月間約65万円、年間約780万円もの被害額を可視化
廣瀬氏は、CHEQ(チェク)の紹介からセッションを始めた。2016年にイスラエルで創業した同社は、全世界に200名強のエンジニアを抱えている。その80%以上が、世界トップクラスの暗号読解やサイバーセキュリティ技術をもつイスラエル軍の特殊部隊出身だ。
同社が主に提供するソリューションは、「有料メディアマーケティング投資の保護」「ウェブサイトのプライバシーとコンプライアンスの強化」「ウェブサイト上の不正ユーザーによるコンバージョン対策」「正確なデータの確保」の四つ。日々、不正トラフィックから企業を守っている。
「多くの企業は、消費者へ会員登録や商品購入などを促すために、デジタル広告を出稿しますよね。しかし、オンライン上には、不正クリックで利益を得ようとするユーザーが存在します。こうしたユーザーへのデジタル広告の提供をブロックするのが、当社の役割です」(廣瀬氏)
日本ピザハットは、不正クリックの防止を目的に、CHEQのソリューションを導入している。現在、「ピザハット」の注文は約80%がオンライン経由だ。その背景には、検索広告を中心としたデジタル広告による訴求がある。薮内氏は「数年前から社内で不正クリックへの対応が検討され始めた」と明かす。
「当時のマーケティング界隈では、アドフラウドが問題視されていました。そのため、当社も対策の必要性を感じていたのです。しかし、そもそも自社がどの程度の被害を受けているのか、実態すら掴めていない状況でした」(薮内氏)
そこで同社は、CHEQの無料セキュリティ診断を実施。すると、不正クリックによって月間約65万円、年間にして約780万円もの被害額が発生していると判明した。
「想像以上の被害額に、非常に驚きました。不正クリックの大半は、AIやボットによるものです。検索広告のプラットフォームでもクリック数やインプレッションは確認できますが、その内訳まではわかりません。広告投資に対して大きな被害が出ていると、初めて実感しました」(薮内氏)
廣瀬氏は、「プラットフォーマーも様々な対策を実施しているが、不正クリックを完全には防げない」と解説。「当社のソリューションでは、各媒体でどの程度の不正クリックがあったか、どのような手法で行われたかが確認できる」と補足した。
無駄な広告投資を削減、マーケティング効果の向上へ
続いて、廣瀬氏が薮内氏にCHEQのソリューションの選定理由を質問。薮内氏は大きく二つのポイントを紹介した。一つ目は、「具体的かつわかりやすいデータの提供」。二つ目は、「きめ細かいサポート体制」だ。
「ほかにも不正トラフィック対策ツールは多くありますが、CHEQの場合、担当者が当社の事業内容を理解した上で支援してくれました」(薮内氏)
実際、日本ピザハットでは、CHEQのソリューション導入後に、不正クリック率が約80%減少する成果を得られた。しかし、一度収束したかに見えても、再び新たな被害が発生するケースは珍しくない。セキュリティ対策は“継続”が不可欠だ。薮内氏は、「機械には機械で対抗する必要がある。人為的な対策が効かない時代」と強調した。
「不正クリックが放置されていると、A/Bテストを実施しても正しい判断ができません。マーケティング施策の効果を正確に評価する意味でも、ツールの導入は重要でした」(薮内氏)
また、検索広告のCPCやCPAの数値にも改善が見られている。薮内氏は「様々な外的要因が影響しているが、不正トラフィック対策による効果も大きいはず」と説明した。
こうしたデータ上の改善に加えて、もう一つの大きな変化が社内の認識だ。効率化を追い求める姿勢から、まずは土台を整える考え方に変わったという。
「マーケティングでは、デジタル広告に投資する分、それに見合う効果を求められます。より効率的に収益を上げるには、正確なデータを取得して分析しなければなりません。しかし、この数年は“不要なデータを排除する”という視点が抜けていました。不正トラフィック対策は、データ分析の方法を見直す良いきっかけになったと思います」(薮内氏)
「多くの方は、検索広告で大量の不正クリックが発生していると想像していないでしょう。日本ピザハットは、現状を把握した上で適切な対策を実行し、ビジネス全体が良い方向に向かっています。既に約80%がオンライン経由の注文ですが、その比率はますます増えていくはずです。不正クリックの防止が“主戦場を守る”ことにつながります」(廣瀬氏)
不正クリックによる報酬が不法取引に流用されることも
元々、日本ピザハットは他社のセキュリティツールを導入している。そのため、開発チームは「既に対策を行っているから安心」と認識していた。薮内氏も「新たなツールの必要性を感じていなかった」と振り返る。
しかし、前者で防げるのは不正クリックではなく、ウイルス感染やサイバー攻撃などによるサーバーダウンだった。CHEQのソリューションを導入したことで、他社ツールとの対応範囲の違いを知ったという。
「セキュリティ対策には、複数のツールを使い分ける必要があると気づきました。自社ECサイトを運営する以上、常に脅威にさらされていると認識しなければなりません。『自社が被害を受けることはないだろう』と考えていても、知らない間に広告費が無駄になっている可能性があります。企業の皆さんには、今一度、自社のセキュリティ体制を見直してみてほしいです」(薮内氏)
CHEQは、不正クリックの発生元などを可視化した詳細なレポートも提供。実際の被害や対策の効果が数値でわかるため、日本ピザハットの開発チームのデータ分析に役立っている。
「社内のセキュリティ体制を改善するための分析に、当社の提供データを活用いただけて、非常に嬉しいです」(廣瀬氏)
セッションの最後に、廣瀬氏は薮内氏に対して視聴者へのメッセージを問いかけた。すると、「広告費の最適化」「社会的責任の重要性」「広告業界の健全化の実現」という三つのトピックスが挙げられた。まず、「広告費の最適化」では、積極的な知識のインプットが重要となる。
「私のモットーは、“やってみなければわからない”です。セキュリティ対策は、テスト導入を繰り返しながら、知識を増やす必要があります。そもそも、ベースが整っていなければ広告費を最適化できません。どの程度の不正クリックが発生しているのか、現状把握から始めましょう」(薮内氏)
また、薮内氏は、プラットフォーマーだけではなく「企業にも不正クリックを排除する社会的な責任がある」と語った。
「不正クリックの手法は変化し続けています。デジタル広告に関わる企業が協力し合って、排除していきたいですね」(薮内氏)
そうした取り組みが、「広告運用の健全化」へとつながっていくだろう。
「たとえば、プラットフォーム側に不正クリックの発生を申請すると、広告費が戻ってくるケースがあります。こうした仕組みも、皆さんに知ってほしいです。地道な取り組みの継続で、広告運用の健全化が実現できるのではないでしょうか」(薮内氏)
「不正クリックで発生した報酬は、間接的にオンライン上の不法な取引市場に流用されることもあります。広告主が行っている消費者を幸せにするためのビジネスが、結果的に不正の手助けをしてしまうかもしれません。当社も引き続き、デジタル広告とオンライン上の安全を守れるように努力します」(廣瀬氏)