CX向上に向けた投資は増加傾向に 環境構築に必須な顧客理解とは
「ウィズコロナ」とも言われる新たな時代において、消費者の行動は大きく様変わりしている。こうした変化への対応が間に合っておらず、課題を抱える企業も少なくはないだろう。
企業も自らの課題を自覚しているのか、顧客体験に対する感度は高くなっていると言う。ナイス(NICE)の調査によると、2020年から2021年の顧客体験向上に向けた投資計画は、「Webサイト」「コンタクトセンターテクノロジー」「チャネル(チャット、テキストメッセージなど)」「シームレスなコミュニケーションの向上」の主要4領域で伸長している。
「顧客の期待とのミスマッチを埋めるには、それぞれの改善だけでなく、あらゆる顧客チャネルをシームレスに連携することが重要です」 (ナイスジャパン 安藤氏)
「これら4領域も含め、さまざまな領域へ複合的に投資を行い、組み合わせることでひとつの大きな目標を達成しようという機運があります」(アビームコンサルティング 竹谷氏)
「2020年前半はデジタル対応でコロナ禍をしのごうとしていましたが、それは十分ではありませんでした。現在はデジタルを含めた運用への関心が高まっており、単体ではなく複合的な取り組みが目立ちます」(NTTマーケティング アクトProCX 米林氏)
実際、顧客は日々の生活シーンで多様な情報やサービスを活用しており、それらを通じて日常的にさまざまな体験を享受している。こうした充実した体験を目指す際に企業が網羅すべき範囲は広く、必ずしも1社で提供・実現できるものではない。パートナーも含めた「環境」として作り上げることが重要であり、その設計には一定の顧客理解が必須となる。そこで鍵を握るのが、「顧客を知るためのデータ」だ。Webサイトなどで計測できる顧客の行動に加え、コンタクトセンターなどに集約された膨大な数の「声」などが、それに該当する。
「コンタクトセンターはクレーム対応センターと思われがちですが、実際には『顧客の声=VoC(Voice of Customer)』がデータとして集まる場です。集まった情報や分析結果を関係部署にフィードバックすることで、快適な接客や心地良い体験をマルチチャネルで提供できるようになります。いわば、価値創出の循環サイクルを回す中心的な存在と言えるでしょう。
マーケティング主導で取り組みを進めると新規獲得施策がフォーカスされがちですが、既存顧客の体験価値向上によってロイヤルカスタマーを増やすほうが効率的に収益を改善することが可能です。これは、近年のCXにおける大きな変化と言えます」(NTTマーケティング アクトProCX 米林氏)
DXは目的化すると失敗する データ統合・活用を成功に導くふたつの考えかた
コンタクトセンターが中心となり、顧客視点の経営を行う上で欠かせないのが、「CX戦略中枢(CoE:Center of EngagementもしくはCenter of Excellence)」の構築だ。そのために考えるべきは、顧客のカスタマーエンゲージメントにおけるタッチポイントである。
ここで重要となるのは、企業が顧客のニーズに応えて多種多様な顧客接点を用意しながらも、その場で「何が起きているのか」をとらえることだ。状況を把握するために多く用いられるものとして、「カスタマージャーニーマップ」が紹介された。
たとえば、次の図の右側に位置する「顧客サービス(コール・メンテナンス)」に到達するまでに、顧客は自社・他社を問わず多種多様な「マーケティング」の機会に触れている。また、商品・サービスをすでに購入した顧客については、ECや店舗などのチャネルで「営業・販売」のステップを踏んでいる。
「CRMの領域では各社がシステムを導入し、すべてのチャネルで得たデータを統合することで『ひとりの顧客に何が起きているか』を可視化していました。それをさらにBIツールを使って分析し、その結果とAI活用を組み合わせて得た示唆をフィードバックしようと試みてきましたが、これは本当に難しいことです。各社がなんとか仕組みを作り上げて顧客情報や行動履歴、通話録音データなどのVoCを蓄積していますが、そこから価値あるフィードバックを抽出できているかは、いまだに疑わしい状況です。実際に当社への相談も、こうした仕組み作りやPDCAサイクルの回しかた、粒の揃った情報の収集・統合を課題としたものが多くなっています」(アビームコンサルティング 竹谷氏)
ここで米林氏が、データ統合・活用で失敗しないためのふたつの考えかたを紹介した。
- データ統合の目的を明確にする
- カスタマーサクセスのKPIが進化していることを踏まえる
「DXが目的化し、何のためにデータを統合するのか明確にしないまま作業に着手して失敗する。こうした事例を私は至るところで目にしました。マーケティングから営業につなぐオンボーディング、営業から顧客へのカスタマーサクセスというように、部門の垣根を越えて顧客のエンゲージメント創出を目指すことが大切です。さらには『情報を受け渡す』、『訪問する』といった表面的なKPIから、『売上につながる』、『ロイヤルティが上がる』など、本質的なKPIにフォーカスすることも必要と言えます」(NTTマーケティング アクトProCX 米林氏)
米林氏の話を受け、竹谷氏は「DXが目的化することによる弊害を実感している」と語った上で、こう続けた。
「当社では、長期的な指標であるLTV向上を最終ゴールとして提示し、実現に向けて必要な施策やデータを考えるアプローチを提案しています。しかし、そこに到達することすら難しい企業が多いのも現実です。『そもそも必要なデータが収集できていない』という基本的な問題はもちろん、そもそも『顧客満足度と収益性の相関関係を整理できていない』『最終目標とKPIの設計ができていない』といったステータスにある企業も少なくありません」(アビームコンサルティング 竹谷氏)
「なぜ」を可視化するVoC 利活用はミクロ・マクロ双方の視点から
顧客目線のKPI設計や仕組み作りは、どのようにして実現できるものなのか。竹谷氏から、その起点となる目的や理由を考える上で欠かせない「顧客インサイトの指標化」を可視化した図が紹介された。
かつて、「いつ、どこで、どの商品を購入したか」という顧客行動を可視化・分析する上で行われてきたのが、基幹システムの購買・行動データによる定量分析だ。そういった分析の中心が顧客視点に寄り、かつ「1to1」や「パーソナライズ」という言葉が広がるにつれ、CRMにおいても「誰が」を示す顧客データが分析の主軸となり始めた。VoCでは、ひとりの顧客をさらに深く掘り下げ、その人が「どうして購入したのか」、「その商品を選んだ決め手」といった「なぜ」の可視化・分析を実現する。
「購入に至った背景や理由を可視化することで、新たな売上や契約に結びつけるだけでなく、解約の阻止やサービスのアップグレードに向けた施策検討にもつながります。これらを実現するには、従来型のコンタクトセンターで得たVoCのみならず、顧客から得たテキストなども含めた分析が必要です」(アビームコンサルティング 竹谷氏)
「これまで、顧客の『なぜ』はアンケートによる測定・分析が主流となっており、期待や要望といった声はなかなか拾い上げることが難しい状況でした。加えて、そういった意見を持つに至った理由や背景はさらに把握しづらく、顧客理解を深めることは困難であったと言えます」(NTTマーケティング アクトProCX 米林氏)
しかし、コンタクトセンターは以前から一連のカスタマージャーニーの中で「つまずきやすいポイントはどこにあるのか」、「回避・改善する方法はないのか」といったことを考えながら、コンタクトリーズン(顧客が問い合わせに至った理由)をとらえてきた。米林氏は、テクノロジーの進化と音声データの扱いの変化に触れながら、このように続ける。
「従来は非構造データとして分類され、人の力で分析していた音声データも、テクノロジーの進化により構造データとして扱われるようになりました。しかも、今はナイス(NICE)の技術を用いれば音声のテキスト化のみならず、感情を読み取ることも可能です。取得できる情報が増えたのであれば、分析しない手はないでしょう」(NTTマーケティング アクトProCX 米林氏)
ただし、日本ではまだまだコンタクトセンターのサービス品質よりも「つながったかどうか」といったアクセスの問題が重視される傾向にある。常につながる状況を作り上げるのは大前提として、つながった上で満足する体験を提供できたのか。目の前の顧客に満足してもらえる対応をするだけでなく、ほかの顧客から同様の問い合わせが発生しないよう、サービスを改善する術はないか。こうした検証と改善の積み重ねが、非常に重要だと言える。
部署をまたいだ情報連携によりつまずきやすいポイントが解消できれば、社内のみならず、グループ企業やパートナー企業をも含む「ワンチーム」として顧客に向き合う空気も醸成されるだろう。なお、データの統合と分析を進める上でグループ企業やパートナー企業を含む自社外の組織と個人情報を共有する場合は、データの取り扱いに注意が必要だ。システム構築時のみならず、業務プロセスにおいても改革や調整は欠かせない。
3つのユースケースから探るVoC活用の可能性 既存チャネルの周知も鍵に
続いて竹谷氏は、VoCの分析プラットフォームの雛形として「カンバセーションプラットフォーム」を紹介した。NTTマーケティングアクトProCXが提供するDX基盤「ONE CONTACT Quality Management」や、ナイス(NICE)が提供する応対分析ソリューション「Nexidia」が同プラットフォームの構成要素になる。対話内容など顧客とのやり取りすべてを同プラットフォームに格納し、CRMや基幹システムなどの既存情報と連携して分析を実施。経営や各部門の施策に活かすという仕組みだ。
「オペレーション1つひとつにおけるルールをしっかりと決め、体系的に品質維持や向上を図る上で、あらかじめ日本でプリセットされた教師データが活用できるのは大きな魅力です。こうした仕組みをいきなり導入すると、導入そのものが目的になってしまう懸念があるため、当社では必ずコンサルティングのプロセスを経るようにしています。まずは現時点で収集できるデータにしっかりと向き合い、『何のためにやるのか』を突き詰めることが重要です」(NTTマーケティング アクトProCX 米林氏)
初期段階でしっかりと目的を突き詰めることにより、生産性向上やコンプライアンスの担保、オペレーターのコーチングなどにもデータの利活用が可能となる。経営マネジメントにデータを活用する場合は、最終的に1人ひとりのパフォーマンス向上に目を向けることが望ましいが、その場合は「KPIの立てかたがおおいに変わる」と語る竹谷氏。
「たとえば、これまで応答率などの『パフォーマンスKPI』を指標の中心としていた組織が、LTVの最大化など『クオリティKPI』に重きを置くと方針転換をしても、組織全体に考えを浸透させるのはなかなか難しいでしょう。
また、現場は日々さまざまな業務を抱え、大変な状況です。そのため、『どのように進めていくか』といった道筋が計画的に決められているかどうかも、施策の進捗を大きく左右します。余裕を持って考えることが大切です」(アビームコンサルティング 竹谷氏)
ここで米林氏から、カンバセーションプラットフォームを用いたユースケースが3つ紹介された。
1. コスメブランドにおける広告効果分析
同ブランドでは、高価格帯の新製品の広告を全国メディアに掲載。掲載後に寄せられた広告や流通、商品、価格などについてのさまざまなVoCを分析し、次回広告配信時の訴求や販売チャネルとの連携、商品開発に反映した。
「顧客インサイトの把握を推奨しても、業務改善などの『出口』がなければ継続は困難です。コンタクトセンターが答えを持っているケースも多いため、各部門はぜひコンタクトセンターを有効活用していただければと思います。コンタクトセンターが中心となってできることはたくさんあります」(NTTマーケティング アクトProCX 米林氏)
2. 大手インフラ企業による品質管理のデジタル化
このユースケースでは、コーチングや品質管理にパワーを割くために通話録音の仕組みを用いてコールを自動評価。並行してチェックシートの自動化も進めた結果、モニタリングスコアが平均約30%上昇したと言う。なお、解決率は約25%、顧客満足度は約18%向上している。
3. ビジネスチャットツールのオンボーディング
NTTグループ内のある企業では、ビジネスチャットツールを用いた設定支援サポートを実施。WebサイトやPDFだけでなく、チャットでしっかりと悩みに寄り添う仕組みを構築したところ、導入前と比べてアクティブユーザー数が約200%となった。
竹谷氏はユースケースを踏まえ、「デジタルを用いて、『消費者や顧客にどのように成長してもらうか』といった視点から戦略を考えるのも良いのではないか」と提案した上で、このように続けた。
「一度自社の商品・サービスを体験した顧客に向けて、アップセル・クロスセルのコミュニケーションを図るケースが非常に多く存在しますが、単にチャネルを改善するだけでなく、今あるチャネルの使いかたを顧客に熟知してもらうことも大切です。オンボーディングにはこうした視点も必要と言えるでしょう」(アビームコンサルティング 竹谷氏)
安藤氏は、カンバセーションプラットフォームの中心となるNexidiaと、スマートセルフサービスを構築する高度なAIモデル「Enlighten XO」を紹介。同AIモデルを活用すれば、経営に貢献する判断をAIによって自動的に可視化することも可能となる。最後に安藤氏はこう語り、セッションを締めくくった。
「ナイス(NICE)はパートナー企業の皆様と協業しながら、今後もVoCを経営や事業に活かす最先端のソリューション提供とご支援を行っていきます」 (ナイスジャパン 安藤氏)