事業成長を左右する既存顧客とのつながり
既存顧客が去っても、新規顧客を獲得し続ければ良い。経済成長が著しい時代には、こうした戦略が通用した。しかし、現在の日本市場はすでに成熟期に突入している。不景気の影響もあり、消費者は新たな商品やサービスに容易に手を出さなくなった。そんな中でも選ばれる企業には、どのような特徴があるのだろうか。
『こうして顧客は去っていく サイレントカスタマーをつなぎとめるリテンションマーケティング』(日本実業出版社/宮下雄治 著)では、購入前だけではなく購入後の満足度にも着目した効果的な施策が、詳しく解説されている。著者の宮下氏は、本書内でこう強調する。
成熟期にあるビジネスでは、すでに自社と取引のある既存顧客をいかにつなぎとめるか、ということが中心課題になります。別の言い方をすれば、「顧客の離脱をいかに最小限に食い止めるか」という点が、マーケティングの重点課題に台頭することになります。
これを踏まえ、マーケターは次のことを常に肝に銘じておく必要があります。
「穴の開いたバケツ」に水を注ぎ続けても、水はたまらない――。(P.53)
自社のビジネスに開いた穴を小さくするには、顧客理解が不可欠だ。顧客がサブスクサービスを解約する際、アンケートでその理由を探ろうとする企業も多く見受けられる。顧客の声を拾いやすい点は、ECサイトなどオンラインサービスの強みといえよう。本書からは、顧客の本音を引き出すアンケート構築のポイントなど、すぐに実践できる工夫の数々が学べる。
単なる良い体験では顧客から選ばれない
自社に足りない要素を発見できなければ、適切な施策を実行できない。マーケティングコストが増加する一方で、顧客が離脱し続ける悪循環に陥ってしまう。宮下氏は「価値と価格が見合っていない」「使い勝手が悪くストレス」など、顧客の離脱要因を10パターンに分けて提示し、消費環境の変化などと併せて説明している。
その一つが、「『ありきたりの良い体験』では物足りない(P.161)」だ。オンライン上で様々な体験ができる今、「便利である」だけでは他社と差別化できない。利便性や十分な品ぞろえに加えて、新鮮さや驚きといった要素を顧客に届ける必要があるという。
顧客歓喜、言い換えれば「大きな感動」は簡単に、そして頻繁につくれるものではありません。小さくても良いので、心に触れる良質な顧客体験を継続して提供し続けることが何より重要です。(P.166-167)
当然、顧客の心理を読み解き、自社の改善点を探し出すことは容易ではない。だが、今後も事業を続けるには、避けては通れない道だ。本書が、これからの顧客との関係性を見つめ直すきっかけになるだろう。