ECで新たな挑戦を続けるために、知っておきたいテクノロジー
ニトリ社のECサイトが1週間ほど止まってしまった件について、そこから何か学べるような記事を出したいと思っていました。今回のリニューアルでは、店舗とECサイトで詳細な配送日時が提示できるようにするという、オムニチャネルの新たな挑戦は素晴らしいですよね。
一方で、大きく目立ったトラブルについても、業界にとっては学ぶ事例としたいと、メディアを運営する者として考えました。というのも、今後、ECzineの読者の皆さんは、自社ECサイトで最新のテクノロジーを用い、新たな取り組みに挑まれると思うからです。
それが、テクノロジー関連のトラブルで、残念な結果にならないようにするにはどうしたらいいのか。 ECやテクノロジーに関して知見が深い方の意見を参考に、そういった観点を学ぶ機会を提供できればと思います。
今回は、これまでの経歴で、スクラッチで大規模ECサイトを多数構築、現在ではクラウドを活用したPaaSのECサイト構築サービスを中心に手がける、 株式会社コマーブル社代表の橋本圭一さんにお話をうかがいました。
――今回のリニューアルトラブルについて、橋本さんはどう見ていらっしゃいますか?
日本の企業に多いと言われている、テクノロジー軽視の1つの結果かなと思っています。昨今、ECやITを活用したサービスは、どの企業も「対応しておく」時代から「競争力の源泉」となる時代に変わっています。
グローバルな視点で見てみると、Amazonやウォルマートのような小売業では、ITが競争力の源泉であり、経営上の最重要課題となっています。
――「テクノロジー軽視」について、もう少し教えていただけますか。
システムを構築するベンダー任せで、リニューアル時に都度ベンダーやパッケージを乗り換える使い捨て型ではなく、自社のプロダクトを作り育てていくようなアプローチ手法で挑む必要があると考えています。乗り換えではなく、技術やノウハウを蓄積していく形です。
現にAmazonは、元々は自社で利用していたクラウド環境をプロダクトにし、販売して成功を収めていますね。自社のプロダクトとしてサービスを育てていくイメージであれば、その中心に大きな力を持ったCTO、CIOがいて 、中長期のロードマップを描き、経営方針をシステムに落とし込んでいきます。
Amazonやウォルマートでは、
- 優秀なCTOや技術スタッフを確保できない小売業はこれからの競争の中、生き残ることができない
- IT投資に余裕がない企業は遅れを取ることになり、売上や利益率で差をつけられてしまう
という経営方針が浸透しており、テクノロジーへの投資は惜しみません。
――CTOや技術スタッフの影響が、ECでも大きくなっているということでしょうか。
「優秀なCTOや技術スタッフを確保できないと生き残れない」は大げさに感じるかもしれませんが、 クラウドの普及などにより、1人の優秀なエンジニアによって、10人分以上の仕事ができてしまう時代なんですね。ベンダーに丸投げして、実態はその下にいくつもの下請け会社がぶら下がっていて、 「この一部分のプログラムだけ書いてください」と発注するのは、古い時代のやりかたになっています。
こういった多重下請け構造で仕事を進める場合、エンジニアに、「その小売業さんのビジネス上の強みや重要性を考えたうえで、必要なパフォーマンスに耐え、将来的に拡張性のある形で構築してください。でも柔軟さが必要な時は柔軟に」といったことが依頼できるかというと、普通に考えても難しいですよね。
一方で、ベンダーさん視点で見ると、一番最初のサイト構築時に、一部の優秀な人材と原価の安い外注企業でチームを編成し、サイトを作るのが一番お金が稼げるやりかたです。そして構築後には、大半の優秀な人材は、別のプロジェクトに移っていきます。
これは、日本のITが工数ベースで手を動かしている者ほど評価され、手を動かした時間分、お金をもらう風習が続いていることにもよります。サービスという観点で見ると、手を多く動かすよりも、少ないプログラミングでも業務のトータルコストが安くなったり、競争優位性を作ることが評価されるべきなのですが……。手を動かすほど儲かる構築側と、思慮深く最適化すべきサービス側との思惑が、矛盾した形で進んでしまうわけです。
そうではなく、CTOが少数精鋭のチームを率いて、未来のビジョンを共有し、プロダクトとして育てていく形のほうが企業価値を高めていけます。もし、チームを社内でまかなうのが難しいのであれば、急な内製化は難しいでしょうから、作ることが目的ではない、EC業務やテクノロジーに詳しく、長期的な視点を持っているベンダーさんと付き合う、そういう付き合いかたに変えていくことが重要です。
――社内にビジョンを持ち、優秀なCTOがいたら、トラブルも起きにくそうですね。
日本を代表する企業が運営するサイトならば、本来は、きちんと自社でプロジェクトをコントロールしなければならなかったはずです。 すべてを内製化するのは事情が許さず、一部をベンダーに依頼するのは仕方ないと思いますが、一連の課題を見ていると、自社でコントロールしていれば、事前に防げたものもあったようにも感じます。