EC年商10億円以上の企業に共通するポイントとは?
本セッションに登壇したのは、W2で執行役員兼マーケティング部本部長を務める鴨下文哉氏だ。W2は、ECサイト構築・運用のためのプラットフォームやツールを提供するテックカンパニーである。創業20年を迎え、開発拠点を台湾やベトナムにも持ち、エンジニアが社員の約7割を占めるなど、技術開発力に強みを持つ。標準機能の多さと内製率100%による開発スピードを強みとし、スタートアップから大手企業まで幅広いECビジネスを支援している。
今回のセッションのテーマは、広告や様々な施策を講じても売上が頭打ちになっている企業に向けた、具体的な成長戦略の提示である。その根拠となるのは、W2のシステムを導入している企業の中で、EC年商が10億円を超える20社の実データを用いた調査結果だ。2024年1月から12月までのデータをもとに、年商10億円以上の企業と、年商1億~5億円未満の企業を比較し、どこに決定的な差があるのかを解き明かしていく。
まず注目すべきは、平均売上の圧倒的な差である。当然ながら年商規模には約10倍の開きがあるが、それを支える指標として「年間PV数」や「年間セッション数」において、10億円以上の企業は1~5億円未満の企業の約12倍から16倍という数値を記録している。これは単にサイトの規模が大きいというだけでなく、集客における母集団の形成力が桁違いであることを示している。

さらに詳細を見ていくと、訪問ユーザーの構成比に興味深い特徴が見られる。年商10億円以上の企業では、訪問ユーザー数の約72%を新規ユーザーが占めているのだ。これについて鴨下氏は、「トップラインを押し上げる主力が、やはり新規顧客の獲得というところに目線を向けていかなければいけない」と指摘する。既存顧客のリピートも重要だが、成長を続ける10億規模の企業は、常に新しい顧客を呼び込み続けていることがデータから明らかになった。
もちろん、母数が大きいためリピート訪問ユーザー数も多い。比較すると、年商10億円以上の企業は1~5億円未満の企業の約15倍ものリピートユーザーを抱えている。しかし、リピート率そのものを見ると、そこまで極端な差がついているわけではない。つまり、リピート率の改善だけに注力するのではなく、まずは圧倒的な母数を獲得するための新規集客が、10億の壁を突破するための前提条件といえるだろう。
また、会員数とメルマガ会員数にも大きな差が現れている。これらは約9倍から11倍の差があり、特に会員全体に占めるメルマガ会員の割合は、年商10億円企業の方が約10%高い。これは、購入に至らなかった層に対しても、会員登録やメルマガ登録といった「第2、第3のコンバージョンポイント」を用意し、見込み顧客を確実に取り込んでいることを示唆している。
購入という最終ゴールに至る手前で、いかにお客様との接点を持ち続けるか。そのための会員化施策が、年商10億円を超える企業の基盤を支えているのである。鴨下氏は、「購入に至らなかった層に対して、会員登録やメルマガ登録を促す、そういったポイントを設けることが重要」と語り、購入の手前にいるお客様の取りこぼしを防ぐ施策の重要性を強調した。
このように、年商10億円を超える企業は、単に良い商品を売っているだけではない。圧倒的な新規トラフィックを集め、そこから会員やメルマガ会員といった資産を着実に積み上げている。次章では、さらに踏み込んで、売上と各指標の相関関係や、具体的な購買行動の違いについて掘り下げていく。
売上相関から読み解く重要KPIと攻略の定石
EC年商10億円以上を目指す上で、どの数値を追うべきなのか。W2の調査では、各指標と売上の相関関係も明らかになっている。その結果、最も強い相関を示したのは「メルマガ会員数(0.89)」であり、次いで「会員数(0.85)」であった。これは、年間購入完了数(0.77)よりも高い数値であり、会員基盤の厚さが売上規模に直結していることを如実に物語っている。

この結果から、会員数の向上はEC売上向上における最重要課題の一つといえる。会員を増やすためには、登録フォームの入力項目を減らす、ソーシャルログインを導入するなど、登録前の利便性を高めることが不可欠だ。
さらに登録後においても、顧客にとってメリットのある情報や体験を提供し続けることが求められる。鴨下氏も「登録者を囲い込む、つまり顧客体験の最適化を促していくことが重要なポイント」と述べている。
次に、購入回数と購入数量に関するデータを見てみよう。一般的にECでは「リピート購入」が重要視されるが、今回の調査では意外な事実が判明した。購入回数が2回以上のユーザーの割合、つまりリピート率は、実は年商1億~5億円未満の企業の方がやや高い傾向にあったのだ。これに対し、年商10億円以上の企業が圧倒的に上回っていたのは「購入数量」である。
年商10億円以上の企業は、1回の注文あたりの購入数量が1~5億円未満の企業の約7~8倍にも達している。さらに平均購入単価も約1.3倍高い。これは、一度の購買機会でいかに多くの商品、あるいは高単価な商品を買ってもらえるかが、売上拡大の鍵であることを示している。鴨下氏はこの結果を受け、「1対5の法則とは反対の結果がデータとして出ている」とした上で、「圧倒的な母数となる新規顧客の獲得に積極的に攻める姿勢が重要」と分析する。
リピート率に関しては、年商10億円以上の企業でも約30%程度を維持している。これは、新規獲得に攻めの姿勢を見せつつも、既存顧客をないがしろにしているわけではないことを意味する。新規顧客を大量に獲得し、そのうちの一定数を確実にリピーターへと育成しつつ、クロスセルやアップセルによって1回あたりのLTV(顧客生涯価値)を最大化する戦略が有効であるといえるだろう。
一方、平均購入率(CVR)については、両者の間に大きな差は見られなかった。平均で購入率は約11%(定期購入含む)、定期購入を除くと約5%という数値でほぼ同等である。これは、年商規模に関わらず、一定の購入率は確保しなければならない「基準値」であることを意味する。購入までのステップを短縮する、決済手段を多様化するなど、基本的なUI/UXの改善は必須条件である。
購入率については、サイトの使いやすさだけでなく、安心感も重要な要素となる。レビュー機能の充実や、詳細な商品情報の提供など、ユーザーが迷わず安心して購入できる環境を整えることで、この基準値をクリアする必要がある。鴨下氏も「購入しやすいようなUI、UXを実現していくことが基準値になる」と述べ、まずは土俵に立つための基盤整備の重要性を説いた。
ここまでの分析をまとめると、年商10億円突破のロードマップが見えてくる。まずはUI/UXを磨き込み、標準的な購入率を確保する。その上で、新規顧客の獲得にリソースを集中投下し、圧倒的な母集団を形成する。そして、訪れたユーザーを会員化・メルマガ会員化して囲い込み、一度の購入あたりの単価・点数を引き上げる施策を打つ。これらがデータから導き出された、確かな成長の定石である。
これから成長するECに欠かせないのは「メディア化」
これからの自社EC(オウンドEC)は、単に商品を並べて売るだけの「展示型」では生き残れない。大手ECモールは圧倒的な物流網と品揃え、さらにはAIエージェントなどの最新技術を駆使する中で、オウンドECが同じ土俵で戦っても価格競争に巻き込まれるだけだ。鴨下氏はこの現状に対し、「オウンドECは今後、メディア化というアプローチを用いて、より最適な体験や知識を提供できる場所として進んでいかなければ、やはり勝ち残ることは難しい」と警鐘を鳴らす。
オウンドECが目指すべきは、商品情報だけでなく、ブランドの世界観や商品の背景にあるストーリー、役立つ知識などを発信する「メディア化」である。ユーザーは単にモノが欲しいだけでなく、その商品を使うことで得られる体験や、自分に合った商品を選ぶための情報を求めている。これらに応えるコンテンツを提供することで、ファンを獲得し、エンゲージメントを高めることができるのだ。
また、集客の観点からもメディア化は有効だ。従来のような広告による単発的な誘導だけでなく、SNSやオウンドメディア、UGC(ユーザー生成コンテンツ)などを有機的に結合させ、多角的にユーザーと接点を持つ必要がある。鴨下氏はこれを「融合化」と表現し、「ECとメディアがそれぞれ力を最大化していく」状態を目指すべきだと語る。

W2では、このECとメディアの融合を実現するために「Co-media(コメディア)」と「AI plugin」というソリューションを提供している。Co-mediaは、ECサイト内に記事や動画、スタッフ投稿などのコンテンツ機能を統合できるプラグインだ。これにより、ユーザーはコンテンツを楽しみながら、シームレスに商品購入へと進むことができる。

具体的な成功事例として、ムラサキスポーツとアルペンの取り組みが紹介された。ムラサキスポーツでは、店舗スタッフによる情報発信やコンテンツを強化し、ユーザーにとって役立つ情報を提供することでファン化を促進している。


アルペンでは、Webマガジン「アルペンマガジン」をECサイトと統合。ランキング情報や特集記事を通じて、ユーザーが知りたい情報をアウトプットし、自然な形で購入へと繋げている。

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また、年商10億円を突破するための具体的な打ち手として、以下の3つが挙げられた。1つ目は、SEOに強い記事コンテンツの量産だ。「おすすめ〇選」や比較記事、使い方ガイドなどを作成し、検索流入(自然検索)からの新規セッションを底上げする。
2つ目は、スタッフ投稿とECの連携だ。スタッフのコーディネート画像や紹介動画は、「人」の温度感を伝え、ユーザーの信頼を獲得するのに非常に効果的である。
3つ目は、比較記事やガイド記事による購入の後押しだ。迷っているユーザーに対し、プロの視点から選び方を提案することで、納得感を持って購入してもらうことができる。
これらの施策を効率的に実行するために欠かせないのがAIの活用だ。W2の「AI plugin」は、既存のECシステムに後付けでAI機能を実装できる拡張ツールである。商品説明文の自動生成、メルマガ文面の作成、FAQの生成など、多岐にわたる業務をAIがサポートする。特に、自社のデータを学習させて精度を高めることができる「インハウスAI」としての側面も持ち、使えば使うほど自社に最適化されたアウトプットが可能になる。
最後に鴨下氏は、EC年商10億円を突破するための重要なポイントを3つにまとめてセッションを締めくくった。第1に、新規セッション、初回購入、会員化の3つを同時に押し上げること。どれか一つではなく、掛け合わせで最大化を狙う。第2に、ECをメディア化し、記事・動画・商品・カートが一体化した購買体験を提供すること。SEO流入と人の温度感をECに直結させ、購入率を高める。第3に、会員登録やメルマガ登録といった第2、第3のコンバージョンポイントを設置し、取りこぼしを防ぐこと。商品購入以外の接点も用意し、見込み顧客をしっかりと囲い込む姿勢が重要だ。
「ECはもう展示だけではなくて、よりメディア化していかないと、お客様から購入されない」という言葉通り、これからのEC担当者には、単なる売り場作りを超えた、情報発信を中心としたメディアとしてのサイト作りが求められている。

