大企業だけが動くのでは変わらない だから起業の道を選んだ
西田氏の「ベンチャー精神」は、1990年代にまでさかのぼる。1993年に東レ入社後、20代から新事業開発に取り組み、開発したフリース素材をもってユニクロに飛び込み営業。「フリースブーム」に貢献する大型受注獲得のきっかけを生んだ後にも意欲的に活動し、社内ベンチャーを3度立ち上げ、成功に導いている「連続社内起業家」だ。
そんな同氏が「出向起業」の仕組みを使って初めて独立起業し、運営しているのがD2Cブランド「MOONRAKERS」である。同ブランドも、初めは東レの新規事業として立ち上げられたが、生まれたきっかけについて西田氏は次のように語った。
「デフレ経済下で、ファッション業界は特に価格競争が激しくなりました。技術が埋もれ、衰退していく産業を目のあたりにし、ものづくりに携わりながらも『先進技術はもう求められていないのだろうか』と感じる瞬間があったのも事実です。
しかし、私は『素材には世界を変える力がある』と信じています。そこで『本当に良いものを届けるには、自ら立ち上がるしかない』と考えました。それと同時に、ファッション業界全体を取り巻く大量生産・廃棄の問題に対する解決策を提案するために生まれたのがMOONRAKERSです」(西田氏)
西田氏は、素材メーカーに属する立場から、SKUの多いファッション企業が在庫管理に苦しみ、大量の不良在庫を抱える様子を目にしてきた。
たとえ人気ブランドでも、在庫コントロールを誤った途端に経営危機に直面する可能性はゼロではない。倉庫保管料など、膨らむ維持費を削減するために、従来は一定期間を経過した売れ残り品を廃棄する動きもあったが、近年はSDGsの観点から短絡的に「つくって売れ残れば捨てる」というサイクルを回し続けるのも危険だ。ブランド毀損が起きないよう、過剰な在庫をもたずにどうファッションビジネスを維持していくかも、各社頭を悩ませるところだろう。
こうした根本的な構造改革が求められる中、西田氏は「単独で変えようとするのではなく、他社との共創が必要」と考えたという。
「ファッションビジネスは、膨大な数の中小企業が集まって成り立っている産業です。サプライチェーンの一部に目を向け、大手企業だけが集まって何かをするのではなく、産業全体が活性化する方法を考えなくてはなりません」(西田氏)
そこで西田氏が決断したのが、東レで培ってきた知見を生かし、自らがモデルケースとなって製版一体型のサプライチェーンを構築することだ。ここに「先端素材を知ってもらうこと」「業界を変えるための国内にとどまらない共創の取り組み」「顧客の声を羅針盤としたものづくり」の要素も加え、現在のMOONRAKERSが生まれている。