北参道に佇む1軒のコーヒースタンド。白と木目を基調とした温かみのある店内で供される香り高いコーヒーはもちろん、完全キャッシュレス型の決済手段や専用アプリを通した事前注文など、テクノロジーの息吹も強く感じられるのが「KITASANDO COFFEE」の特徴だ。それもそのはず、同店を運営する株式会社カンカクの代表は、メルペイの元取締役である松本龍祐さんが務めている。2020年2月には麻布十番に2号店となるパーソナライズドカフェ「TAILORED CAFE」をオープンし、サブスクリプション型コーヒーサービスの提供も開始するなど勢いは止まらない。ITの世界で経験を積んできた松本さんが、なぜ実店舗を絡めたビジネスに挑戦しようと考えたのか。その理由からOMO成功のヒントを探る。
テクノロジーに必然性を持たせたサービス設計
近年、日本でもOMOの考えかたが広まり、実店舗を「体験の場」としてとらえる動きが各業界に表れ始めている。在庫を持たないショールームの役割を実店舗に担わせるなど、主にリテール企業の事例を目にする機会は多いが、「カフェ×OMO」の取り組みは、これまで大手カフェチェーンや老舗飲料メーカーによる限定的なものがほとんどだ。
松本さんは、スマートフォンアプリ開発企業の創業やメルカリグループへの参画、メルペイの立ち上げなど、ながらくIT業界の先頭を走り続ける中で、「インターネットはオンラインだけに閉じず、オフラインに進出していく」と思い至ったと言う。コンシューマー向けサービスの提供を通して、顧客の生活が変わるおもしろさに気づき、人の生活に根ざした場所へテクノロジーを拡張させるビジネスを選んだ結果がカフェ業態だった。
カンカクが展開するKITASANDO COFFEEとTAILORED CAFEは、支払方法がスマートフォン決済サービス、クレジットカード、各種電子マネーのみのいわゆる「キャッシュレス店舗」だ。独自に開発されたアプリ「COFFEE App」を活用することで、ドリンクやフードの事前注文ができ、カスタマイズオーダーやクーポンなどの特典も受けることができる。2020年2月には、月額定額制でスペシャルティコーヒーを毎日楽しめるサブスクリプション機能「メンバーシップ」を開始。顧客のリピート創出にも徹底して取り組んでいる。
低単価のカフェ業態でビジネスを成立させるには、客数の増加も必要となるはず。北参道、麻布十番と一見するとミニマムな街に出店を決めた理由を松本さんに問いかけたところ、このような答えが返ってきた。
「KITASANDO COFFEEは、1号店ということもあり、インパクトある店構えにすることを意識していました。イメージを実現できる好立地の場所を探していた際に、縁あって巡り会うことができたのが、北参道です。落ち着いたエリアで情報感度の高い方々が集まり、オフィスを構える企業も複数存在するため、日常的に近くに勤めている方々の来店が見込める点も魅力に感じました。2号店としてTAILORED CAFEを出店した麻布十番も、当店のユーザー層と相性のよいIT企業が入るオフィスビルが近隣に位置する点と、職住近接の立地に惹かれて選んでいます。リピーターになっていただきやすいオフィスワーカーの存在は常に意識しています」
KITASANDO COFFEEがオープンしたのは、2019年8月。当初、完全キャッシュレス型の店舗は、中国やアメリカと比べて日本国内ではまだ馴染みのないものであった。サービスの成立には、キャッシュレス対応や専用アプリのインストールなど、顧客によってはハードルとも感じられるアクションが必要だが、利便性という大義名分で顧客にテクノロジーを押しつけるのではなく、テクノロジーの必然性をサービスに落とし込むことが重要だと松本さんは強調する。
「お客様が求める本質は、『好きな時においしいコーヒーを飲むこと』なので、私たちは月額3,800円でスペシャルティコーヒーを毎日複数回楽しめるサブスクリプションプランをリリースしました。このプランを実現させるためには、オーダーの間隔を一定にコントロールできるアプリの仕組みが必要となります。自分好みのコーヒーが注文できるカスタマイズオーダーも、口頭で伝えるよりアプリを介したほうがわかりやすくラインナップを表現でき、注文のミスもなくすことが可能です。モバイルオーダーである必然性をきちんと作り、テクノロジーが最適解になるサービス設計を心がけています」