オムニチャネルとは、販売チャネルではなく「顧客体験」
――なぜ、これまでは店舗の売上が評価軸となっていたのでしょうか。
樋口 アパレル業界は、会社の下に事業部としてのブランドがあり、さらにその下に店舗があるという仕組みでした。だからブランド同士、店舗同士で競わせながら売上を伸ばしていったんです。けれど顧客のIDが一元で把握できるようになった今、ブランドや店舗を競わせる意味はほとんどない。ひとりのお客さまが自社にどれくらいの金額を使ったか、という発想に転換していく時期なんです。
村田 オムニチャネルとは、チャネル軸の考え方ではなく顧客軸の考え方であり、顧客体験の話だと考えています。きちんと顧客IDを管理しデータを収集・蓄積することが前提であり、すべての戦略を顧客軸から考えていかなければならないんです。顧客一人ひとりのライフタイムバリュー(LTV)を上げるためのサービスや顧客体験を設計したうえで、KPIを設定し、PDCAを回すといった発想。ですが、目標設定や予実管理まで含めて徹底して踏み込んでいる企業は、まだまだ少ないと思います。
――この10年間で、ベイクルーズのEC部門は驚異的な躍進を遂げているように思います。この状況を作るうえで、村田さんとしては思い通りに進まなかった部分もあるのでしょうか。
村田 ここまで来るのに、当初思っていたよりも時間がかかりました。そこにはふたつの理由があって、ひとつは社内の合意形成に時間がかかったことです。ただ、どんな形でも業務プロセスが変わることはそこに関わる人にとって負担となるため、必要な時間だったと考えています。
もうひとつはリソースの問題です。実現したいことが明確になっていても、人材不足といわれているエンジニアを中心とした、デジタル領域の人材をアパレル企業に迎え入れることは簡単ではありません。そこで、僕自身も講演や取材を引き受けながら、ベイクルーズでは積極的にデジタル領域に力を入れているということを発信するなど、デジタル領域の人材のアンテナに届くような努力もしながら、採用を進めていきました。
樋口 ファッション業界では、エンジニアとそれ以外の人の仕事があまりにも違いすぎるため、会話が成り立たないことはよくあります。そこで、そんなIT領域とファッション領域をつなぐための「翻訳」という立場が必須になってくる。村田さんはまさにそのような存在として、ベイクルーズを牽引してきました。