ECは「検索」から「AIの代行」へ
TIS株式会社の渡辺啓之氏は、セッションの冒頭で現在のフェーズを「The Next Now(次の今)」と定義した。これは数年先の未来予測ではなく、現在進行形で起きている現実を指す。
世界最大級の小売業界向けイベント「NRF 2026」のキーノートで語られた「AIはPC、モバイルに続く第3のプラットフォーム転換である」という言葉を引き合いに出し、ECの前提条件が根底から覆りつつあることを強調した。
これまでのECは「Webブラウザで情報にアクセスするPC時代」と「スマホで常時接続するモバイル時代」を経てきた。しかしAI時代では、「エージェントがユーザーの意図を理解し、行動を代行する」体験へと移行する。渡辺氏は、「戦いのルールは、画面の中(UI)から対話の中へと移行する」と断言する。
具体的には、集客・購買・ロイヤルティの3要素において劇的な変化が生じる。まず集客面では、「ECサイトに探しに行ってモノを買う」という概念が崩れる。これまでは検索エンジンでの上位表示が重要だったが、今後はChatGPTなどのAIチャット体験の中で、AIが最適な商品を「見つけてくれる(レコメンド)」体験が主流になる。渡辺氏はこれを「AIチャット体験そのままで商品購入を完結できる時代」と表現した。
この変化は、すでに実数値として現れている。Shopifyのデータによれば、昨年と比較してAI検索経由のストアアクセス数は9倍以上、注文数は14倍以上に急増している。また、従来のチャネルと比較して平均注文額が30%増加している点も見逃せない。
「日本の消費者の51%以上がショッピングにAIを活用すると回答している」という現状からも、事業者がAIへの適合を急ぐべきなのは明白である。
購買フェーズでは、さらなるパラダイムシフトが待ち受ける。これまでは人間が「購入ボタン」を押すことが必須だったが、今後は「寝ている間にAIが最適な商品を判断し、購入まで完了させる」オートメーション化が進む。渡辺氏は、「エージェントが人の代わりに動くようになれば、人間が物を買うという概念すら変わってしまうかもしれない」とそのインパクトの大きさを説いた。

「エージェント購入」の衝撃。Shopifyが描くAI時代の基盤
AI時代の地殻変動に対し、プラットフォーム側はどう進化しているのか。Shopify Japanカントリーマネージャーの馬場道生氏は、同社の最新アップデートと「エージェント型コマース」への対応について解説した。
Shopifyは年間2,000億円を超える研究開発費を投じ、半年に一度のペースで大規模な機能拡張を行っている。特に注目すべきは、2026年1月に発表された「Universal Commerce Protocol(UCP)」だ。これはAIエージェントが加盟店と接続し、シームレスに取引を行うためのオープン標準プロトコルである。これにより、ChatGPTやGemini、Copilotといった主要生成AIアプリ内での直接販売が可能になる。馬場氏は、「あらゆるAIから横断的に検索され、理解され、さらに購買まで完結できる状態を実現していく」とその意義を語る。
さらに、運用者の生産性を劇的に向上させるAI機能として、コマース特化型AI「Sidekick」が紹介された。Sidekickは単なる受動的なアシスタントではない。新機能「Sidekickパルス」では、市場動向とストアのデータをリアルタイムで監視し、優先すべきタスクや改善点をAI側から自発的に提案する。自然言語でのワークフロー作成や、カスタムアプリの構築までサポート範囲は広がっている。
また、ショッパーAIエージェント「SimGym」にも注目したい。これは過去の購買データや顧客情報に基づき、「仮想的なAI顧客」を自動生成する。AI顧客が自社のストア内を回遊し、どこで離脱するか、どこで摩擦が生じるかをシミュレーションすることで、潜在的な顧客体験の課題を浮き彫りにする。
「AIが人の代わりにテストを行うことで、PDCAを圧倒的なスピードで回すことが可能になる」と馬場氏は自信を見せる。
こうした進化の背景には、Shopifyが持つ膨大なコマースデータの学習がある。世界中のマーチャントから生まれるデータをフィードバックし、プラットフォーム全体を「AIファースト」に再設計しているのだ。馬場氏は、「レガシーなシステム(生成AI登場以前のシステム)では、この変化に対応することは本質的に困難である」と警鐘を鳴らし、クラウドネイティブかつAIネイティブな基盤への移行が、今後の事業継続性を左右すると強調した。
脱レガシーと「意味の重層化」。事業者が今取り組むべき6つの戦略
セッションの締めくくりとして、渡辺氏と馬場氏は、エージェント型コマース時代を勝ち抜くために事業者が今すぐ取り組むべき「6つの戦略」を提示した。
1.AIが理解できる形でのデータ保有
1つ目であり最も重要なのは、構造化データを正確かつ最新に保つことだ。AIエージェントはリアルタイムで在庫や価格、バリアント情報を参照する。馬場氏は、「情報をAIが読解可能な形式で更新・同期することが前提。その基盤となるのが『Shopify Catalog』である」と説明した。
自社ECだけでなく、全販売チャネルで一貫したデータを徹底することが不可欠となる。
2.「信頼」と「顧客エンゲージメント」の深化
AI時代になっても商売の本質は変わらない。馬場氏は「AIからも『信頼できる事業者』と評価される必要がある」と指摘する。専門的なコンテンツ、詳細なFAQ、コミュニティ形成などを通じ、単発の取引ではなく長期的な関係値を最大化することが、AIによる推薦(露出)の優位性に繋がる。実店舗での接客経験などをデータ化し、オンラインに反映させることも有効だ。
3.「文脈(コンテキスト)」の徹底強化
AIはキーワードだけでなく、文脈を重視する。渡辺氏は、「単なる商品スペックの羅列ではなく、誰に、どんな用途で、どんな効果があるのかという『価値のストーリー』を構造的に表現することが差別化になる」と説く。
季節性やブランドの世界観といった“意味のレイヤー”を豊かに言語化することが求められる。
4.多チャネル・多データソースへの対応
AIは動画、SNS、レビューなどあらゆる場所から情報を収集する。チャネルを広げ、一貫したブランドストーリーを多角的に発信することで、AIが商品を見つけやすくなり、理解の精度が向上する。
5.SEO基盤とパフォーマンスの再強化
AIも最終的にはウェブクローラーを通じて情報を収集するため、従来の技術的SEOは依然として「基礎体力」として重要である。
6.運用の再設計(Human × AI)
既存業務にAIを「足す」のではなく、AIがあることを前提にプロセスを組み直す必要がある。たとえば、「商品紹介文はAIが生成し、人間が最終判断して承認する」といったワークフローの構築だ。
渡辺氏は最後に、「エージェント型コマースはあくまで手段。重要なのは、顧客を中心に据えてどう向き合うかという目的を見失わないことだ」と総括した。AIという強力な武器を携えつつ、ブランドが持つ固有の価値をいかにデータ化し、AIに「理解させ、信頼させるか」。その準備を今始めることが、新たなEC時代の勝者への近道となる。
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本記事で紹介したセッションのすべてを動画でご視聴いただけます。エージェンティックコマースの最新動向と、事業者が取るべき戦略を解説しています。
セッション全編はこちらから
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