年末商戦施策に顧客が抱く不満 エンゲージメント構築に必要な3つの要素とは
オンラインでものを購入する行動が日常化しつつある中で、消費者はより快適な購買体験を求めている。それは、裏を返すと「できていないサービス」に対して厳しい目を向けつつあるということでもある。その姿勢を端的に表すものとして、森田氏は2020年9月にForbesへ掲載された記事「E-Commerce Sales Will Explode This Holiday Season, Putting Retailers’ Online Strategies To The Test」から「顧客の年末商戦施策に対する不満」を紹介した。
同記事では、顧客がとくに不満を感じているものとして、「小売業者が最近購入した商品のオファーを送ってくること(34%)」「無関係なオファーを送ってくること(33%)」「既存の顧客として認識してくれないこと(31%)」などが挙げられており、消費者の49%が「その年のホリデーシーズンに、パーソナライズされたコンテンツやオファーを送ってくれる小売業者から購入する可能性が高い」と答えている。つまり、画一的なメッセージではなく、パーソナライズした上でタイミングよくメッセージを送ることが、顧客体験を高める上で非常に大切になっているというわけだ。
では、はたして1人ひとりの顧客とエンゲージメントをどのようにして構築するとよいのだろうか。また、適切なタイミングで、適切な内容を情報提供し、自社のブランド価値や売上につなげるにはどうすべきなのか。
こうした課題を解決するべく、2011年にアメリカ・ニューヨークで誕生したのがBrazeだ。イギリス・ロンドン、アメリカ・サンフランシスコと拠点を広げ、2020年10月に東京で日本法人 Braze株式会社を設立している。
同社が提供するカスタマーエンゲージメントプラットフォーム「Braze」は、プッシュアプリ内のメッセージやウェブのポップアップ、SMSなど、複数の顧客接点でリアルタイムかつ一貫性のあるコミュニケーションを実現できることが特徴だ。日本ではまだ提供から日が浅いものの、グローバルではForresterやGartnerといった調査企業から常に高い製品評価を取得している。2021年6月時点でGAPやメルカリ、楽天などの小売・EC事業者に加え、バーガーキングやケンタッキーフライドチキンなど、世界に1,000社以上の顧客企業を擁し、月間300億人のアクティブユーザーをサポート。とりわけ近年では、実店舗とデジタルを融合させたOMO推進にも活用されるケースが増えていると言う。
続いて、こうした活動を行う中で、Brazeが顧客エンゲージメントを高めるために重視している3つの要素が紹介された。まずひとつめは「リアルタイム」。これは購入前や購入後、商品・サービスの利用時など刻一刻と変化する顧客の深層心理をリアルタイムでとらえ、それぞれに適したメッセージを送ることを指している。そして、ふたつめは「スケーラビリティ」だ。パーソナライズメッセージを一度に大量作成できるシステムと、他システムとの連携性がここに該当する。
3つめに紹介された「オムニチャネル」は、スマートデバイスの普及、顧客の活用するチャネルの多様化を踏まえ、好まれるチャネルを用いて適切なタイミングで配信を行うことを指す。森田氏は「Brazeはこれら3つの要素を兼ね備え、ブランドと顧客の絆、つまり真のエンゲージメント構築を実現できる」と強調した。
中長期的なLTV向上を意識 顧客に合わせたアプローチを行うメルカリ
それでは、具体的にどのようにしてエンゲージメント構築を行うとよいのだろうか。ここからは、山梨氏が従来型の「結合された」マーケティングクラウドからメッセージを受け取った顧客が抱える不満を紹介した。実際に寄せられた声としては、「昨日実店舗で買った商品の割引キャンペーンがメールで送られてくる」「メールとプッシュ通知とLINEで一斉に同じキャンペーン内容が送られる」「在庫切れの商品の案内が届く」といったものがあるが、山梨氏は「Brazeはこれらの課題に対する解決策を持っている」と説明した上でこのように続ける。
「Brazeでは、顧客情報や在庫状況をリアルタイムで取得し、条件分岐を設定することで容易に最適なキャンペーンを案内することができます。各顧客が見ているチャネルを把握し、最適なチャネル、頻度、順番でメッセージを配信することも可能です」(山梨氏)
こうした対応を実現できるのは、Braze内に各チャネルがすでに標準実装されているからだ。ひとつのデータベースとして統合されているため、チャネルごとのデータの分断を防ぎ、各顧客に最適なチャネル選定を行えるようになっている。さらにノーコードで生産性の高いマーケティング施策が実行できる点も、大きなメリットと言えるだろう。
「管理画面を操作するだけで、あらゆるマーケティング施策の設計と実行が可能です。そのため、外部のSIerや社内のIT部門に依頼していた工数を削減するほか、マーケティングチーム内で施策の実行・収益貢献度の振り返りが行えるようになり、高速でPDCAを実現できます。顧客中心のエンゲージメント実現には、目的に合わせたテクノロジーが必要です」(山梨氏)
そして、Braze活用の実例として、メルカリの取り組みが紹介された。ひとつめは「リアルタイムな購買状況の分岐によるレコメンデーション」だ。
多くのECサイトが、カートに入れた商品が一定期間以上購入されない場合にメールなどで通知を送る「かご落ち施策」を行っているはずだ。メルカリもカートに入れた商品が2時間後にまだ販売されている場合は、プッシュ通知でリマインダーを送っている。その際、類似商品についても在庫の有無を確認し、存在する場合はリコメンデーションを加えた上で送付、存在しない場合はリマインダーのみを送付するといった分岐を設けていると言う。
同社はこまめな設定変更により「WHOとWHATを見極めた施策」を実行。プッシュ通知の開封率は業界平均の1.4倍以上を記録している。山梨氏は「グロースのプラットフォームとしてBrazeを活用し、顧客に響く施策を考えながら、数々の施策を素早く動かすことを心がけて積み重ねた結果、数字に反映された」とメルカリ担当者のコメントを紹介した。
加えて山梨氏は、メルカリが実践する顧客ごとに心地よい配信頻度を自動調整する機能を活用した施策を紹介。同施策では、「通知開封率の予測モデルを顧客ごとに構築し、Brazeと連携させることによって配信頻度を自動調整している」と説明した上で、このように強調した。
「ぜひお伝えしたいのは、短期的な売上や成果よりも中長期的なLTVを見据えることの大切さです。たしかに配信頻度を絞ることで、一時的に配信数や開封数といった絶対数は減ってしまいます。しかし、そうすることで顧客の反応率が劇的に向上し、オプトアウトも減少すれば中長期的なLTV向上につながります」(山梨氏)
エースブランドが成功している秘訣は? 差がつくふたつのポイントを紐解く
ここからは、森田氏がBrazeを導入する世界1,300ブランドのインデックス測定結果を紹介。同測定では、人員が足りているか、評価や組織が存在するかを示す「チーム」と、顧客とのコミュニケーションを適切に行えるチャネルやデータ活用環境、成功指標の有無を示す「技術」の2軸で、カスタマーエンゲージメントを実施できる環境にあるかどうか、また取り組みのレベルはどの程度のものかを評価している。
Brazeでは、2軸の推進レベルに応じて「エース」「アクセラレート」「アクティベート」と分類を行っている。結果としては、エース 17%、アクセラレート 49%、アクティベート34%という状況だ。森田氏は「ポイントはエースとそのほかとの違い」と語り、とくに大きな差が出ているポイントをふたつ挙げた。
実験をしている
エースに分類されるブランドは、ウェブサイト上やメッセージ配信のABテストを行った後に、BIツールなどを通してチーム横断で情報交換を定期的に行うことができている。かつ、複数の変数と詳細なオーディエンスセグメントでテストを実行しながら、複数のテスト・分析を間を空けることなく継続的に実践している。
チャネルの統合ができている
同調査では、エースに分類されるブランドの80%が「複数チャネルでのカスタマーエンゲージメントを構築できている」と回答。加えて、「複数チャネルをまたいだコミュニケーションが、複数ではなく単一のプラットフォームで簡潔できている」「自動識別にて顧客ごとに最適なメッセージチャネルを判定できる仕組みを採用している」と答えた割合が、ほかの調査項目と比較して高くなっている。
「こうした取り組みを実現すればするほど、エースに近づくことができます。とくに小売・EC業界は61%が『2020年よりもマーケティング予算増大を計画』し、44%が『顧客満足度指標とカスタマーエンゲージメントへの投資増大を計画』していると答えており、これは他業界と比較しても多い状況です」(森田氏)
実際に複数チャネルでのコミュニケーションを実現することで、どの程度数字に差が出るのだろうか。森田氏は「クロスチャネル型 エンゲージメント戦略の効果」としてエースとそれ以外のウェブサイトに来訪する顧客のアクティビティを紹介。
「顧客ひとりあたりのセッション数は5.8倍、顧客LTVは3.2倍もの差がついており、90日間のリテンション率については73%増となっています。メールでメッセージを送った後に、それらに合わせた内容のアプリ内プッシュメッセージなどを送付することで、こうした大きな成果を得ることができます」(森田氏)
「一足飛びに全チャネル横断は難しい」と補足した上で、森田氏はスモールスタートで徐々に広げていくことを提案。実際にメルカリなど多くの企業においても、約3年の時間をかけて少しずつチャネルを増やしていると言う。
「ただし、一般的にはチャネルを追加する際に多くの開発工数がかかります。また、チャネルが増えるとメッセージ量も増加し、ランニングコストも増加します。そのような環境で企業が成長を描くことは困難です。それに対してBrazeは、適切なチャネル成長のフローを描くことに最適化されたアーキテクチャとなっています」(森田氏)
次世代のデータ活用とマルチチャネルコミュニケーションをBrazeで実現
複数チャネルでのコミュニケーションを実現し、エンゲージメントを深めるためには何をすべきか。提言を進めるにあたり、森田氏はマッキンゼー・アンド・カンパニーが2020年9月に発表した「デジタル革命の本質:日本のリーダーへのメッセージ」を取り上げた。
同メッセージでは、つぎはぎの「デジタル改善」を行っても「数%しか利益の変化はない」と言及されている。目指すべき「デジタル改革(DX)」は、API・クラウドなどを活用して柔軟なシステム環境を作ること、新しいアーキテクチャを活用・機能させることが基盤として要求されている。そしてトライアル・アンド・エラーが可能なアジャイルに変化する環境を、横断的に用意することが重要である。これらにより数十%以上の効果を得ることができると見込まれている。
そしてもうひとつ、森田氏は経済産業省の「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」を紹介。レガシーなシステムを使い続ければ、2025年には日本全体で約12兆円ものマイナスとなり、その後も継続的にマイナスを垂れ流すと同レポートでは試算されている。「APIを活用したアーキテクチャの選択、変化への対応、新たなサービスを試すことができる環境構築が重要なポイントとなっている」と森田氏は補足した。
こうした時代の変化に向けて、Brazeは次の3つの手法でデータ活用を実現し、あらゆるチャネルに対してリアルタイムなアクションを実現できる体制を構築している。
- API連携による会員データ・商品データベースの取り込み
- Treasure Data CDPやShopifyなどパートナーサービスからのデータ取り込み
- SDKを通し、アプリとウェブ上で取得した顧客の行動やデモグラフィックデータの取り込み
ここで森田氏は、実際にBrazeの管理画面にある「Canvas」のデモを見せた。「いつ・誰に・どのようなメッセージングを行うか」といった連続性あるコミュニケーションのシナリオを描く機能であり、日本語環境も整備されている。前出したさまざまなデータを取り込んだ上でそれらを活用し、あらゆるチャネルに向けたメッセージ作成・配信を実現することが可能だ。
デモンストレーションでは、森田氏がサマーセール実施時を想定して実際にメッセージを作成。タイトル、メッセージやアイキャッチを設定した上で蓄積したデータから顧客の名前や好きなカテゴリーなどを取得、パーソナライズの設定を施した。
同機能では、セグメントの設定もSQLを使わずにプルダウン式で行うことができる。メッセージを送るチャネルとタイミングについては、過去の反応と照らし合わせた自動化に対応しており、たとえば過去にメールでの反応がよかった顧客に対しては、最初のメッセージをメール送信。無反応な場合は追加でSMSを送り、反応があった場合はすぐにアプリでプッシュ通知を送るといったコミュニケーションシナリオも容易に実施可能だ。また、実店舗の近くを通ったタイミングでさらにセール情報をプッシュ通知で届けるといったリアルタイム性の高いコミュニケーションもデモで設定して見せた。まさにオンオフを通して、さまざまなチャネルでコミュニケーションを実現できるのがBrazeと言えよう。最後に森田氏はこのように強調し、セッションを終えた。
「Brazeでは、新しい技術やトレンドに柔軟に対応するAPIを備えています。たとえば、近年利用が増えている『Amazon Personalize』レコメンデーションエンジンとの連携などが容易に実現可能です。さまざまなデータと連携し、あらゆるチャネルに対して適切なメッセージを送ることをアジャイルなアプローチで実現できるBrazeは、顧客とのエンゲージメントに大きく貢献できると私たちは考えています」(森田氏)