「飽和の時代」の顧客体験は、対面以上の価値提供が必須
かつて、顧客接点はリアルの店舗や看板など、人の行動範囲の中にしか存在しなかった。その後、印刷技術の発展により新聞や雑誌が、電波の普及によりラジオやテレビがより広範囲に情報を提供するようになり、同時に顧客接点も拡大。さらに現代ではインターネット、パソコン、スマートフォンの普及により、顧客はいつでもどこでも情報に触れ、欲しい製品を購入できるようになった。
この現状を言い換えると、「消費と情報が飽和する時代でもある」と語る大森氏。こうした時代に求められるようになってきたのが「体験」、いわゆる「コト消費」だ。経済産業省の報告書によると、コト消費は「製品を購入して使用したり、単品の機能的なサービスを享受するのみでなく、個別の事象が連なった総体である『一連の体験』を対象とした消費活動のこと」と定義されている。
より良い顧客体験が求められる時代だが、大森氏は「一度優れた体験を経験すると、顧客の中でそれが判断基準となってしまうところが難しい」と言う。
「他社と比べて『良くない』という評価がつけられた時点で、お客様はその企業・ブランドから離れてしまいます。一度離れた顧客との接点を再度作ることはなかなか難しいため、常に優れた顧客体験を追い求めなくてはなりません」(大森氏)
優れた顧客体験を作り上げる上で欠かせないのが、デジタルで蓄積した顧客情報の活用と、それらを基にユーザビリティや顧客体験の向上を図る取り組みだ。しかし、コロナ禍でデジタルシフトが大幅に進み、結果としてデジタル上のサービスレベルは向上。サービスの質が一定になったことにより、差別化が難しい状況であるのも事実だ。Salesforceの調査によると、「ロイヤルティを維持するのが以前より難しくなっている」と感じている消費者の割合は70%にも上っている。
こうした時代に他社と差別化した体験を提供するには、「デジタルの世界で対面と同等以上の体験を実現する必要がある」と説明する大森氏。店舗でスタッフに相談をする、提案を受けることと同等のパーソナライズされた体験を、デジタル上でも提供できるかが成否を分けるということだ。そのためには、顧客の「買いたい」、「体験したい」といった欲求が生まれる瞬間(Moment of Truth)をしっかりととらえ、アクションにつなげる必要がある。
「ウェブサイトでの行動やEメールの開封だけではなく、アプリ内での行動やコンタクトセンターに連絡をしたとき、広告を見たときなど、さまざまな接点において、いかにそのお客様の『●●したい』をとらえることができるかが鍵となります」(大森氏)
Moment of Truthをとらえ、顧客体験の向上につなげる上で重要となるのが、次の5つの技術トレンドだ。
大森氏は今回、「自動化/AI」と「分析・インサイト」を進める上で欠かせないデータ活用にフォーカスし、解説を進めた。
成長率の開きは15~25%にも データ活用で伸びる組織の傾向
McKinsey&Company社が2022年1月に発表した調査によると、データを中心とした営業活動を行っている企業はそうでない企業と比較して、15~25%成長していると言う。大森氏はSalesforceのクライアント企業に目を向け、データを活用しながら成長する組織の傾向を次の3点にまとめた。
- 顧客データを活用し、エンゲージメントとロイヤルティを促進
- 従業員の生産性と意思決定を向上させるためにAI投資を実施
- カスタマーエンゲージメントに対して部門ごとの最適化ではなく、全社レベルでアプローチを実施
これらを踏まえ、大森氏はデータの活用がロイヤルティやエンゲージメントの向上を促進する理由を説明すべく提示したのが、次の図だ。
多くの企業では、CRMプラットフォーム上に蓄積した顧客情報を属性ごとにセグメントし、メール配信や広告表示といった「単発のコミュニケーション」を行っている。ここに複数のデータをつなぐことで実現可能となるのが、「連携したキャンペーン」だ。たとえば、購入データと連携して「過去30日以内に購入した顧客向け」のセグメントを作成するなど、より顧客の状態や要望に合った訴求が実現できる。
ここに「リアルタイムのモーメント」を付与できれば、さらに可能性は広がる。「該当ページを複数回閲覧した顧客に、来訪時に限定オファーを提示する」といった「瞬間」をとらえた提案は、顧客の欲求を満たす上でも効果的と言えるだろう。Salesforceでは、こうしたパーソナライゼーションを「ハイパーパーソナライゼーション」と呼び、クライアント企業の手助けを行っている。
しかし、ハイパーパーソナライゼーションの実現は決して容易ではない。なぜなら、どの企業も社内に大量のデータがあふれているからだ。
Salesforceの調査によると、平均的な企業が業務で活用するアプリケーション数は900にも及び、そのうち連携されているものはわずか3分の1という結果が出ている。なお、カスタマーエクスペリエンスに関与するシステム数は平均35。これらの連携が十分に進んでおらず、データの分断に悩まされるテクノロジー責任者は89%にも上ると言う。
データの分断は、パーソナライゼーションの実現を阻むだけでなく、社内の生産性をも下げてしまう。Salesforce Researchが2021年に発表した「マーケティングインテリジェンスレポート」によると、87%がデータ活用に向けた前処理に毎月数日から数週間を費やしていながら、パフォーマンスを毎日測定、把握している人はわずか32%となっている。
「各社の最大の課題は、パフォーマンスを測定する仕組みとそれを可視化するレポート機能が分断していることと言えます。分断しているがゆえに、リアルタイムの可視化や迅速な施策の実現が難しくなっているのです」(大森氏)
顧客軸のデータ連携を シングルソース化の鍵を握る4つの要件とは
デジタル化が進む中で、すでに多くの企業がデータの分断が成長を阻害すると認識し、データ連携の取り組みそのものは進んでいる。しかし、「その多くは社内プロセスの自動化や業務効率化といった内部向けの連携であった」と大森氏は指摘する。これからの時代に求められるのは、「顧客体験を向上させるためのデータ連携」だ。
たとえば、ECサイトで商品を購入した際に配送状況を確認しようと思っても、チャットボットでは対応ができなかった。もしくはコールセンターに問い合わせをしてもオペレーターが別のシステムを使って確認しなければならず、その場でスピーディーに確認ができなかった、といった経験をしたことはないだろうか。こうしたデータ連携の不備が顧客の離脱につながっては本末転倒である。顧客体験が重要視される今の時代だからこそ、体験向上に目を向けたデータ連携は欠かせないと言える。
しかし、データ連携を進めるにも大きな壁が存在する。デジタルファーストな現代の顧客は複数のメールアドレスや電話番号、SNSアカウントを持ち、常に複数のチャネルを用いて情報収集や企業とのやり取りを行っているため、企業は顧客の全体像を掴むことが難しくなっている。点在した情報をひとまとめにし、さまざまなチャネル・顧客接点を通して一貫性のある体験提供を目指すべく、顧客ID統合に力を入れるケースが増えているのも実情だ。顧客IDの統合ができれば、パーソナライズされた体験の質をより高めることができる。
データ統合・顧客ID統合とひとことに言っても、実際にはどのようにシングルソース化を進めれば良いのだろうか。大森氏は、どのような業種・業態の企業であっても重要となる4つのポイントを解説した。
- 顧客ID、アクセスの管理:顧客IDとアクセスを管理し、顧客のログインを一本化
- データ管理:すべての顧客データを内部的に連携させ、管理するための単一のプロファイル
- 顧客データプラットフォーム:すべての顧客データを保管する大規模なデータストア
- プライバシーとコンプライアンス:顧客のプライバシーとコンプライアンスの管理
顧客に関するさまざまなデータをつなぎ、一貫性のあるフレームワークで統合すれば、集約データとしての共有・活用が実現できる。具体的には「41歳女性」、「過去90日以内に省エネ洗濯機のメールを開封」、「未解決の問い合わせやトラブルなし」、「過去5年以内に家電製品を購入」、「プロモーションメール受信に同意」といった複数のセグメントを掛け合わせた高度なマーケティング、レコメンドも可能だ。しかし、こうした施策を実現し成果につなげるにはデータの蓄積だけでなく、それらを瞬時に活用できるカスタマーデータプラットフォームを選ぶことも重要となる。
「プラットフォームは『乗り降りする場所(乗降口)』という意味を持ちます。つまり、inとoutを大量に迅速に行うための土台を指すと言えるでしょう。そのため、データを蓄積するだけでなく、入ってきたデータを処理し、アウトプットしていく発想も必要です。すぐには実現できなくとも、将来を見据えたデータ基盤構築に今から着手しなくてはなりません」(大森氏)
なお、AI活用においても統合された情報は不可欠と言える。なぜなら、断片化されたデータでは正しい予測を行うことが困難だからだ。たとえば、ECサイトでは靴を多く購入する顧客が店舗では服を主に購入していた場合、ECサイトで靴のレコメンドのみを行うのは不十分だろう。ここでECサイトの購入データとPOSデータを連携することができれば、より適切な情報提供が可能となり、さらなる購買喚起も夢ではない。
「データをどれだけ統合し活用できるかが、AIの成果にも大きく影響する。そう言っても過言ではありません」(大森氏)
システムの数を絞り、やり取りを可視化 リアルタイムの意思決定を行うベントレー
続いて大森氏は、データ統合・活用の成功例としてイギリスの老舗高級車メーカー ベントレー社を紹介した。
同社は持続可能な高級車メーカーになることを目標に、企業の刷新を見据えた新たなビジネス戦略「BEYOND 100」に着手。使うシステムの数を絞り込んで顧客情報を統合し、より優れた顧客体験の提供を目指している。
具体的には、データ統合した単一のプラットフォームを基に、パーソナライズされたサービスでコンバージョンと売上拡大を促進するほか、すべてのデジタルチャネルにおける顧客とのやり取りを可視化。最適なタイミングで1対1のカスタマージャーニー提供を目指している。
加えて、レガシーシステムを連携して単一の顧客のビューを構築し、従業員はリモートでも店舗でもデータにアクセスすることが可能となった。さらに複数のデータを自動的に分析し、リアルタイムの意思決定を実現している。
Salesforceはベントレーが持つ顧客情報のシングルソース化を支援。世界60以上の市場と230以上のディーラー、4,000人以上の従業員に単一の顧客ビューを提供している。ベントレーではこの情報を軸に、広告やメール配信、コールセンターのサポート、ECサイトでのレコメンド、ディーラーでの接客などを展開し、よりパーソナライズされた顧客体験の提供を進めている。
大森氏は、続いてアメリカのSalesforce, Inc. と同社の日本法人であるセールスフォース・ジャパン、ならびにSalesforce製品について紹介。1999年にアメリカ・サンフランシスコにて設立されたSalesforce, Inc. は、老舗のCRM企業かつクラウドベンダーとして、顧客情報の活用と顧客体験向上に向けたさまざまなソリューションを提供している。
大森氏は代表的なソリューションとして、顧客を中心に据え、ひとつのCRMプラットフォームへの統合、単一の顧客ビューを構築する「Salesforce Customer 360」や、社内のあらゆる顧客情報を統合し、AI・データ活用の基盤となる「Customer Data Platform」に言及。サードパーティCookieに依存しない信頼ベースのファーストパーティデータ資産が構築できる旨をアピールした。なお、EC事業者に向けて提供する「Salesforce B2C Commerce」については、このように語った。
「『Salesforce B2C Commerce』を活用するクライアント企業は、市場平均よりも1.5倍のペースで成長を続けています。クリック、コーディング、ヘッドレスAPIなどの方法を活用し、ブランドを反映した体験をスピーディーに構築、推進できる点が強みです。『Customer Data Platform』と組み合わせることで、より高度なパーソナライゼーションも可能となります」(大森氏)
大森氏は、最後に「Salesforceは、『あらゆる顧客接点をパーソナライズするサービスをいかに顧客中心に行うか』という思想を持ち、製品を提供しています」と語り、セッションを締めくくった。