なぜ小売業界のDXは進まないのか
小売業界の進化のスピードが増している。オムニチャネル化やOMO化など、デジタル技術による影響が大きいだろう。世界中では、DX投資の波に乗り遅れた小売業者が淘汰され始めている。
一方、DX投資の効果が思ったより出ていない企業も多い。世界的なインフレによる原価、エネルギーコストの上昇とあわせて、利益率の高いビジネスへの変革があまり生まれていない。
日本では、実店舗における現金での購買が多く、EC化率が低いのが実情だ。そのため、DX投資が一部の顧客の利便性を上げるにとどまっているのではないだろうか。むしろ、顧客体験の複雑化や実店舗スタッフの業務増加をまねいてはいないだろうか。
DXに必要なのは、デジタル技術の導入とビジネスの変革だ。特に、ビジネスをどう変革すれば利益率を高められるのかが大きな課題なのだが、日本における多くのDXプロジェクトは、現在のビジネスを軸にデジタル技術を導入している。私が目にした「失敗するDX」は、次のようなものが多い。
- CDPやMAなどのツール導入が目的となり、導入後に活用できていない
- マス広告からデジタル広告に予算をシフトして広告効果を可視化したが、売上増加につながっていない
- 新規事業としてD2Cを始めたが、スケールせず利益化できていない
- アプリやLINEアカウントなどを作成したが、会員が増えない(定着しない)まま、担当者の業務が増え続けている
これらの事象が起きる要因は、ビジネスの軸にある。「顧客体験のデザイン」と「顧客接点の設計」を軸とした上で、「データを活用したPDCA」を回すビジネスモデルに変革できていないのだ。
本領が発揮できていないオムニチャネル・OMO
先に挙げた1と2では、顧客体験がうまくデザインされていないケースが多い。1のように「CDPにより顧客を理解し、MAにより顧客にあった情報を届ける」のは有効な手法だ。しかし、そもそも伝えるべき情報やKPIの設定が誤っているケースも少なくない。
結果的に、メール開封率やCVRといった効果のみを重視し、クーポンの配布など利益率を下げる施策が増える。最も利益率が高いはずの優良顧客へ過剰なサービスを提供し、利益率を下げていないだろうか。
これは、2の「マス広告からデジタル広告への予算シフト」にも大きく影響している。
デジタル広告のメリットは、効果を可視化できることだ。ただし、それはあくまでもクリック数やCV数といった一部の効果であり、すべてを可視化できる訳ではない。ターゲットやセグメント、クリエイティブの改善などには注力すべきだが、それだけですべての施策を行うのは危険だろう。
では、顧客体験をデザインするとはどういうことなのか。その答えを知るには、デジタル技術により購買行動がどう変化したかを整理する必要がある。
最も変化したのは、顧客の「検索行動」だ。購入前に調べる、レビューをみるといった行動が、日常的に行われるようになった。これにより、ショールーミング(リアルでみてオンラインで買う)やウェブルーミング(オンラインでみてリアルで買う)といった購買行動が増えた。
顧客からすると、「より安い場所で買う」や「店員に相談して買う」などの選択肢が増え、買い物を失敗する確率が下がったといえる。しかし、ビジネス目線では、「百貨店でみてAmazonで買う」や「公式SNSでみて直販店ではなく卸売店で買う」など、情報や体験のフリーライド(ただ乗り)が横行してしまった。
この「情報接点」と「購買接点」のズレによるフリーライドの損失をなくすために、オムニチャネル戦略やOMO戦略が行われている。ところが現状は、自社ECサイトへの誘導強化や店舗受取による配送料の抑制などにとどまるケースが散見される。