策を実行していた際には、複数のデータを突き合せると整合性がとれていないこともありました。一方、Marketing Cloud上ではどのタイミングでお客様に何をしたらどうなるのかが、数値としてきれいに見えてきます。一つの指標の中で複数のデータを比較することも容易になりました。集計作業に費やしていた時間を、戦略を考える時間に割けるようになったことは大きいですね。」(久保田氏)
情報鮮度と顧客行動でLINEとメールを使い分け
さらに、高橋氏らはHTMLメールに加えてLINEでの情報発信を開始した。Marketing CloudとLINEビジネスコネクトを活用し、たとえば、商品をカートに入れる前の段階である「お気に入り」の商品についても、値下げや再入荷などの情報をタイムリーに伝えられるようになった。
「LINEの強みは即時性。すぐにお客様にお知らせしたいものはLINEに、時間のあるときに見ていただければ良いものはメールに、と、お客様の行動と、情報鮮度がどれだけ維持できるかによってツールを使い分けています」(高橋氏)
今後の成果を見ながら発展させていく意向だ。「お客様に心地よいタイミングはいつなのか、これからが試行錯誤」と久保田氏は語る。
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Web営業部と二人三脚で進めるコツ
短期間、少人数できっちりローンチにこぎつけ、さらに効果を出している秘訣はどこにあるのだろうか?
現在、取り組みのコアメンバーは高橋氏、久保田氏を含めた約5名で構成されている。この中にはWeb営業部長の田中順一氏も含まれているという。高橋氏らがCRMに責任を持つ立場であるのに対し、オンラインでの売上に責任を持つ立場の人物だ。
実際にMarketing Cloudの導入を決定したのも高橋氏と田中氏の2名だという。高橋氏はWeb営業部との関係を「二人三脚」と例える。CRM側が「質」、Web営業側が「量」と異なるものを目指す中、心がけたのは「客観的に定量で評価できるものを最初に作ること」だという。
「ここがあいまいなまま進めてしまうと、事業として存続できない」と高橋氏。その一方で、導入を検討する初期段階での判断基準は、投資対効果だけではなかったという。「実は、売上の向上など、数字ありきではないんです。やればお客様にとってのハッピーが増える、だからやろう。と決めて、その後で評価基準を定めたことが良かったのかもしれません」(高橋氏)
なくてはならないブランド・店舗であるために
実店舗でブランドを展開しつつ、[.st]という単一のプラットフォームによって、クロスブランドでのコミュニケーションを行う土台が整った同社。「このサイトやお店に来たら、新しいトキメキ・価値を発見できる、とお客様に実感していただける方法を検討しています」と、高橋氏は次の展望を語る。
この点で、Marketing Cloudへの期待も高い。「自由度が高いツールですから、機械学習機能を利用して、集めたデータから我々でも気付けなかった商品の組み合わせを提案するなどの利活用ができればと考えています」と久保田氏は意欲を示す。
「当社の企業理念は“なくてはならぬ人となれ/なくてはならぬ企業であれ”というもの。お客様にとってなくてはならない存在になるために、なくてはならないブランド・店舗とは何なのかを常に考えていきたいですね」と両氏。アダストリアの挑戦はこれからも続く。
カスタマージャーニー研究プロジェクトチームのコメント
加藤:デジタルマーケティングの成功に不可欠なのは、血の通った「顧客視点のコンセプト」。アダストリアさんの場合、「顧客のトキメキ」を軸にしてカスタマージャーニーが再設計されています。そこからシナリオ、データ、クリエイティブなどを組み合わせたMAのプログラムへ展開されることで、理念に命が吹き込まれ機能する。最初の段階で社内外からの声を徹底的に「顧客のトキメキジャーニー」へ反映できている点が、顧客とよりよい関係を生み出す源泉になっているのだと感じます。
押久保:顧客が「○○したい」と思った瞬間を捉えアプローチする、いわゆるマイクロ・モーメントという概念を耳にするようになりました。「顧客のトキメキ」を軸にしたカスタマージャーニーの再構築は、まさにマイクロ・モーメントとつながる思考と言えるでしょう。「トキメキ」という言葉を用いている点も、衣料品・雑貨を扱う企業ならではの感覚で、興味深かったです。
カスタマージャーニー研究プロジェクトとは?
「カスタマージャーニー」、顧客の一連のブランド体験を旅 に例えた言葉。デジタルやリアルの接点が交差し、顧客の行動が複雑化する中、「真の顧客視点」に立って、マーケティングを実践する重要性が増してきました。
カスタマージャーニーに基づいたマーケティングの必要性は、その認知が進む一方で、「きちんと“顧客視点に基づいたシナリオ”を作成し、運用できている企業はまだまだ少ない」多くのマーケターに意見を聞くと、そのように認識されています。
今回、押久保率いるMarkeZine編集部とセールスフォース・ドットコム マーケティングティングディレクターとして、各企業とジャーニーを研究してきた加藤希尊氏を中心に、共同でカスタマージャーニー研究プロジェクトを立ち上げました。本プロジェクトでは、「顧客視点のマーケティング」における成功例を取り上げ、様々なアプローチ方法をご紹介していきます。その他の成功例はこちら。
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