EC事業者が直面する「カスタマイズの罠」が議論の一つに
また「Editions.dev」前日の2024年6月24日には、Shopifyアプリを開発するMantle RevOps Inc.とGadget Software, Inc.主催で「PRE/DITIONS」が行われました。当初は小規模で自主的な集まりとして計画されていたものの、実際には350人もの人が参加したそうです。
「PRE/DITIONS」で印象的だったのが「ECサイトのカスタマイズは慎重に検討すべき」というメッセージです。その背景には、多くのEC事業者が直面する「カスタマイズの罠」があります。
多様なShopify向けアプリが存在する一方で、自社にぴったり合うものが見つからないと悩むEC事業者も少なくありません。特に、フルスクラッチのECサイト運営に慣れている場合、ニーズに完全にフィットするアプリを見つけるのは至難の業でしょう。結果的に、再びフルスクラッチでECサイトを構築、もしくはアプリ開発を検討するケースもあります。
ここで重要なのが「別のアプリを開発しなければ実現できない機能は、顧客にとって本当に必要なのか」という問いです。
公開アプリを利用すれば、開発者によるメンテナンスと定期的なアップデートの恩恵を受けられます。中長期的な視点でのコスト削減、最新のトレンドやテクノロジーの導入にもつながるでしょう。特に成長段階のEC事業者にとっては有効といえます。一方、新たにアプリを開発するとなれば、初期コストだけでなく、長期的な保守や更新を自社で負担しなければなりません。
前ページで紹介したように、Shopifyは2023年2月に「Built for Shopify」というプログラムを導入しました。これは、100以上の審査項目を通過し、純正機能と同等のユーザー体験を提供できるサードパーティアプリに与えられる認証です。こうした取り組みもあり、各アプリのクオリティは向上しています。自社の理想が本当に公開アプリで実現できないのか、再検討しても良いのではないでしょうか。
世界的にも注目を集める3分野のアップデート
「Editions.dev」当日は、Shopifyの最新動向や今後のEC業界のトレンドに関する洞察が得られました。特に注目すべきは、グローバルな開発者コミュニティが強い関心を寄せている次の分野です。
プラットフォームの拡張性
チェックアウトに関連する機能やアプリの進化により、ストアクレジットの導入、多様な割引対応、関連アイテムの表示などが可能となっています。これらの機能を活用することで、クロスセルの促進が期待できます。
また、フロントのカスタマイズ性も向上しています。フッターやヘッダーのデザインを細かく調整できるため、ブランドイメージを保った購入体験が実現可能です。その具体的な例として、次ページで「2024年 Shopify Build Awards」を受賞したECサイトを紹介しています。
なお、今後は営業時間や駐車場情報といった、店舗受取時の情報をより詳細に表示する機能、新しい住所検索APIによる入力精度の向上も計画されているそうです。
グローバル戦略面
越境ECを支援する「Shopify Markets」「Managed Markets(旧称:Markets Pro)」が注目を集めています。たとえば、カナダ発のお茶を扱うECサイトでは「Shopify Markets」を活用して各国の市場状況や価格設定を一画面で管理。海外からアクセスする顧客に対して、言語と通貨を適切に表示しています。
2024年10月時点でアメリカの事業者を対象に提供されている「Managed Markets」では、複数の通貨や言語に対応したEC運営が一つの管理画面で可能です。顧客のアクセス元に応じて通貨と言語が切り替わるだけでなく、関税などを商品価格の一部として表示できる点は大きなメリットといえるでしょう。その上、各国の規制に合わせた商品管理のサポート機能も備えています。たとえば、法規制によって販売できない化粧品などがある場合、特定の国で該当商品の情報を表示しないように設定可能です。
ヘッドレスコマース
「ヘッドレスコマース」とは、ECサイトの画面(フロントエンド)と裏側のシステム(バックエンド)を分けて構築する方法です。同じ商品情報を活用しながら、PCやスマートフォン、さらにはSNS内やゲーム内の買い物など、各プラットフォームの画面に最適化したデザインで商品を表示できます。「PCではより詳細な商品説明を。スマートフォンではシンプルで見やすいデザインを」と使い分けるイメージです。
そのほか「Editions.dev」のラウンドテーブルでは、AIを活用した顧客体験の向上に焦点が当てられました。注目を集めたのは、AIによるパーソナライゼーションです。
ある男性用化粧品を販売するECサイトでは、顧客が美容師や美容院の情報を閲覧した際、他の美容師・美容院ではなく、ヘアオイルなどの補完製品をレコメンド。平均購入単価が増加しました。
一方で、AI活用に慎重な姿勢も見られます。参加者の中には「AIという言葉自体がバズワードとなっており、実際の価値以上に注目すべきではない」と指摘する声もありました。また多くの人が、AIのメリットを生かしながらも、人間による適切な管理と判断を組み合わせる必要があると強調していました。