広告投資しているのに売上が停滞 悲劇に陥りがちな五つの落とし穴とは
デジタル広告運用をはじめとするマーケティング支援を手掛ける株式会社オーリーズ。同社はクライアントの成長にコミットすべく、「まるで内製チームのような外部支援」をテーマに、コンサルタントの評価基準を売上ではなくNPSの向上に置き、非分業型で迅速な実行支援を行っているという。
同社で主にEC事業者の広告運用をサポートするコマースDivのマネージャーを務める中野氏は、まず聴講者に向けてこう問いかけた。
「次の五つに当てはまるようなEC運用をしていないでしょうか。これらは売上の持続的な成長を停滞させる原因となり得るため、注意が必要です」
中野氏は「これらは特に、多品目ECを運営する事業者がぶつかりやすい課題である」と言及した上で、広告運用のトレンドを次のように説明した。
「近年、GoogleやMetaなどの広告プラットフォームが、AIや機械学習を使って運用担当者の負担軽減を図っています。特にパフォーマンス最大化を目的とした機能の強化が進んでおり、CPAやROASの目標値を設定すると、それに適した広告の入札や配信を自動で行ってくれます」
こうしたサポートは、効率的に広告集客を進める上で必要不可欠となりつつあるが、一方で「『意図せぬリピーター偏重』という“落とし穴”に注意してほしい」と中野氏は続ける。
「現状のAIは、意図的な措置を取らないかぎりは新規/リピーターの判別が難しく、基本的に『買ってくれそうな消費者』に向けてリーチを図ります。たとえば『広告に気づきやすい人』『プロモーションへのリアクションが良い人』といった具合です。この条件を満たしやすい顧客は、リピーターであるケースも多く、自動化に任せすぎると『気づいたらリピーターへのアプローチに偏っていた』といったことが生じかねません」
一般ワードでも起こり得るリピーター偏重の注意点
ここで中野氏は、オーリーズが支援したある企業の検索広告キャンペーンを例に挙げた。一般ワードを扱う同キャンペーンから生まれたコンバージョンを、顧客IDを用いて「新規」と「リピート」に分けて集計したところ、平均の新規率は41%、つまり約60%がリピーターだったという。
「『一般ワードは新規顧客にリーチできる』と考えている方も多いでしょう。しかし、実際は半数以上がリピーターという結果になりました。
新規獲得“総数”が伸び悩むと売上の積み増しが小さくなり、コスト負担の大きな集客構造になりかねません。成長率が鈍化している企業の詳細を分析してみると、『新規獲得が伸びていない』といった状況が明らかになることも多々あります。事業を伸ばし続けるには、売上だけでなく『顧客総数が増えているか』といった中長期の視点も必要です」
広告ROASは「評価基準」ではなく「○○○○」に
続いて中野氏は、冒頭で提示した「売上を停滞させる五つの特徴」について、こうした状況に陥りやすい原因や理由を説明。さらに、例を挙げながら持続的な成長を遂げるための解決策を提示した。
1. メインの広告KPIはROASである
2024年5月に米国のウェブメディア「AdExchanger」が開催したイベント「Programmatic I/O」で、CriteoのStephen Howard-Sarin氏は「ROASの測定が容易なことは“モラルハザード”である」といった旨を述べている。中野氏はこれに同意しながら、聴講者に向けてこう投げかけた。
「ROASというわかりやすい指標に安心しきって、他のリスクに対して無防備になっていないでしょうか。プラットフォームが管理画面上で報告するROASは、本当に事業成長に貢献しているのか、疑う観点も必要だと私は考えています」
こうした“落とし穴”から脱却するための解決アプローチとして、中野氏は評価する指標の優先度を「トータルROAS」「新規獲得相対CPA」「広告ROAS」の順に提示。それぞれの長所と短所を踏まえた見方についても言及した。
「『すべての売上÷すべての有料施策の費用』で割り出せるトータルROASは、プラットフォームが提供する管理画面や計測システムだけでは可視化しづらい広告効果も考慮可能です。ここに目を向けると、『投じたすべての費用に対して基準以上のリターンがあるか』といった視点になるため、個々の施策の広告ROASといったミクロな評価が重要ではなくなります。すると、事業全体が成長できているかどうかに着目することができます」
たとえば、広告以外の有料施策が好調であれば、広告施策では「短期的な売上(=広告ROAS)よりも新規獲得数の伸びを優先する」といったように、未来志向のチャレンジが可能となる。これも、リピーター偏重から脱却するには重要な視点だ。
新規獲得相対CPAは「有料施策経由で獲得した新規顧客のCPA(顧客獲得単価)」を指す。「施策にかかった費用÷施策で獲得した新規顧客数」の計算式で割り出すことで、獲得単価の参考値が算出可能となる。
「実際のCPAを表すものではありませんが、新規獲得を目的とした施策の相対評価ができるため、より有効な施策の検討と実施をかなえられます」
これまで一般的な評価指標とされてきた広告ROASについて、中野氏は「数値を『評価基準』にするのではなく、『分析起点』と位置づけるのが理想」だと説明する。
「広告ROASだけで施策の良しあしを判別するのは困難です。たとえば『400%』など限界値を決めておき、それを下回る施策は新規獲得相対CPAの実績も併せて確認しながら、投資を継続するか判断する。こうした運用がお勧めです」
わかりやすいコンバージョン指標に引っ張られない判断基準のもち方
2. ラストタッチだけで施策を評価している
チャネルが増え、消費行動の可視化が複雑になりつつある昨今、「『コンバージョンする直前に広告と接触したか』を評価基準とする、ラストタッチだけで広告効果を計測するのは危険」だと中野氏は強調。その理由を次のように述べた。
「新規顧客は最初に広告と接触した後、検索エンジンで情報を集めたり、SNSの口コミを見たりと、購買に至るまでのジャーニーがリピーターよりも長くなる傾向にあります。ラストタッチのみに目を向けると、顧客との出会いのきっかけとなった広告や施策が軽視されてしまい、ラストタッチのみで獲得できる施策、つまりはリピーターとの接点をもちやすい施策に評価が偏るため、自らリピーター偏重を招くことになりかねません」
そこで中野氏は、「複数のアトリビューションモデルを用いて評価をする」という解決策を提案した。
「上位ファネルの施策は、その他の施策にラストタッチを奪われやすいため、既存の指標だとなかなか正当な評価を得られません。そこで、集客施策を『ボトム施策(指名検索、リターゲティングなど)』と『ミドル施策(一般検索、SNS広告など)』に分類し、『ラストタッチ』『全接点』『全接点+クロスデバイス』といったように、複数の指標をもって分析を進めましょう」
適切なアトリビューションを用いたことで、ある通信インフラサービスを扱う企業では、ミドル施策のラストタッチ評価を「1」とした際の全接点+クロスデバイスの変化率が、2.4倍にものぼると判明したそうだ。分析に新たな視点を加えたことで、これまで見逃していた貢献度の高い施策が可視化できた良い例だといえる。
3. 指名ワードも含めてROAS評価を行っている
指名ワードは、ブランドや商品・サービス名を既に認知している顧客が集まるため、当然ながらコンバージョンにもつながりやすい。これを含めたROAS評価を行うのも、リピーター偏重の原因になりかねないため、注意が必要だ。中野氏は「他の施策が過小評価され、ROAS全体の数字を適正に見られなくなる」と警鐘を鳴らす。
「たとえば、費用割合で見ると5%しか出稿していない指名ワードの広告が、5割近くの収益を占めており、ROASが数千%を記録するといったケースは珍しくありません。すると、他の施策の影響が薄まって見えてしまいます。また、なんらかの理由で指名ワードの広告効率が悪化した際に全体数値も大きく下がり、他の施策の貢献度が相殺されてしまう点もこうしたROAS評価の弊害です」
これに対する策として中野氏が提示したのは、ここまでのアドバイスでも触れてきた「そもそも広告ROASで評価しない」こと。「トータルROAS」「新規獲得相対CPA」「広告ROAS」の順に評価していく、ラストタッチだけに目を向けないといった前出のポイントは、持続的な成長を目指す広告運営において欠かせない要素だ。
4. 施策経由の新規・リピーター割合を把握していない
ここまでの解説からもわかるように、複数の広告施策が走る中で個々の特性を踏まえたパフォーマンスに目を向けないのは、効率の悪化やリピーター偏重を自ら招いているようなものだ。新規顧客とリピーターの割合が適正なのか、投資比率を変えるべきなのかといった現状把握は「顧客IDを使って判別した上で、キャンペーンレベルで数字を見ていくのがふさわしい」と中野氏は説明。さらにこう補足した。
「キャンペーン全体のCPAは同程度でも、新規獲得相対CPAに目を向けたら何倍もの差があった、といったケースは珍しくありません。こうした点を踏まえ、Google、Criteo、Metaなどの大手プラットフォームも新規顧客獲得に特化した機能に力を入れ始めています。中長期の成長を見据えるのであれば、これらの活用は必須です」
5. 売上目標はあるが顧客数の目標がない
この項目について、中野氏は西口一希氏の著書『企業の「成長の壁」を突破する改革 顧客起点の経営』(日経BP)の内容に触れながら「顧客数の現状把握」の大切さを説いた。
「売上は『顧客数×単価×頻度』で割り出せますが、同書によると自社の顧客数を『実際に把握していた企業は日系で43%程度』だそうです。
顧客数がわからなければ売上を作るための掛け算が大ざっぱになり、目標数値も設定できないはずですが、大多数の企業が売上やROASを判断基準にしています。結果、短期的に売上を伸ばすような“その場しのぎ”が効いてしまい、持続的な成長につながる新規顧客の獲得や顧客理解など、中長期の成長のために必要な取り組みが後回しにされがちです」
たとえば、昨今は物価高により商品価格そのものが上昇しているケースも少なくない。すると、販売数量は同じでも必然的に売上が上がるが、足元の顧客数に目を向けられているだろうか。中野氏はこうした例を挙げつつ、課題解決に対するアプローチとして「新規顧客数の目標を定める」といった項目を提示した。
「新規顧客数の目標がなければ、リピーター偏重に陥った際に気づきを得るきっかけや、対策を打つタイミングを逃してしまいます。成長の停滞が顕在化しないよう、常に新規顧客獲得のためにどんな工夫ができるか考えられる土壌を作りましょう」
最後に中野氏は、各項目を振り返りながら次のようにまとめ、セッションを締めくくった。
「繰り返しになりますが、自動化によるROAS最適化は、意図しないリピーター偏重につながる恐れがあります。この意識をもって『まずはROASを疑い、“評価”ではなく“分析起点”として使いましょう』とお伝えしたいです。
また、新規顧客数の目標を定め、施策ごとの新規率を把握しながらトータルROASが基準値を超えるまではしっかりと施策の成果を伸ばす。このようなチャレンジが未来の事業成長につながります。
当社はEC支援に特化したサービスを提供しています。売上に停滞感をお持ちの方がいらっしゃいましたら、効果的な打開策をご提案いたしますので、ぜひサポートさせてください」