売れる商品でも顧客満足度が低ければ廃止
ZENBは、野菜や穀物の皮、芯、種などの素材を丸ごと使った食品を開発・販売している。先進的なブランドだが、その立ち上げの背景には老舗企業ミツカンの原点がある。
1804年、日本酒を造る際に廃棄される酒粕から酢を作ったことが、ミツカングループの始まりだ。その長い歴史も踏まえ、2018年には10年後の食生活への貢献を目指す「ミツカン未来ビジョン宣言」を発表。翌2019年にZENBが誕生した。「創業の原点に立ち返り、ZENBには『食材を捨てないで全部使う』という意味が込められている」と高橋氏は話す。
そんなZENBの事業について、高橋氏は「どうやって未来への価値を作るか」「その価値をどのように成長させて、勝ちにいくか」の2点を紹介した。
まず、未来への価値創造だ。ZENBは、10年先の生活者に受け入れられるブランドを目指し、「顧客とともに成長する」ことを掲げている。高橋氏は「新しいコンセプトの食品なので、食べ方や食べる目的が決まっているわけではない。顧客と対話して、悩みや考え方を理解し、売り方や商品を変化させている」と説明する。
たとえば、商品の改廃は売上ではなく満足度によって決めている。顧客が不満を感じる商品は、たとえ売れていても「お客様のためにならない」と廃止してきた。
D2Cで商品を販売しているのも、それが狙いだ。対話することで顧客の解像度を上げて理解を深め、顧客の声をもとにブランドや商品を変えていく。D2Cならそれができるという。
一般的なリテール販売では、市場を見て「商品開発」をし、モノを売る。そのため、卸や小売店とは深く関わるが、顧客の顔がなかなか見えない。高橋氏は特に、「何に不満を持って購入をやめたのかわからないことが大きな課題だった」という。
一方、D2Cの場合は、生活者と直接対話しながら「顧客開発」をし、その顧客に対して体験を提供してモノを売る。販売状況や顧客情報、満足度などのデータを一元的に入手。それを分析しながら戦略を変えられる。
「顧客の不満を理解し、メーカーが変わっていくことが非常に重要」と高橋氏は強調する。それが、ZENBの「10年先に向けた価値作り」。ブランド創立時より続けていることだ。
データ分析で見つけたD2Cの「勝ちパターン」
では、その価値をどのように成長させていくか。そして、D2Cの勝ちパターンとは何か。高橋氏は「まず、モノを売るよりも、人を集めることが重要。人が多く集まれば、商品を売るのは難しくない」と話す。
顧客IDをリスト化しているブランドであれば、より解像度が高い顧客に向けて商品や関連サービスを販売できるため、事業を広げやすくなる。そして、集まった顧客との対話を通じて商品開発ができる。
「モノを売って人を集めるのではなく、人を集めてモノを売る。バリューチェーンの逆流化といえます」(高橋氏)
ZENBでは、メディア広告などにおいて「便益」を訴求することを意識している。多くの人が生活の中で抱える悩みに対して、ZENBが貢献できるメッセージを発信する。たとえば、「糖質オフ」「豆100%」などがキーワードだ。
そして、集まった顧客の受け皿として、自社EC・Amazon・楽天市場の3つの売り場を用意している。
「Instagramやテレビ番組など、メディアも多様であるため、集客したメディアによって顧客が来る売り場も異なります。そのため、自社ECのみで販売することは不満につながります。Amazonや楽天市場で買いたい人もいる中で、自社ECを強制することになるからです」(高橋氏)
どのメディアから集客したかによって、売上が増える場所も変わる。テレビで紹介されると、最も売上が伸びるのはAmazonだそう。「テレビで取り上げられると、自社ECの売上は平常時の2倍に伸びるが、Amazonは5~10倍になる感覚だ」と高橋氏は話す。このことから同社は、様々なデータを分析しながら、メディア展開に合わせて戦略を変えている。
収集するデータの中でも同社が重視している指標が、顧客ロイヤリティを数値化したNPS(Net Promoter Score)だ。商品を多く購入したり、ポジティブな口コミを広げたりする「良い顧客」のNPSは高くなる。そういった良い顧客と、ネガティブな反応をする「良くない顧客」を見分けるために、同社はNPSを活用している。
当然、NPSが高い顧客に商品を売るが、そのためには5つの要素が必要となる。まず、入口となる商品を定義すること。ブランドで最初に接する商品で良い体験ができれば、継続して購入したり、他の商品へと興味が広がったりする。
次に、提供価値(便益)を提示すること。顧客の悩みや要望に応えられる商品だと明確にわかる売り方をする。たとえば、商品の名称。実際に、従来は「パスタソースセット8食」という名称で販売していた商品を「コレステロールゼロセット8食」に変更したところ、それだけで売上が100倍になったという。
3つ目と4つ目は、前出した「集客」と「売り場」。そして、最後が「決済」となる。高橋氏は「実は決済方法によって、NPSや販売単価、LTV(顧客生涯価値)にかなり差が出ている。より良い顧客が集まる決済方法を常に探している」と明かす。
多様な「決済」が受取拒否や不正注文の抑制にも
続いて登壇した瓶子氏は、決済サービスがD2C事業に貢献できるポイントを解説した。
「(カートに商品を入れたのに購入しない)カゴ落ちを防いだり、複雑な決済プロセスによる離脱を防いだり、決済プロセスの改善で売上を増やしたりすることが、『ペイパル』の大きな役目です」(瓶子氏)
ペイパルは世界200ヵ国以上で展開し、アクティブアカウント数は4億人以上。加盟店の数は約3,500万店に上る。世界の消費者を対象にした調査では、日本からの購入でカゴ落ちした理由の上位に、送料や商品価格に加えて「ペイパルによる支払い手段がなかった」ことが挙がっているという。
日本でも2020年以降、大幅に利用者を増やしており、現在のペイパルのアクティブアカウント数は約1,000万人(Paidyのアクティブアカウント数を含む)。様々な業種の加盟店がある他、ShopifyなどECプラットフォームとのパートナー連携により、加盟店側の利便性も高めている。
瓶子氏は加盟店側のペイパル導入のメリットとして「365日24時間の監視システム」を挙げた。独自でAIを活用した監視システムを構築し、不正やなりすましの被害を未然に防ぐ対策を実施している。
また、それをすり抜けてしまうケースに備えて「売り手保護制度」も用意。買い手からの未承認取引や商品・サービス未受領に関するクレームなど、トラブル発生時には適用条件を満たせばペイパルが補償する。海外展開していることや、初期費用が不要であることも利点だ。
買い手側にとっても、クレジットカード情報を店舗に伝えずに済むことや、トラブルの際に条件を満たせば補償される「買い手保護制度」などのメリットがある。
「安心・安全に決済したいというニーズが拡大しています。ペイパルは25年の実績とノウハウで独自の不正防止モデルとセキュリティシステムを磨いてきました。売り手・買い手双方に価値を提供できます」(瓶子氏)
ZENBは、2023年4月にペイパルを導入した。まだ導入から3ヵ月ほどだが、多く利用される決済手段の上位3つにペイパルが入っているという。高橋氏は「ペイパルを使うのはほぼ新規ユーザー。ペイパルが新しい顧客を連れてきたと考えており、ポテンシャルを実感している」と語る。
また、高橋氏によると、深刻な問題である受取拒否や不正注文の発生件数は、決済手段によって明らかな差があるそう。「現時点で、ZENBではペイパルを使った決済の場合そういったトラブルが発生していない」と高橋氏。
「全体を見ると不正注文は増えており、非常に頭が痛い問題です。システムで防いでいますが、それでもすり抜けるケースが多く、決済の段階でガードできると非常に助かります」(高橋氏)
D2Cビジネスには、売り手と買い手がともに利用しやすい決済手段を用意することが不可欠といえる。ZENBのように、「顧客とどのような関係を築くか」「どのような顧客に購入してほしいか」を踏まえ、適した決済サービスを導入することが成長の鍵となるだろう。