顧客インサイトの把握・分析で売上停滞期を脱出
EC運営の課題に対し、日々PDCAを回しながら改善に取り組んでいる事業者がほとんどだろう。SNSの運用やSEO対策、キャンペーンのオファー、離脱の防止対策、ロイヤリティプログラム、CRM施策と、売上拡大を図るアプローチは多岐にわたる。
工藤氏はこれらを「改善のループ」と定義。「正攻法であり、ECをグロースさせるための基本的な取り組み」と位置付けた上で、次のように指摘する。
「改善ループは、事業者が疲弊していく可能性のあるアプローチ方法でもあります。ターゲットの刈り取りや改善の頭打ち、ついには売上の踊り場を迎えてしまうからです」(工藤氏)
この前提にあるのが、事業の成長段階ごとに立ちはだかる売上の壁だ。多くのEC事業者が、立ち上げ期・拡張期・成長期の3段階で、売上成長の停滞期を迎えるという。この停滞期の壁を突破できないと、将来的には利益が減少、長期視点での売上目標の未達成などにつながってしまう。
そこで、工藤氏と岩崎氏は「CXコマース」を提唱する。CXコマースは、改善ループに「改革ループ」を付加するEC設計のことだ。
「『改革ループ』は顧客のインサイト、つまり感情を把握・分析して、コミュニケーション設計をする中長期的なアプローチ方法です。顧客体験(CX)視点でのアプローチともいえます」(工藤氏)
改革ループが必要になる背景には、SNS・コンテンツプラットフォームに向ける顧客の目線が深く関係している。広告やPRといった、事業者が伝えたい内容にはフィルターがかかってしまい、十分に顧客に届かない。そのため、顧客に寄り添ってアプローチする視点が重要なのだ。
「初期ファン」と「話題化後ファン」の違いを発見
改革ループについて「まずは、EC上で顧客がどのような気持ちで、どのような購買行動をとっているかを把握する必要があります」と工藤氏。電通が独自で実施した「ECでの買い物行動調査」の結果を提示する。
本調査は、顧客を大きく2つの属性にわけて比較検証したものだ。ブランドが立ち上がった初期に商品を購入した顧客を「初期ファン」、店頭販売やCMが開始したタイミングで商品を購入した顧客を「話題化後ファン」と設定。調査の結果、「成長段階ごとに顧客の意識・行動・考え方の属性が異なる」ことがわかったという。
まず工藤氏は、彼らの欲求意識を比較した。初期ファンは「人から好かれたい・一目置かれたい・よく思われたい」など、他社の存在が強い傾向にある。一方、話題化後ファンは「セクシーな体験をしたい」「リラックスしたい・のんびりしたい」と、自身の楽しさを重視する傾向が見られた。
「初期ファンはベクトルが外向き、話題化後ファンはベクトルが自分向き」と、工藤氏は結果を分析する。
次に買い物意識では、初期ファンは「商品の開発ストーリーや企業・ブランドの商品への思いを知ってから購入したい」がトップだった。それと比較して話題化後ファンは、「迷ったときは、人気のある商品や無難な商品を選ぶ」傾向があった。
また、商品やブランドをはじめて「知った」情報源では、初期ファンは「企業・メーカーの公式通販サイト」「Amazon・楽天市場・Qoo10などの総合通販サイト」が上位。話題化後ファンは、「企業・メーカーの公式LINE」「新聞・雑誌の記事」が1位、2位を占めた。
「初期ファンの回答からは、アンテナの高さがうかがえます。類似商品を検討し、他ECサイトやモールで買い回りする傾向があるのでしょう」(工藤氏)
ブランドとユーザーの関係では、評価軸が明確に分かれた。初期ファンは「私たちの求めていることをやってくれる」といった意見が上位。評価軸の主語が「自分」になっている。しかし、話題化後ファンは「このブランドを食べたり、見たりすると、仲間・コミュニティの一員になれる気がする」という回答が上位に入っており、主語がブランドとなっている。
このように、初期ファンと話題化後ファンでは意識に差がある。つまり、ECの成長フェーズに合わせた戦略設計が「成長し続けるEC」の重要ポイントになり得るということだ。そして、こうした効果的な購買体験設計を電通グループでは「CXコマース」と定義している。
入り口は「ポジティブ」に、ブランド確立後は「安心感」を
岩崎氏からは、CXコマースを実現するための具体的な施策として、「ポジティブな購入動機」「ネガティブを打ち消す安心感」の2つが紹介された。
「EC事業の立ち上げ期と拡張期には、市場競争に勝つ必要があります。そのため、ポジティブな購入動機やわくわく感など、購入動機を提供する施策が重視されます」(岩崎氏)
ポジティブな購入動機の提供方法は商材の特性によって様々。岩崎氏は「顧客に寄り添う1to1コミュニケーション」「エンターテインメント性のある購買体験」「希少品の期待感を醸成するストーリー」を例に挙げる。
ポジティブな購入動機を提供しブランドの魅力が確立されると、次に迎えるのが「成長期の壁」だ。
「ポジティブな購入動機の提供だけでは売上が伸びない時期がくる。そこで必要なのが、ネガティブを打ち消す安心感などの提供だ」と岩崎氏は提案。「LINEの公式や企業のECサイト、商品レビューの存在」「店頭やポップアップストアなどの販売チャネル展開、マスメディアへの露出」「カスタマー対応」といった例を共有した。
悩み相談をあえてAIに 小林製薬のCXコマース事例
岩崎氏は、CXコマースの特徴を踏まえ、共感によるポジティブな購入動機の醸成に成功した一例として、AIチャットボット型のウェブ接客ツール「命の母AIお悩み相談」を紹介した。これは、小林製薬が提供するサービスだ。女性の更年期障害や生理、PMSなどデリケートな悩みを聞き、寄り添うことに重点を置いた取り組みである。
電通グループは、お悩み診断などのコンテンツを提案する中で、小林製薬よりAI活用の相談を受けた。しかし、顧客に対して一方的にアドバイスや商材レコメンドを送付しても、提供価値として十分ではないと分析。そこで、改めて顧客の悩みの深さ、インサイトに着目したという。
「デリケートな悩みを吐き出せる場として、悩みの傾聴を重視することにしたのです。AIの特性上、何度同じ相談をしても、嫌な顔をしません。人よりAIのほうが気軽に相談できるのではないかと考えAIを使ったお悩みチャットボットを展開したところ、体験した顧客のEC購入ページ送客率が、体験していない顧客と比較して10倍以上になりました」(岩崎氏)
命の母には歴史があり、認知・信頼度もあった。その十分な実績に付加価値を提供。CXが顧客とブランドをつなぐ役割を果たした。
一気通貫でストーリーを演出する3つの方法
岩崎氏はCXコマースの演出について3つのポイントに言及する。1つ目は、出会いのインパクトだ。
「広告クリエイティブや体験会など、自分向けの商品と感じてもらえるような、商品との特別な出会いを演出します。私自身、好きになった商品は、最初の出会いを覚えています」(岩崎氏)
2つ目は世界観に引きずり込むこと。
「このブランドに任せれば、自分のしたいことが叶うと感じるような期待感、わくわくする購買体験を提供します」(岩崎氏)
3つ目は、周囲の人に語りたくなるネタの提供だ。岩崎氏は「その商品の気に入っているところ、独特な成分や製法など、語りたくなるポイントを提供する必要がある」と説明する。
CXコマース実現のためには、商品を認知した顧客のロイヤルカスタマー化に向け、実に多くの顧客接点を一気通貫で展開しなければならない。社内の部署を超えて、一貫したストーリーの演出が必要になる。岩崎氏はこの難しさに触れた上で、最後に電通グループが支援できることを紹介した。
「当グループは、本セッションで挙げたような課題に対応するため、『dentsu EC growth』を立ち上げました。CXコマースの考え方をベースに、立ち上げのコンサルティングからフルフィルメントの領域までフォローします。『売上の壁を突破したい』という事業者は、ぜひお問い合わせください」(岩崎氏)