今回のテーマは、「Make Ambassador~愛されるブランドのつくりかた~」だが、果たして、小売業は愛されることができるのだろうか、という疑問が浮かんだ。SNS活動やアンバサダーなどの取り組みがメーカーやブランドを中心に進んでいるのは、それが自社に適した手法だからである。一方で、新たな販促手法に敏感なはずのEC事業者でそれほど進まないのは、コンバージョンに直結しないから先送りにするという理由もあるだろうが、“そもそも自社にそういったコミュニケーションはあわない”という考えがあるからかもしれない。
そんななか、「小売業も愛されることはできる」「SNS施策をやっていないことが遅れていることだとは思わない」。そう断言するのは、西友、ドミノピザ・ジャパンなど小売業で、CMOを務めた経験を持つマーケティングのプロフェッショナル、富永朋信さんである。
アイデンティティを作り嘘のない形で世に出す
小売業が愛されることは可能なのだろうか? その問いに富永さんは「できる」と断言する。
「愛されるためには、重要なことがふたつあります。ひとつは、“自社はこのような者であります”というアイデンティティを持つこと。アジリティやA/Bテストが流行っていて、それはとても重要なことですが、そういった取り組みとは別に、アイデンティティはきちんと作り、守っていかなくてはならないものです。
小売業のアイデンティティについて説明すると、たとえば、スーパーマーケットってだいたいどこも同じですよね。価格がお手頃で、なんでもそろっている。それでもお客さんは、“好きな店”がある。その好きを解明していくと、レジ待ちが少ない、雰囲気が明るい、接客の感じがいいといったように、いろいろと出てきます。一般的に、スーパーの要素として想起される品揃えや価格といったこと以外にも、たくさんある。そういった要素を核にしてアイデンティティを作り、守っていける小売業は強いし、お客さんから支持されるし、愛されるわけです。それは、ECサイトでも同じで、サイトのつくり、トーン&マナーといった、好きになってもらう要素を作ることができます。それをきちんとやっていくこと。
ふたつめは、知ってもらうこと、そして他の人に勧めてもらうこと。今回のテーマの、SNSやアンバサダーに関連するのですが、これは、スピードの問題だと考えています。良いサービスを作ったら、誰かが気づき、誰かが使い、それが広まるという循環が生まれていく。でも、自然発生に任せていると鈍すぎて、なかなか投資回収できないから、SNSを使って広めようというのが昨今の動きでしょう。でも、そこに嘘があるといけない。取り繕ったり、少しでも嘘が紛れ込むと、ネガティブな広がりかたをしてしまう。早く広めたいというスピードの欲求に負けて嘘が入ってしまうと、かえってよくないわけです。
つまり、きちんとしたアイデンティティを作り、守り、しかるべきところに正しい形で世に出す。小売業が愛されるには、それに尽きると思います。アンバサダーについても、本当にそのサービスが好きな場合と、必ずしもそうでないものとがあり、後者は人が見抜きます。企業もサービスのプロバイダー側も、そこをしっかりと認識すべきです」
小売業のアイデンティティ。それを掘り下げていくと、EC事業者はAmazonという壁にぶち当たる。 「それは思考停止の典型的な例で、芸能人と比較して“オレ、格好悪いからダメだ”と失望するって、賢くないですよね。“自分が何になりたいか”がはっきりしていないから、比較して落ち込んでしまうわけです。デジタルの大きなメリットとして可視化できることがありますが、それがあまりにも大きいがために、データ化、可視化偏重が起きている。顔が良くて、背が高くて、学歴が高い人と結婚しても必ずしも幸せになれるとは限らないですよね。きちんと信念を持ってやっていれば、データ量や規模の差だけを見て“もうダメだ”とはならないはずです」
今ではAmazonはリアルにも進出してきているが、一時はAmazonと比較して、実店舗を持っていることを差別化と考える小売業もあった。しかし富永さんは、Amazonと同じ舞台、デジタルだけで戦っているからこそのメリットもあると言う。
「スーパーマーケットは、入り口に野菜があって魚があって……真ん中に調味料というデファクトスタンダードとも言えるレイアウトがありますが、これを『ショッピングミッション』というコンセプトで、店内を街のようにするというイメージで、レイアウトを変えたことがあったんです。極めて良い感じの店ができたのですが、長くは続かなかった。なぜなら、コンセプトを考えるのは本社のマーケティング部署だけれど、実際にお店を回していくのは現場のスタッフだからです。
コンセプチュアルに良い店を作るのは難しいことがわかる事例です。しかしECの場合は、サイト作りやそれにもとづくユーザーエクスペリエンスが現場でお店を回す人に左右されにくいので、コンセプトどおりに回しやすい。Googleの検索ページが、まさに検索のためのページで、同社のコンセプトが表現されているように、ECショップでもオンライン上でそれを表現すればいいわけです」