すべての施策を取り入れても改善はしない
編田氏には以前、インクが行っている支援内容とEC運営に必要なインハウス化の考え方を解説してもらった。それに加えて今回は、具体的な事例を取り上げる。
1997年に創業後、TVCMや雑誌などのメディア向けに、撮影小道具やインテリアのリースショップを運営してきたビタミンシーエム。現在はリース業に加え3つのブランドを持ち、実店舗とECサイトの両軸でヴィンテージ家具を販売している。
そのうちの1つが、インクの支援によりEC事業を立ち上げ、運営を軌道に乗せた「Tokyo Apartment Store」だ。
「東京にはインテリアのセレクトショップがあふれていますが、より個性的な商品だけを集めて販売したいと思い、Tokyo Apartment Storeを立ち上げました。ただ、深く狭い領域の商品を扱うため、多くの人に知ってもらうには、実店舗だけでなくEコマースによる販売も必要だと考えていました」(鵜飼氏)
Tokyo Apartment Storeの立ち上げ当初より、EC事業の開始も視野に入れていたビタミンシーエム。同ブランドの実店舗を2021年10月にオープンし、2022年5月にECサイトを開設した。しかし、EC事業を始めるにあたって、当初は社内リソースに課題を抱えていたという。
EC運営の経験者として岡安氏が在籍していたものの、サイト構築や広告施策などの知識まで持つ社内スタッフがいなかったのだ。岡安氏はEC事業の立ち上げに向けて奮闘していた当時の状況をこう振り返る。
「はじめは、サイト構築の方法や効果的な広告施策など、必要な知識をウェブで検索しながら自力でのEC運営を目指していました。しかし、どこから手を付けて良いのか、またどれが自社に合っているのかがわからず、とにかく知った情報を1つずつ試している状態でした」(岡安氏)
長年、実店舗のみで事業を拡大してきたビタミンシーエムのような企業にとって、EC事業への参入は特にハードルが高い。編田氏は、「同様の課題を抱える企業が多い」と指摘する。
「オンラインでの販売に慣れていないと、ウェブなどから知ったECサイト構築方法や広告施策をすべて実行しようと試みてしまいます。しかし、実際にはリソースと知識が不足しているため、時間をかけても販売チャネルとしてECサイトが育たないケースが多いです。結果的に『やっている感』だけが残ってしまうのです」(編田氏)
この状態から抜け出すため、ビタミンシーエムはインクに支援を依頼。支援開始から2ヵ月後には、Shopifyで構築したECサイトをオープンした。
ビタミンシーエムは依頼時より、将来的なEC事業の自走を見据えていた。そのため、合計で1年ほどインクの支援を受けながら、EC運営が社内で完結できる体制を整えてきた。今では社内スタッフのみで、ECサイトの構築から顧客の獲得、売上増加に向けた戦略の策定までこなせるほどに成長している。
既存人材を育てればブランドの横展開にも効く
Tokyo Apartment StoreのECサイト構築にあたってインクは、「コーディングとは何か」といった基礎的な知識のインプットから始めた。
「コーディングが何かわかれば、逆にノーコードとは何かがわかります。Shopifyはノーコードで活用できる機能が多いので、自社内でどこまでできるのか全体像が把握しやすいのです。その上で、応用としてUXのノウハウも提供しながら、ECサイトのオープンまで完了しました。
それと並行して、原価や物流費、広告費などのコストシミュレーションも重要なポイントでした。シミュレーションした上で、サイト構築や商品登録を行う必要があるからです。広告費に毎月いくら投資できるのか、売上目標を達成するにはどの程度のコンバージョン数が必要かなど、『目標の軸』をビタミンシーエムと伴走しながら設定しました」(編田氏)
軸が定まれば、それに対して打つべき施策を検討できる。さらに施策の実行後は、効果測定、分析、次なる施策の実行へとPDCAサイクルを回していく。EC運営における一連の流れを経験しながら、ビタミンシーエムの社内スタッフが徐々に知識を身に付けていった。
岡安氏は「インクに支援を依頼したことでブランドに合ったEC運営ができている」と話す。
「ウェブ上では、『ニュースレターをやるべき』『Instagramで顧客接点を作るべき』『LINEが顧客獲得に一番良い方法』など、様々な情報がありました。それらの施策をすべて実行したかったのですが、リソースが足りず、どれもアカウントはあるけれど深く取り組めていない状況でした。しかしインクから、Tokyo Apartment Storeの扱う商品のビジュアルが活かせるInstagramを基点に、顧客と密な関係を構築するロイヤルカスタマー戦略を講じるのはどうかと提案されたのです。
提案を参考にInstagramを利用したライブ配信や限定キャンペーンなどを行うと、そこから商品を購入してくれる顧客が現れました。現在は、ECサイトだけでなく実店舗にも、『Instagramを見て来ました』という顧客が増えています」(岡安氏)
ECサイトの売上だけでなく、実店舗への送客という副次的な効果も生まれているのだ。ビタミンシーエムのようにリソースが限られる場合は、その中で伸ばせそうな施策を絞って実行することで、着実な成長が見込める。
Tokyo Apartment StoreのECサイト立ち上げからインクの支援を受け始めたビタミンシーエムだが、他にも「&VINTAGE」「SUPER VINTAGE」といったブランドを、実店舗とECサイトの両軸で運営している。この多店舗展開にも、インクの支援が活きている。
「当社では作業ごとに担当が分かれていますが、ECを通じた売上や施策などを共有するミーティングは社内スタッフ全員で行っています。そのため、私や他の担当者が得た知識や行った施策などを、社内スタッフ全員が同じレベルで理解できている状態です」(岡安氏)
「リース業も含めて多店舗展開しているので、社内では異動もあります。誰かが異動したから業務が滞るという状態は、避けなければなりません。そのため、1人ひとりのレベルアップは当然ですが、会社全体でノウハウを共有することで、全体最適できているのだと思います」(鵜飼氏)
一度、EC事業のインハウス化を行えば、その後も効率的にブランドを横展開できる。将来的な事業成長を踏まえると、半永久的に外部へ業務を委託するのではなく、自走を前提にノウハウを取り入れるほうが、メリットが大きいだろう。
自社商品の魅力は自社が伝える
ビタミンシーエムのEC運営が軌道に乗り始めたのは、業務をインハウス化できたからこそ。編田氏は、EC運営において「他社に丸投げせず社内スタッフで回していくことが重要だ」と、改めて強調する。
「社内スタッフは、当社のような支援会社や代理店よりも商品・ブランドへの知識や想いが強いはずです。SNSのコメント対応やECサイト内の商品写真の見せ方など、社外の人間が行うよりも、より現場に近い社内スタッフが直接行ったほうが顧客に響きます。
また、スピードという点でもインハウス化は効果的です。たとえば代理店からレポートを毎月もらい追加改修の提案を受けても、実際に改修に着手するまで1ヵ月かかることもあります。その分の予算を確保するにも時間がかかり、その間にデータは古くなってしまいますよね。自らECサイトの改修やGoogle Analyticsを使った分析などができれば、やりたい施策をその場ですぐに行えます」(編田氏)。
ビタミンシーエムは、これまで行ってきたリース業だけでなく、Tokyo Apartment Storeをはじめとした販売業でも順調に成長している。その後立ち上げた&VINTAGEのECサイト構築は、外部からの支援を受けず社内で行った。
広告施策もブランドのコンセプトに合わせて、Tokyo Apartment Storeではうまくいかなかったテキスト広告の配信を検討するなど、これまでに得た知識を応用している。
さらに2023年4月1日には、高価格帯のインテリアを販売する新店舗としてSUPER VINTAGEのECサイトもオープンした。富裕層をターゲットにアート作品なども扱うため、実店舗でコンシェルジュが丁寧な商品説明をするという。
同ブランドについては、インクが事業構想や集客施策といったビジネスの上流部分の相談に乗り、ECサイト構築は社内で実施。新事業への挑戦も、徐々にインハウスで実現できる体制が整いつつある。
鵜飼氏は、「まずはこの3ブランドで安定した売上を立てられるよう育てていきたい」と語る。これからの事業拡大を意識しながらも、しっかり土台を固める段階にあることがうかがえる。
「今ある事業が成長した先には、インテリアの販売だけでなく、リース業の形態も見直して新たな展開を検討したいです。サブスクや新商材へのチャレンジも視野に、現在運営しているECサイトへの注力を考えています」(鵜飼氏)
コロナ禍で追い風を受けたEコマース。サイトをオープンしたは良いものの、結果が付いてこないという企業は少なくない。実店舗のみで事業を行ってきた企業であれば、なおさらだろう。インクのEC総合支援は、こうした企業の新たな一手となる。
「ビタミンシーエムのように、オフラインで事業に成功した企業は多くあります。しかし、現在はオンラインへの転換が不可欠な時代でしょう。これまで展開してきた商品やサービスは素晴らしいのに、オンラインへの展開で苦戦している。そんな企業への支援を、当社は今後も続けていきます。また社会貢献という意味でも、インハウス化支援を通じたデジタル人材の育成を行っていきたいです」(編田氏)