市場・システム・組織を総合的にアップデート DXの本質的な目的を考える
では、DXを成功させるにはどうしたら良いのだろうか。経済産業省「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」によると、DXは「顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義づけられている。つまり、消費者だけでなく事業者にも有益な仕組みにすることが競争力につながると言える。
顧客や社会のニーズが変化する背景には、「モノからコトへ」という言葉に象徴される消費マインドの変化がある。既存システムの問題としては、「老朽化対策と新たなデータ活用基盤の構築」を行うことが不可欠だ。アナログ運用やシステムのフローの複雑化などから、コスト構造や問題の把握が困難な状況に陥る組織の課題に対しては、問題を共有できる環境構築、プロセスの可視化が求められる。つまり、DXを成立させるには、「市場」「システム」「組織」のどの要素も欠かせないということだ。
「DXを、単なる販売手段と考えるとつまずいてしまいます。消費者のマインドに合わせて自らをアップデートし続けること、常に最良の顧客体験を提供できる仕組みを作ることがDXの本来の目的であるととらえる必要があります」(長谷川氏)
次に長谷川氏は、DXでどのような顧客体験を提供すべきか、実店舗を2店舗保有し、D2CでEC販売も行うシューズメーカーをモデルケースとして解説を行った。同メーカーは、次のような施策を主に実施している。
- 実店舗で購入時にLINEの友だち登録を促し、登録した顧客には来店のきっかけ作りとして新商品の案内を送付
- ECサイトと実店舗の会員情報を連携し、サイズ確認を購入履歴から行えるようにする(=OMO施策)
- ECサイトの行動履歴を蓄積し、実店舗と共有。店舗スタッフからの能動的なレコメンドを実施(CRM、1to1)
- 顧客の意向に合わせて店舗間で情報を連携し、どの店舗でも試着を行えるようにしたり、来店予約・対応の引き継ぎを行う(店舗スタッフの稼働と混雑のコントロール)
- 顧客が試着を希望する商品の在庫を確保する(在庫・発注コントロール)
同メーカーはオムニチャネルにも対応し、来店時に顧客が購入を希望した他商品の店頭在庫がない場合も、実店舗で決済、EC在庫から発送することで販売機会の損失を防いでいる。また、実際に顧客が店舗Bで試着予約商品を購入した場合は、販売を行った店舗Bのみならず、接客を行った店舗Aやそこで働くスタッフにもインセンティブが発生する設計を行い、適切な評価体制を構築。顧客に対してはスムーズな顧客体験を提供することで、「良い買い物ができた」というプラスの気持ちを創出し、後日のEC来店や店舗・スタッフのファン化を促進している。
こうしたなめらかな顧客体験提供のポイントは、オンとオフの境界を設けず、すべてを調和させる点にあると言える。
「顧客に気持ち良く買ってもらう仕組みだけでなく、店舗スタッフに的確なインセンティブを与えモチベーションを高める仕組みや新たに増える業務をなめらかに行える仕組みも作り上げる必要があります。それを支援するのがDXです。本当にここまでやらなくてはいけないのかと感じる方もいるかもしれませんが、とくに2025年以降はここまで取り組んでいる事業者と戦うことになります。自社の成長目標と市場の予測を見ながら、迅速に対応していくことが必要です」(長谷川氏)