ブログから問い合わせ殺到で、「仕方なく」ネットショップ開始
石川県の『トントンハウス』は、卵・乳アレルギー対応パンを販売するネットショップである。実店舗のパン屋は2006年、ネットショップは2011年に始まった。「もともとネットショップをやるつもりはなかった」というのは、店チョこと、トントンハウスの代表・井藤修さん。パンは刺し身と同じ、焼きたてを提供したいとこだわりがあるからだ。
「卵・乳アレルギー対応パンがクチコミで広がって、石川県以外の地域からも注文をいただくようになったんです。最初は、電話対応、次にホームページにカートボタンを設置したのですが、それだけじゃ追いつかなくなって、知り合いから紹介されたカート『おちゃのこネット』でネットショップを作ることにしました」
おちゃのこネットは、月額540円で利用できるカートサービス。安価だがHTMLメール、クーポン、ランキングなどネットショップに必要な機能はひととおりそろい、スマホサイトも作れる。また、HTML5のデザインテンプレートを使えば、流行りの大きな写真を活かした1カラムデザインにもなる。
井藤さんはカートを決める際、いくつのサービスを使ってみたが、おちゃのこネットの管理画面がいちばん使いやすいと感じたそうだ。
なぜ卵・乳アレルギー対応パンを作ることになったのか。意外にも、井藤さん自身も、お子さんを含めたご家族も、アレルギーはないと言う。
「ご近所の小学生のお母さんから、卵・牛乳を使っていないパンを作ってほしいと頼まれたんです。以前、安さが売りのパン屋さんが入っていたところに居抜きで入ったのですが、値段が倍になったものもあり、全然売れませんでした。だから、『卵・牛乳を使っていないパンを作れば買っていただける!』ということで、藁にもすがる思いで始めたんです」
そこから、井藤さんの試行錯誤が始まった。パンをつくる際に、卵・牛乳を使うのは『常識』。パン屋になる以前に、設計会社の社員という異業種の経歴を持つ井藤さんだからこそ、挑戦できたのかもしれない。
トントンハウスがネットショップを始める以前、遠方から「売ってほしい」と依頼があると、井藤さんは「近くのパン屋さんに依頼してみては?」と勧めたことがあった。前述のとおり、焼き立てパンが提供できないからである。しかし、いくつかのパン屋さんにあたってみても、断られてしまったそうだ。
「卵・牛乳は使って当然という考えかたに加えて、本当にアレルギー対応を保証できるのかという不安もあると思います。『少しでも入っていると、命にかかわる』という方もいらっしゃいますから。当社では、アレルギー対応パンを製造するための工場を作って対応しています」
卵と牛乳が入っていないパンというと、どうしてもおいしくなさそうなイメージを持つかもしれないが、メロンパン、クロワッサン、カレーパンもあれば、依頼されてパン生地で作ったケーキまである。実店舗のトントンハウスではそれらを「アレルギー対応パン」と表記せず、ほかのパンと同じ扱いで販売している。
「『食べてから聞いたんだけど、卵・牛乳使ってないんだって?』というお客さんもいらっしゃいます。アレルギー対応でもそうでなくても、おいしいから買ってもらえる。そういうパンを目指しています」
ブログ・動画コンテンツで信頼とファンを獲得
大々的に広告を打たなくともクチコミで広がっていくのは、それだけ真摯なニーズがあるからだとも言える。アレルギー対応以外にも、天然酵母を使っているのか、砂糖はどうか、小麦を使わずにパンを焼いてくれないか、といった問い合わせまで来る。
井藤さんはそうした問い合わせに対し、1人でコツコツと丁寧に対応している。よくある問い合わせを解決するブログ「tontonのコラム」や動画(YouTube)は、数も質もすごい。
「ブログはもともと、パン屋を始めたときに近所の方々への告知のために始めたんですが、読んでくださっているのは、東京や大阪など石川県外の方のほうが多かったんです。動画は、実店舗のようなシズル感を感じていただくために始めました。スマホやタブレットで撮って、自分で編集してアップする。簡単にできる時代になりました。
焼きたてパンが立てるおいしそうな音を、写真と文章で伝えるほうが大変です。それに、文章で書いておいても読まない方もいらっしゃいますから。数字をとったわけではないですけど、よくある問い合わせの数は減ったと思います」
ブログを書くのも動画に登場するのも、井藤さんばかり。パンを焼いている作業着のまま、飾らず自然体で登場している。対面できないネットショップだが、ブログや動画、ショップ全体から井藤さんの人柄が伝わってくる。
ネットショップでの購入に不安を感じる人は少なくない。ましてトントンハウスで扱う商材は、アレルギー対応パンというデリケートなもの。サイトにたどり着いたものの、「本当に大丈夫なのか」と感じる人は少なくないはず。こうした不安を、井藤さんが作るコンテンツが和らげ、信頼を獲得していることは間違いない。
店長自らの接客を続けながら、『卸売』で売上を伸ばす
前述のとおり、井藤さんはパン屋になる前は設計の仕事をしていたが、ネットに強いわけではない。それでも、『おちゃのこネット』のスマホ対応、テンプレートの更新など、新しい技術はどんどん取り入れていく。
「新しいテンプレート、いいですよ。多少のHTMLは必要になってくるんですが、たとえば3列を1列にしたいと思うとすぐにできる。まだ使っていない人は、使ってみたらいいのにと思います。もちろん『もっとこうなったらいいな』も出てくるので、有志が集まったネットショップ運営実践会のページで、『拝啓おちゃのこネットさま』というコンテンツを作って、アピールしています(笑)」
モールからも出店の誘いはあるが、「(ネットショップ運営は)1人でやっているので」と今のところは考えていないという。
「先輩のネットショップさんから、『いつまでもそのやりかただと、大きくできないぞ』とアドバイスをいただいたこともあります。従業員を守るために、売上を伸ばしていかなければならないというのもあるのですが、僕はこれからも、1人ひとりのお客様に自分で対応していきたい。動画もブログも、僕を押しだしてやっていますから、お客様は僕に対して問い合わせをしてくださると思うんです。それに対して、僕以外の人間が『ちょっとわからないので、店長に聞いてきます』という回答をしたら、やっぱりがっかりさせてしまうじゃないですか」
とはいえ、現状に満足しているわけではない。今の接客を続けながら、ショップを大きくしていく施策はすでに動いている。
「次の展開として、『卸売』に取り組んでいます。お客様の中には『ネットだけじゃなく、近くのお店で買いたい。私がスーパーに掛けあってくるから!』という方もいらっしゃって、実際に東京、神奈川、静岡、愛知、富山、福井、大阪、福岡のスーパーさんなどに卸しています。こちらから営業に行くと、価格の話になってしまうことも多いので、営業はしません。これまで卸売につながったように熱烈なファンのお客様のご協力があって、先方から依頼が来るような形で進めていきたいと考えています」
井藤さんの持つ誠実さと情熱とがにじみ出た、トントンハウス。安さで勝負しないのはもちろん、売上や効率だけを追い求めない、サイトの運営そのものに喜びを感じているショップにとっては、参考になるポイントがいくつもあったはず。そうしたショップのためにも、トントンハウスの今後に注目したい。