紳士服の製造・販売チェーン「洋服の青山」を運営する青山商事は、近年実店舗にデジタルとリアルを融合させたシステム「デジタル・ラボ」を導入し、着実に売上を伸ばしている。2016年10月に東京・秋葉原に1号店をオープン、導入実証を重ねた後に他店舗への展開を進め、2020年6月時点では、31店舗にまで拡大。同システムは、店内で自社ECサイトと連動するタッチパネル式の大型サイネージやタブレット端末を使って、実店舗スタッフの接客を受けながら、実店舗およびECと連動した豊富な商品ラインナップの中から商品を選ぶことができるもの。顧客は、自身の趣味嗜好に合わせた商品を実店舗の在庫の有無に問わず購入でき、採寸後は自宅に直接配送されるので、受取のための再来店も必要ない。購入時の採寸データは、ECサイト上に保存されるため、自然な形でのOMOを実現している。同社がこのような仕組みを導入した経緯や得られた成果、今後のデジタル施策の展望などをEC事業部長の星川敦さんに聞いた。
狭小店舗の在庫カバーが起点 利便性と運営効率向上を実現
デジタル・ラボ対応店舗のフロアにはデジタルサイネージ、接客テーブルにはタブレット端末が設置され、店舗の大きさに対してゆったりとした雰囲気が漂う。デジタルサイネージは、実店舗スタッフだけでなく顧客自ら商品検索ができ、直感的に買い物を楽しむことが可能だ。星川さんは、デジタル・ラボ導入当初の目的を「狭小店舗でも豊富な品揃えを実現するため」と語る。
「オフィス街やターミナル駅近店舗のニーズが高まる一方で、こうした立地は賃料も高止まりしています。かつ従来型の洋服の青山のような広さを確保することも困難で、新規出店に対する課題を感じていました。2016年、秋葉原店への出店を決めた際も、確保できたのは約55坪。好立地ながらも、従来型店舗の4分の1程度の広さで洋服の青山らしい豊富な品揃えを実現するにはどうしたら良いかを考えました。レディース特化の店舗など、さまざまな切り口を考えましたが、狭小店舗はスペースの都合上、多くの在庫を抱えることが困難です。この欠点をカバーする方法を模索する中で、デジタル活用に思い至りました」
実験店舗として秋葉原店をオープンしたところ、導入効果は想像以上だったと言う。品揃えを担保するだけでなく、倉庫からの自宅配送を実現することで店頭在庫を3分の1以下に絞り、在庫管理など販売付帯業務の軽減、販売ロスや流通コストの削減にも成功した。秋葉原店の成果を受け、同社はデジタル・ラボの展開を加速。1年後の2017年には首都圏に10店舗、現在は全国31店舗にまで数を増やしている。従来新規出店を行う際は、100坪以上の店舗スペースを確保するのが原則だったが、デジタル・ラボという選択肢が増え、集客が見込める場所への出店機会を新たに得ることもできた。
「何よりも、お客様のニーズに応えられたのが嬉しかったですね。これまで狭小店舗や地方店舗では提供できる商品ラインナップがどうしても限られていましたが、人気ブランドや雑誌などに掲載された商品も販売可能となり、お客様がより自分に合う服を選びやすい環境を提供できるようになりました」
デジタル・ラボでは、タブレットの扱いに慣れている若年層はもちろん、通常はデジタル機器やECを利用しないシニア層でも、実店舗スタッフのサポートを受け、ECの疑似体験ができる。こうした地道な接客活動が功を奏し、買い足しや再購入でECを利用する顧客も自然と増加。「洋服の青山アプリ」のダウンロード数は現在累計700万に上るが、デジタル・ラボでの接客体験を機に利用し始めた顧客も多く見られている。LTV向上の観点からも、実店舗とEC双方を利用する顧客が増えることは望ましい効果と言えるだろう。
「購入した商品を持ち帰る必要がなく、身ひとつで帰宅できるサービスは、とくに好立地店舗で休日にほかの用事と合わせた『ついで来店』の促進にもつながっています。スーツは衣類の中では高額商材ということもあり、現物を見て試着して購入したいと考えるお客様が数多くいらっしゃいます。実店舗でサイズやフィット感を確認できる場を提供しながらも、ECの疑似体験ができれば、その後のECでの購入障壁を低くすることが可能です。当社は、先んじて2009年よりECで選んだ商品を実店舗に取り寄せて試着できる『試着予約サービス』を開始していましたが、デジタル・ラボの導入により、実店舗とECのつながりをより強固なものにできたと感じています。お客様が求める利便性を提供することの意味合いを改めて実感しました」