テクノロジーが売り場を拡張し、今や企業・ブランドはオンライン・オフライン、国内・国外を問わず、さまざまな接点で顧客と接触できるようになっている。経済産業省「令和3年度デジタル取引環境整備事業(電子商取引に関する市場調査)」からも、越境EC市場拡大の様子がうかがえるが、コロナ禍だからこそ生まれたビジネスチャンスもあったと言えるのではないだろうか。しかし、そこには刻一刻と変化する情勢に柔軟に対応すること、コミュニケーションチャネルに制限があったとしても良質な体験を提供する姿勢が欠かせない。日本の伝統的な修復技術「金継ぎ」の魅力を広めたいと一念発起し、2020年3月に起業した株式会社つぐつぐ 代表取締役の俣野由季さんに、オンラインを軸とした顧客体験向上、越境ECの取り組み、拡大するチャネル展開と今後の展望について話を聞いた。
金継ぎに着目したのはMBAスクールの課題から
金継ぎとは、割れ・欠け・ヒビなどの傷が入ってしまった陶器を、天然の漆で接着する日本の伝統的な修復技法だ。愛着のあるうつわの傷をあえて活かし、個性として楽しみながら長く使えるため、近年ではSDGsの観点からも人気、注目が高まっている。
俣野さんはこの金継ぎを軸に、壊れた器を直してほしい顧客と修理を手掛けるプラットフォームや、自社に在籍するプロの金継ぎ職人による修理請負、DIYで金継ぎに挑戦したい顧客へのキット販売や教室・ワークショップ開催など、さまざまな商品・サービス提供を行っている。
「持続可能な社会作り」「日本の伝統工芸に携わる人の活躍の場を増やしたい」「伝統文化や手仕事への関心を高めることにも貢献したい」といった理念を掲げ、同社を立ち上げた俣野さんだが、つぐつぐ創業以前は「製薬業界でキャリアを重ねてきた」と言う。なぜ、異業種から金継ぎの分野に飛び込んだのだろうか。
「新卒で大手製薬会社に入社したのですが、自身のキャリアと向き合ううちにこれからは英語のスキルが必須と考え、カナダに留学をしました。その後、ドイツ語にも興味を持ち、海外には5年滞在していたのですが、帰国して受けた製薬会社の中途採用試験はすべて不採用。ここでキャリアと向き合うことになりました。立て直しを図るため、MBAを取得しようとスクールに通い、卒業に向けた課題として事業計画書作成に取り組むタイミングで、金継ぎに出会ったのです」
同時期に大切なうつわを割ってしまった俣野さんは、修繕方法を思案していた際に金継ぎという技法を知る。MBAスクールの外国人教員も来日時に金継ぎ体験をするなど、日本の伝統文化としてのポテンシャルや、国内外に修理したい・学びたい・体験したいという需要があることを肌で感じたと言う。
「当時は金継ぎの認知度が国内ではそれほど高くなく、競合プレイヤーも少ない状況でした。ニッチ市場でありながらも海外には熱心に関心を持つ方がいて、新規アプローチの余地がまだまだある。これはビジネスとして実現すると確信しました」
俣野さんは自ら教室に足を運び、金継ぎへの理解を深めた。そこでさまざまなヒントを得たそうだ。
「たとえば、金継ぎを実践したい方に向けたキットは『購入してすぐに使いこなせるか』『わかりやすい説明書か』といった視点から、改善の余地がおおいにあると感じました。こうした体験を踏まえ『ユーザーの成功体験を重視した新たな金継ぎキットの開発』『ノウハウ・技術を広めるための金継ぎ教室』『プロの金継ぎ師への修復依頼サービス』という3つの柱を打ち出し、事業計画書を作成したのです。ただし、MBAスクール卒業時には、これを自ら形にするとは思っていませんでした」