顧客と繋がる時代のマーケティング戦略
ランチェスター主催イベント「Lanchester Meetup~アプリでつくる顧客体験~」の基調セッションには、株式会社顧客時間の奥谷孝司氏、岩井琢磨氏がふたりで登壇。「顧客と繋がる時代のマーケティング戦略」と題し、講演を行った。
企業のチャネルシフト戦略について、具体的な事例を紹介しつつ、ベストセラーとなった共著『世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略』(日経BP社)掲載のマトリックス図などで概念化。セッションは、ふたりの絶妙な掛け合いによって展開していった。
「チャネルシフト」という言葉は、店舗オペレーションの世界で用いられるものだと思われがちだが、ふたりが著書のタイトルに込めた意味はそうではないと言う。そして、ふたりが提示する意味で「チャネルシフト」をとらえている代表企業として、Amazonをあげた。
オンラインでビジネスを行う企業として始まったAmazonが、実店舗「Amazon Go」を出店。「無人コンビニ」とも呼ばれ、人手不足解消の解決策にもなると言われることもあるが、ふたりは、Amazon Goの目的は店員の削減ではないと解釈している。確かに、ユーザー自ら決済までを行うことで店員が介入せずとも買い物ができるが、店員はそれによって空いた時間を接客にあてるなどして、顧客とのエンゲージメントを深めることが目的ではないかと言う。実際にAmazon Goを訪れてみれば、店員は複数おり、無人店舗ではない。
次に、リアル書店「Amazon Books」。本がすべて面置きになっていること、プライム会員であればディスカウントされた価格が提示されるなど、Amazonでの買い物体験をオフラインでも提供するほか、顧客のオフラインでの購買行動データを取得していると見ている。そして、ホールフーズ・マーケットの買収については、単にAmazonがリアルな場を取得しただけではなく、「チャネルの移行(シフト)を越えた『融合』を実現した」と表現。さらに、Amazon Dash ButtonやAmazon Echoを紹介し、オンラインの企業がオフラインに進出する場合、必ずしも店舗という形にはならないことを付け加えた。
「Amazonはオフラインにもチャネルを設けて、マーケティング全体を変えていこうとしています。チャネルというPlaceを変えることで、顧客とつながり、商品(Product)やプロモーション(Promotion)、価格(Price)を変える。つまり、チャネルシフトはマーケティング変革なのです」
Amazon以外の事例として、まずはZOZOTOWNの「ZOZOSUIT」を紹介。「オンラインの課題であったサイズ問題を、顧客の自宅というオフラインに送り込むことによって、解決しようとした取り組み」と解説。次にアメリカのメンズアパレルブランド「BONOBOS」。オンラインで予約し、実店舗でサンプルを試着する。その場で購入できるが、商品は後日自宅に届く仕組みが特徴だ。「実店舗の役割が変わっている。オンラインで顧客とつながっていなければ、このやりかたは成立しません」
以上の例から見えてくるのは、チャネルシフトには3つの特徴があることだ。まず、オンライン発の企業がオフラインに進出してきていること。つぎに彼らは、オフライン単体でマネタイズを考えるのではなく、顧客とつながるためにオフラインを活用していること。そして、マーケティング活動全体を変革しようとしていることである。
「顧客とつながるために行動データを見ようとすると、従来のオフラインのビジネスではPOS等で『購買データ』を見るしかなかった。しかしをチャネルシフトを行うことで、『選択』『使用』といった購買以外のデータを見ることができるようになります。オフライン発の企業が、ECやアプリを使ってオムニチャネル化を進めるのはそのためです。さらに、オンラインでデータを取得するだけでは不十分で、縦割り組織によって分断されたそれらのデータをつなぎ、『顧客時間』の視点で見る必要があります」
顧客時間の考えかたを取り入れている事例として、オーダースーツブランド「DIFFERENCE」を紹介。実店舗でプロのテイラーが採寸するというリッチな体験を提供、2回目以降の購入はそのデータを活用し、アプリで購入できるというもの。
「スーツを1回作ってもらうことは難しくありませんが、2回目以降はハードルが高い。DIFFERENCEは2回目以降のLTVを見据えた、『顧客時間単価』でビジネスを見ていると言えるでしょう」
アメリカのアイウェアブランド「Warby Parker」も顧客時間の思想を感じられると言う。
「今の時代、メガネを作る企業はたくさんある。その中で埋もれないためには、顧客体験をリッチにしていく必要があります。Warby Parkerは実店舗を出店する前に、自宅での試着や車での移動販売などで一歩でも顧客に近づこうとしてきました。それらの経験やノウハウが蓄積されているのだと思います」
これからの時代、企業がいかに顧客を理解できているかが勝負を決めると言う。その視点でもう一度、Amazon Booksを見てみよう。まずAmazonは、オンラインのAmazonによって「選択」「購買」のデータを持っている。それに加え、電子書籍(Kindle)によって「どこまで読んだか」という、商品がいかに「使用」されたかのデータを取得している。
「『使用』のデータによって、よりリッチな顧客時間を提供できます。すでにAmazonはPrime Videoの視聴データをオリジナルの動画コンテンツ制作に活用できますが、このようにオリジナル商品を作り、その提案まで行えるようになるわけです」
では実際に、マーケティングはどのような変革を遂げるのか。従来、商品(Product)ありきでその後、価格(Price)や販促(Promotion)を考える「フロー型」で行われてきた。顧客時間の視点で考えることにより、顧客とつながる「Place」を中心とした「ストック型」のマーケティングに変わると言う。Placeで顧客エンゲージメントを高めることによって、Promotion、Product、Priceを最適化し、さらに顧客エンゲージメントを高めるループを回すことができるのだ。
「フロー型におけるPlaceは単に『販路』の意味しか持ち合わせていませんでした。しかしストック型におけるPlaceは、『顧客との接点』という概念にまで広がっていきます。Amazon Dash ButtonやAmazon Echoはその例と言えるでしょう」
Placeでつながり、顧客エンゲージメントを高めている企業の例として、スマートレジカートやデジタルサイネージを活用し、店舗のメディア化に取り組むトライアルをあげた。
「ストアというプラットフォームも、アプリ化していくことを示しています。RaaS(Retail as a Service)と表現してもいいかもしれません。トライアルさんの場合は、メディア化した店舗をプラットフォームとして、メーカー企業との新たなつながりを作っていこうとしているわけです」
次に、登山家に愛用される、圏外でも現在地が確認できるアプリ「YAMAP(ヤマップ)」。
「彼らは自分たちのことを、アプリ開発会社ではなく、コミュニティビジネスを営む企業だと考えている。実際、ユーザーによるオフ会が実現するなど熱狂的なユーザーを抱え、登山家に多い中高年のアプリ利用をフォローするためにコールセンターに力を入れています。コミュニティ運営によって得た知見で、オリジナル商品の開発を行っています。会員数だけで言えば、既存のメーカーやメディアにかなわないかもしれませんが、ユーザーとのエンゲージメントは強い。登山家にはどんな人がいて、どんなものが求められ、評価されるかがわかっていれば、メーカーとして成功する可能性は高い。これからは、Placeでお客様と強いつながりを持っていることが、経営資源になると言えます」
このような例からも、企業規模を問わず、「D2C(Direct To Customer)」の考えかたを重視してほしいとふたりは言う。サブスクリプションも注目されるキーワードだが、Direct To Customerが実現できれば、必然的にサブスクリプションは実現する。なぜなら、顧客との関係性が強まるからだ。
そしてこれまで紹介してきた、ストック型マーケティングを行っているのが、成功しているD2Cブランドの特徴だと言う。「どんな企業も、なにかしら優れた場、Placeを持っている。そこをきちんと顧客に見てもらいましょう」と述べ、講演をしめくくった。