EC業界にはびこる慢性的な人材不足。原因は評価方法の誤りか
国内、海外を問わずECの市場は拡大を続けるが、一方で慢性的な人材不足は続いている。多くの企業が、「優秀なエンジニアやデザイナーが足りない」と嘆き、その採用に頭を悩ませているのだ。
2017年3月17日に開催された「ECzine Day 2017 Spring」では、「適正な人材が採用できないのは、適正な評価がなされていないからではないか」と投げかける、株式会社フラクタ 代表取締役 河野貴伸氏、およびオイシックス株式会社 執行役員 奥谷孝司氏の両名が登壇。「ECの枠組みを超えた、デジタルチームの育成と評価のあるべき姿」と題し、ECzine編集長 倭田をモデレーターとして、それぞれの考え方について語った。
口火を切ったのは、今回のセッションを提案した河野氏。EC、およびIT業界が広く直面している人材不足の現状を明かした。
河野(フラクタ):当社はさまざまなEC企業様のお手伝いをしておりますが、とにかくみなさん「人材不足」に喘いでいます。これは実は、ただ採用が難しいという問題に留まりません。裏には、マネジメント層が現場スタッフを正当に評価できてない、満足度を高められていないという現状があります。業態はデジタルでも、動かしているのは人間。評価する側、される側は、実際どのような課題を抱えているのかについてお話しいたします。
スーパーマンを求めすぎ。それぞれの業種への理解が進んでいない
すべての企業が優秀な人材を確保したいと考えている。しかしその多くが、採用がうまくいっていないと感じているのも事実だ。河野氏はこれに対し、採用側が多くを求めすぎているのではないかと指摘する。
河野:みなさん、エンジニアやデザイナーが不足しているとおっしゃるのですが、お話を伺うかぎり、根本的に求めている人物像を間違えているのでは、と感じます。具体的には、求めるレベルが高過ぎるのです。一般的な区分と、マネジメント層が求めている領域は非常に乖離しており、スーパーマンを求めすぎているように思います。
しかし日本人の性なのか、頑張ってしまう人がいる。心当たりがある方もいるでしょうが、1人や2人ですべて回してしまっている現場が結構あります。EC、デジタルの世界はこういったスーパーマンが基準にされてしまうことが多いのですが、それではチーム全体が疲弊するんですよね。
奥谷(オイシックス):おっしゃる通りで、デジタル業界は業種の細分化が日に日に進んでおり、それぞれのプロフェッショナルが分業する時代です。「UXデザイナーって実際何するの?」を正確に理解している人はあまり多くない。採用する側も面接で何を聞けばいいかわからないから、採用後に「思っていた人材と違う」といった事態が起こるのです。
現場に多くを求める前に、マネジメント層が「見る力」をつけるべき
倭田(ECzine編集長):そんなスーパーマンを求めているにも関わらず、評価が適正でない、低いといったお話もありますが、これはどういうことでしょうか?
河野:デジタル特有の複雑さ、正当な評価ができる人材の不足が関係していると思います。たとえばリアル店舗のスタッフなら、売上や接客態度など、評価の指標が目に見えてわかりやすいところがあるでしょう。翻ってデジタルは、毎日パソコンに向かっているが何をしているのかよくわからない。「まぁ頑張っているんだろう」ということになりがちというのは、お話を聞いていてよく思うことです。
倭田:そういった方を適切に評価するために必要なことは何なのでしょうか?
河野:エンジニアリングもデザインもできなくていいのですが、全体を俯瞰で見られて、スタッフの仕事やマインドを理解できる存在は必要ではないかと思います。それこそスーパーマンじゃないかと言われそうですが、ECの世界では絶対必要だと思います。そういった人材の育成、教育、勉強会、あらゆることをやるべきでしょう。
クリエイターをイベントに参加させよう
倭田:オイシックス様は、育成という面で何かやられていることはありますか?
奥谷:勉強のための資料や講演会への出席など、最新の知識や技術を求める人は最大限バックアップしたいと考えています。クリエイターはもっと外に出るべきなんですよ。海外の展示会でもイベントでも、マネジメント層がノコノコ出ていっても仕方ない。デザイナーやエンジニアたちこそ行くべきなんです。彼らの視点でいろんなものを見て、感じて、最新技術に触れた方がいいに決まっています。
倭田:その辺り、マネジメント層と現場のコミュニケーション不足も垣間見える気がしますが、奥谷さんはこれを変えようとなさっていると伺いました。
奥谷:ECは気づいたことをすぐに直せる、試せるのが大きな利点です。しかしマネジメント層が上手にケアしてあげないと、彼らはずっとやり続けてしまう。やればやるほどもちろん気づきもあるし、優秀なスタッフほどいろいろ見つけるから止めない。それでは勉強もできないし、家に帰れないし、きりがないんですよ。やはり上の人間がある程度決めてあげないと。
セクショナリズムは業務の敵。互いをリスペクトし合える環境の構築
倭田:では逆に、おふたりが思う「こんなチームで働きたくない」というのは?
奥谷:好きなことしかしないとか、自分の仕事はここまでだとか言われると困りますよね。それを言っちゃおしまいだと。デジタルの世界は、多くの要素が複雑に絡み合っています。だからこそ、それぞれの職種がお互いにリスペクトし合える環境が重要です。一方でマネジメント側は、売上を凶器にしない。たしかに売上は大事ですが、それを錦の御旗にしてはいけません。ものを作るエンジニアも、売ってくる営業も、宣伝するマーケティングも、誰も欠けてはいけないという視点で見ないと。
河野:当社のアンケートによると、奥谷さんがおっしゃったように「ここから先はあなたの仕事」というのがみなさんもっとも嫌がられます。ただそれ以前に、デジタルに対する優先度が低いとモチベーションが落ちますね。いきなり「店頭が大事」と言ってしまう企業さん、本当に多いんです。お客様からすれば、デジタルもリアルも関係ない。同じサービスを受けたいと思っているだけなのに。
リアルもデジタルも平等に。オムニチャネルの前に組織づくり
倭田:おふたりとも、本日はありがとうございました。最後に、社内でデジタルチームを育てていきたい企業様にひとことお願いします。
奥谷:繰り返しになりますが、やはり評価ですよね。リアルもデジタルも平等に評価して欲しい。現時点でECの売上が低いとか、そういった基準で決めて欲しくない。それでスタッフの不満が溜まって、最終的には離職みたいなことにつながっていく。オンラインとオフラインは別ではなく、同じものなんだと頭を切り替える頃ではないでしょうか。
河野:すごく簡単に言っちゃうと「仲良くしろ」ってことなんです。冗談ではなく本当に大きな問題で、店頭で売るためにデジタルの技術を使えないかとか、ECのチームはもっと店頭で誘導してくれとか、互いが前向きにディスカッションして、要求するべきなんです。オムニチャネル云々の前に、組織づくりという点でもっとできることがあるんじゃないかと思います。いかにしてEC比率を上げるかではなく、いかにすれば組織がうまく回るかを考えていくことが、ECを成功させる上で重要だと思います。