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徐々に曖昧になるD2Cの定義
オンライン上のコミュニケーションが成熟するにつれて、多くの企業が顧客との直接的な接点を持つなど、D2Cの良い面を採用するようになった。日本では、「D2Cはスケールしない」といわれることもあるが、今やD2C=オンラインで直接商品を販売する新興企業ではない。D2Cを、単純に業態などで区別できなくなっているのだ。
昨今は、D2Cブランドが小売店の棚に並ぶ「D2Cの卸売りへの進出」と、小売店を中心に商品を販売してきたブランドが直販を始める「ブランドのD2C化」が進んでいる。また、小売店がプライベートブランド(PB)を通じて直接顧客とつながる「PBのD2C化」の動きも見逃せない。
数年前から始まったD2Cブーム(ブランドの乱立)は、不景気とともに終わりを告げようとしている。先に挙げたような変化は、販売の場がオンラインかオフラインかを問わず、メーカー・卸売業者・小売業者に対し、大きな変革を迫っている。
コスメとファストフードの“異色コラボ”が大成功
D2Cが卸売りへ進出することで、世界的にも小売店の棚が大きく変化した。その成功例といえるのが、低価格コスメを販売する米国の「e.l.f. Beauty(エルフ)」だろう。
エルフの収益報告書は非常にわかりやすいため、興味がある読者はぜひ確認してほしい。同報告書によると、エルフの2023年度第4四半期決算で発表された売上は、前年度比48%増加と絶好調だ。
ウォルマートをはじめ、多くの小売店で商品が購入できるエルフだが、元々はeコマースを主体としたD2Cブランドだった。現在は、オンライン上のコミュニケーションに注力しながら卸売りに進出し、成長を続けている。
エルフのコミュニケーションの特徴は、常に話題の中心にあるSNSと公式アプリを通じたロイヤリティプログラムの二つ。その中で筆者が最も感動したのが、コロナ禍に行われた、ファストフード店「Chipotle Mexican Gril(チポトレ)」とのコラボキャンペーンだ。
このキャンペーンでエルフは、チポトレのショーケースそっくりのメイクパレットを発表した。アボカドや野菜の緑、スパイスのオレンジや赤など、多彩なカラーのパレットは、その見た目だけでもインパクトがある。
しかし、それ以上にエルフのマーケティング施策が素晴らしかった。
コロナ禍で外出の機会が減っていた時期に実施されたこのキャンペーンのコンセプトは、「化粧は人に見てもらうためにするのではない、もっと化粧を楽しもう」。SNSは、瞬く間にこの奇抜なパレットを使って化粧したインフルエンサーやYouTuberの投稿であふれた。
「コロナ禍で化粧する必要がないからしない」ではなく、「コロナ禍だからこそ化粧を楽しむ」というポジティブなアプローチは、エルフのブランド力も強化した。
加えて、顧客とつながった後のCRM施策に、D2Cブランドとして出発したエルフの強みがある。それが、公式アプリの活用だ。
小売店で購入した場合でも、公式アプリで購入時のレシートを読み取れば、顧客はエルフの自社ECサイトで使えるポイントを獲得できる。エルフは、実店舗を新規会員獲得の場と捉えているのだ。
公式アプリでは、オーガニックな品質やクルエルティフリー(動物実験をしない)へのこだわり、サステナブルなパッケージなどの情報とともに、エルフの新商品についての説明が得られる。
小売店側からすれば、顧客がエルフの自社ECサイトへと流れるリスクもあるが、エルフのブランド力を考えると、同社の商品を棚に並べないわけにはいかないのが現実のようだ。そのためか、エルフはウォルマートやターゲットの限定商品も発表。エルフの顧客が小売店に訪れるための話題まで提供している。